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第19話:血と鋼と
#15
しおりを挟むキオ・スー側のBSI部隊を突破したノヴァルナ側のBSIユニットは、近くにいたキオ・スー艦隊副将の、ジーンザック=サーガイ率いる第4艦隊へ向かった。接近して来るノヴァルナ艦隊のBSI『シデン』に艦列が乱れ始める。
そうでなくともジーンザックの艦隊は、手強いヴァルツ=ウォーダの艦隊を相手取っている。ジーンザックの狙いは、ヴァルツ艦隊をマ・トゥーヴァ補給基地の防御兵器の射程圏内に引き込み、その火力支援と合わせて叩くというものだったが、BSI部隊の襲撃で早くもその狙いが崩れ始めた。
するとこれを見たヴァルツ=ウォーダは、艦隊の針路を変更し、縦列陣を組んでダイ・ゼンが直率するキオ・スー家第1艦隊へ向かう。キオ・スー第1艦隊はノヴァルナ艦隊のナグヤ第2艦隊と砲火を交わしていたが、平面的に上から見ると、その間にヴァルツ艦隊が割り込むように進んで行った。実際にはヴァルツ艦隊はダイ・ゼン、ナグヤの両艦隊の上空におり、上から撃ち下ろす形だ。
ヴァルツ艦隊の砲火で前衛部隊の三隻の重巡が立て続けに爆発し、さらに二隻の戦艦も損害を受けた。その閃光から目を背けたダイ・ゼンが怒鳴る。
「くそッ、ジーンザックめ。話が違うではないか!」
ヴァルツ艦隊は戦場を横断すると、そのままダイ・ゼン艦隊の後方にいる、ソーン・ミ=ウォーダの第1機動部隊へ向かった。空母部隊のソーン・ミ艦隊は、戦艦こそいるが空母中心の部隊で砲戦向きではない。猛然と距離を詰めて来るヴァルツ艦隊に、ソーン・ミ=ウォーダは怖じ気づいた。
「さ、下がれ。後退しろ!」
ソーン・ミは元来、臆病ではなかったが、先日のイェルサス=トクルガルを捕らえようとした戦いで、ノヴァルナの部隊に生け捕りにされており、不名誉を二度も被りたくないという思いが強い。ヴァルツはそれを知った上で少々強引な艦隊運動を行い、ソーン・ミの艦隊に迫ったのだ。
さらにこの動きを捉えたヴァルツ艦隊のBSI部隊指揮官、セロック=アガーゼアが自身の中隊を率いて敵BSI部隊の中を突破、ソーン・ミ艦隊に別方向から横撃を加えようとする。慌てたのはキオ・スー家のBSIパイロット達だ。彼等の大部分はソーン・ミ艦隊に母艦があり、それが失われる恐れが出て来たのである。ノヴァルナを狙う事より母艦を守ろうと引き返し始め、戦場がさらに混乱する。
敵のBSI部隊が浮足立った瞬間をノヴァルナは見逃さなかった。『センクウNX』をまず加速、配下の『ホロウシュ』を置いてけぼりにしておいて命じる。
「行くぜ! 敵の中核を叩く!!」
「で、殿下!」
一直線にすっ飛んで行くノヴァルナの『センクウNX』に、敵側の『シデン』を袈裟懸けに切り裂いたササーラが、慌てた様子で機体を翻してあとを追いかけ始め、さらにそのあとを他の『ホロウシュ』達が急いで続く。余裕があったのはランのみで、自らの乗る紫色のカラーリングを施した『シデンSC』を操り、スルスルと滑るように『センクウNX』に追いついて来て並走した。
しかもノヴァルナは『センクウNX』を操縦しながらも、戦術状況ホログラムで両艦隊の状況の把握も欠かさない。旗艦『ヒテン』に通信回線を開いて、参謀長のテシウス=ラームに指示を出す。
「テシウス。艦隊を押し出せ。宙雷戦隊を突撃させろ」
