346 / 422
第19話:血と鋼と
#17
しおりを挟むノヴァルナはキオ・スー家総旗艦直掩隊と距離を取りながら、配下の『ホロウシュ』の状況を戦術状況ホログラムで素早く確認する。
撃破された者はいないが、動きを見ると全員が防戦一方となっていた。ノヴァルナの近くで戦っているナルマルザ=ササーラは二機の敵、ラン・マリュウ=フォレスタは三機の敵と互角に渡り合っているが、逆にガラク=モッカとジュゼ=ナ・カーガ、サーマスタ=トゥーダの信号には機体損傷の表示が浮かんでいる。
「ふん。やっぱ、手強いな…」
ノヴァルナは自分の正直な感想を言葉にして呟き、ヘルメットの中で舌を出してペロリと唇をひと舐めした。指揮を執るダイ・ゼン辺りは大した事はないが、個々のパイロットや将兵は宗家の総旗艦部隊だけあって、技量には侮れないものがある。近くで合計五機の敵と渡り合っているササーラとランは、自分の身を守るというより、ノヴァルナにこれ以上の敵機を近寄らせないための防御戦闘であり、もしこの二人がいなければ、ノヴァルナは自分がさらなる窮地に陥っているであろう事を自覚していた。
いや、ササーラとランだけでなく、他の『ホロウシュ』も苦戦しながら踏みとどまっているのは、自分がここを抜かれたら主君のノヴァルナが不利になる…との強い思いがあるからだ。
そしてその気持ちはノヴァルナに従う、ナグヤ第2宇宙艦隊の総意でもあった。ここを突破出来なければ、故郷のオ・ワーリ=シーモア星系へは帰れないのである。
“俺を盛り立ててやろうって思ってくれてる連中の、気持ちを裏切るワケには行かねぇからな! 踏ん張りどころってヤツだ!”
自分自身に言い聞かせたノヴァルナは歯を食いしばり、スロットルを全開にし、操縦桿とフットペダルを素早く操作して、『センクウNX』を急角度で斜め旋回させた。宇宙空間でドリフトをかけるような挙動を行い、瞬時に振り返らせたノヴァルナの視界の先には、追撃して来る三機の敵の姿がある。近い、ポジトロンパイクの斬撃距離だ。
しかしここでノヴァルナが選択したのは、超電磁ライフルによる至近距離射撃だった。ポジトロンパイクをやや斜めに突き出して、その柄に超電磁ライフルの銃身を置く形でトリガーを引く。ノヴァルナがパイクを突き出した事で、斬撃を繰り出してくると判断していた敵のパイロットは裏をかかれ、斬撃を打ち払おうとしてパイクを構えた腕の間から、機体を撃ち抜かれた。
その間に別の敵機が脇から、ポジトロンパイクをノヴァルナ機に振り下ろした。ノヴァルナはその斬撃を、まるで背中に目があるかの如く前を向いたまま、自らのポジトロンパイクだけを肩に担ぐようにして打ち防ぐ。
さらにそこへやや遅れて来たもう一機の敵が銃撃。だがそれが照準点を通過した時にはすでにそこに『センクウNX』の姿はない。斬撃を浴びせて来た敵の機体に体当たりを喰らわせて突き飛ばした『センクウNX』は、手に握っていたポジトロンパイクを放して宇宙に浮かせ、代わりに腰のQブレードを左手に掴んで起動する。そして敵機を袈裟懸けに斬り捨て、同時にもう一機の敵に右手の超電磁ライフルで反撃した。
技量の高い敵であり、不意を突かれても一弾、二弾とノヴァルナの銃撃を回避する。しかし三弾目が左脇腹に命中して、動きが鈍ったところへ四弾目にとどめを刺された。胸部に大穴が空いて爆発四散する。
自分に纏わり付いていた三機の敵を片付けたノヴァルナは、機体を素早く振り向かせ、ランと交戦している三機の敵の一つに超電磁ライフルを向けた。
「ラン!」
名前を呼んだノヴァルナは、ライフルのトリガーを引く。ランに斬り掛かろうとしていたその敵はロックオン警報に反応し、重力子リングの黄色い光と共に宇宙空間を後方へ飛びずさってノヴァルナの銃撃を躱した。しかしそれはノヴァルナもランも計算済みだ。銃撃の回避に気を取られた一瞬の隙を突いて、ランの『シデンSC』が急加速、ポジトロンパイクを真横に一閃させる。
バックパックごと胴体を両断された敵機が爆発を起こし、その輝きの中でランは、残る二機の敵も撃破した。振り向いて主君からの援護に感謝しようとする。
「あ―――」
だがノヴァルナが先に発した言葉がそれを制した。
「礼はいい。それよりササーラを援護してやれ! そのあとで俺について来い!」
「かしこまりました」
その時にはノヴァルナはすでに、単機でダイ・ゼンの本隊を追い始めている。その上でササーラにも通信を入れた。
「ササーラ。おまえは自分の敵機を片付けたら、他の『ホロウシュ』達を援護して敵の直掩隊を足止めしろ!」
「ぎ、御意」
敵の斬撃をポジトロンパイクで打ち払いながら、ササーラは律義に応答して来る。声の調子から、少し押し込まれているようだ。