そう言いながら戦術状況ホログラムに指先で触れ、宙雷戦隊の突撃ポイントを指し示すと、それはNNLリンクを通して、『ヒテン』の艦橋中央に浮かぶ戦術状況ホログラムにも表示された。キオ・スー第1艦隊の後方に回り込んでソーン・ミ=ウォーダの空母機動部隊を襲撃中の、ヴァルツ艦隊のあとを追うコースだ。
「御意にございます」
テシウスからの応答があり、程なくしてノヴァルナ艦隊から第5、第9の二つの宙雷戦隊が分離、槍のような単縦陣を組んで突撃を開始した。そして重巡部隊は空母を護衛して後退、戦艦部隊が主砲射撃を繰り返しながら前進を始める。
「おのれ、こちらも宙雷戦隊を出して阻止しろ!」
ノヴァルナ艦隊からの宙雷戦隊の突出に気付いたダイ・ゼンが、対抗しようとする。宙雷戦隊の編成艦の数でも自分達の方が圧倒しているからだ。
だがその宙雷戦隊の分離のタイミングを狙っていたのが、ノヴァルナと『ホロウシュ』によるウイザード中隊だった。キオ・スー家のオペレーターの「敵機接近!」という叫びと同時に、宙雷戦隊の分離で出来た艦隊の隙間へ楔を打ち込むように突入すると、超電磁ライフルを乱射、周囲の艦の重力子ノズルを手当たり次第に破壊する。そしてそのまま敵艦隊を突き抜けると、味方の宙雷戦隊に命令した。
「5宙戦、9宙戦。統制雷撃だ!」
その言葉に従いノヴァルナ側の宙雷戦隊が、三百近い宇宙魚雷を一斉に放つ。ノヴァルナがキオ・スー艦隊の宙雷戦隊分離の瞬間を狙ったのは、アーク・トゥーカー星雲でヤーベングルツ艦隊と戦った時と同じ戦法だった。
幾ら大艦隊とはいえ、いや大艦隊であるからこそ、宙雷戦隊を分離する際は艦隊再編のための隙が発生する。数で劣る部隊が大部隊にダメージを与え、戦闘の主導権を握る事が出来る少ない機会だ。
無論実際にはその隙は僅かなもので、凡百の将では簡単に突けるものではないのも確かである。簡単に突けない隙であるからこそ、宙雷戦隊の分離突撃は一般的な戦術となっているのだ。
しかしノヴァルナはその瞬間を―――敵部隊の戦術機動の…戦場の潮目を読む事にかけては天賦の才があった。硬い大岩を砕き割るための、鏨《たがね》を打ち込む一点を見抜く能力と言っていい。またそれに従う『ホロウシュ』やナグヤ第2宇宙艦隊の将兵の、練度の高さがあってこそ可能な戦法である。
ノヴァルナ艦隊の二つの宙雷戦隊の放った、三百以上の宇宙魚雷が、ダイ・ゼンの艦隊に殺到する。ノヴァルナの『センクウNX』らに、重力子ノズルを撃ち抜かれた宇宙艦を中心に被害が続出して、幾つもの艦が陣形から脱落を始めた。その陣形の崩れた箇所から、ノヴァルナ艦隊のBSI部隊の一群が侵入し、さらに混乱の度合いを高める。
「こっ!…後退しろ! ナグヤ艦隊と距離を取れ!」
ダイ・ゼンは焦りの表情で命令を発し、さらに続ける。
「こちらのBSI部隊はどうした!? 総監のチェイロは何をしている!」
キオ・スー艦隊のBSI部隊は、総監のチェイロ=カージェスが指揮を執っている。だが前述の通りキオ・スーBSI部隊は、ノヴァルナ本人がBSHOに乗って戦場に現れた事で、それを討ち取って大功を挙げようと単独行動に出る機体が続出し、挙句の果てに統制を完全に欠いた状態となっていた。
チェイロも専用BSHO『シンセイCC』で戦場に出て、必死に部隊統制を回復しようとしている。
「四機小隊ごとに行動し、ナグヤのBSI部隊の迎撃に向かえ。バラバラになってしまった者は、近くの僚機と臨時の小隊を組んで行動しろ!」
チェイロ=カージェスは細身で目の鋭い男であった。ノヴァルナの『ホロウシュ』で、