ササーラの援護はランに任せ、ノヴァルナはダイ・ゼンの第1艦隊へ向かった。ダイ・ゼン艦隊にはノヴァルナのナグヤ第2艦隊戦艦戦隊が追い縋って、砲撃戦を挑んでいる。
しかしダイ・ゼンの第1艦隊が、14隻の戦艦と8隻の重巡航艦であるのに対し、ナグヤ第2宇宙艦隊は空母とその護衛に重巡全てを分離したため、戦艦が10隻のみの編成となっていた。その数の差がナグヤの戦艦部隊に、少しずつダメージを蓄積させていく。ノヴァルナが『センクウNX』を急がせるのは、味方艦隊への援護のためでもあった。
とそこへコマンドコントロールから警報が入る。
「ウイザード・ワン、新たな敵編隊が接近中。十時下方!」
ノヴァルナがその言葉に従って、コクピットを包む全周囲モニターの左下に目を遣る。すると急激に接近して来る複数の機体マーカーが表示されていた。このままダイ・ゼン艦隊に向かうのは危険だと判断したノヴァルナは、機体を停止させて身構える。程なくしてダイ・ゼンの弟、ジーンザック=サーガイの操縦するBSHO『レイゲツAR』が、四機の親衛隊仕様『シデンSC』を引き連れて立ち塞がった。
ジーンザックは全周波数帯で呼び掛けて来る。
「まさか本当にノヴァルナ殿下御自ら、戦場に出ておられたとは」
ジーンザックもダイ・ゼン同様、最初からノヴァルナが『センクウNX』で戦場に出ていたとは思っていなかったのだ。
「おう、ジーンザックか。てめーは兄貴のダイ・ゼンより、物分かりは良かったはずだ。二度と歯向かわないってんなら見逃してやっから、そこをどきな!」
ノヴァルナのぶっきらぼうな慈悲の言葉を、ジーンザックは硬い口調で拒絶した。
「恐れながら…ここで殿下のお命、頂戴致します。御家の御家来衆に、これ以上の苦難をお与えにならぬよう、潔く討たれなされませ」
それに対し、ノヴァルナは不敵な笑みで応える。
「はん、やなこった!」
とは言え、ノヴァルナの背筋に冷たいものが流れるのも確かだった。ジーンザックが乗るのはBSHOであり、おまけに親衛隊仕様の『シデンSC』が四機もいる。
“集中…集中しろ…集中だ!…”
目を閉じたノヴァルナは自分に言い聞かせ、全ての感覚を研ぎ澄ませた。BSHOとのサイバーリンクがさらに深みを増し、自分の意識が『センクウNX』の電子神経系と一体化して、その中に広がるのを感じる。
「お覚悟を!!」
その言葉と共に、ジーンザックの『レイゲツAR』と四機の『シデンSC』は散開して、ノヴァルナを上方から半包囲するように襲い掛かって来た。ノヴァルナは即座に敵の意図を見抜いて、回避行動に入らずに、むしろ敵の中に飛び込んで行く。半包囲を避けようと距離を取れば、五機の敵から同時に十字砲火を浴びせられる事になるからだ。逆にこちらから距離を詰めれば、急な照準変更で同士討ちを懸念し、いやが上にも隙が出来る。
自分の機体のセンサーが知らせて来る敵の位置が全て、頭の中で立体的に把握され、ノヴァルナは機体をスクロールさせながら、連続発射でイルミネーターの示す五つの敵全てに銃撃を行った。だが当たらない。敵の回避行動は的確だ。しかしそれはノヴァルナも承知の上であった。
敵の半包囲を突き抜けたノヴァルナは、機体を翻してさらに三連射、銃弾を一番近くにいた『シデンSC』へ送り込む。その敵機は慌てて距離を取るが、残る『レイゲツAR』と三機の『シデンSC』が超電磁ライフルを撃って来た。それをノヴァルナは、機体をほぼ直角に針路変更してまとめて躱す。そして素早くライフルの弾倉を交換し、今度はV字型に機体をターン、再び五機の敵の中へ飛び込む。
「く、命知らずな!」
一見すると無茶苦茶なノヴァルナの操縦に、ジーンザックは批判的な言葉を吐く。敵中に飛び込んだ『センクウNX』の動きは、まるで羽虫か何かのようで予測がつかない。ジーンザックはポジトロンパイクでの斬撃戦に持ち込みたい衝動に駆られたが、それがむしろノヴァルナの狙いではないかと感じて思い留まる。
「おびき寄せられるな。しっかり狙え!」
部下達に『センクウNX』への狙撃を継続するよう命じるジーンザック。ところがノヴァルナ狙いは別にあった。ライフルを射撃していた一機の『シデンSC』が、驚いたように左上方に頭を向けた次の瞬間、胸元を貫く銃撃にその敵機は大破して動かなくなる。駆け付けて来たのはランの乗る『シデンSC』だ。ササーラの援護を終え、ノヴァルナを追いかけて来たのだった。ノヴァルナの無茶な機動はランが来るまでの時間稼ぎだったのである。
さらにランの出現に戸惑い、動きを止めたもう一機の敵が、ノヴァルナの狙撃を受けて爆発した。
「ノヴァルナ様!」
呼び掛けて来るランに、ノヴァルナは口元を緩めて応じる。
「おう。待ってたぜ」
▶#18につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる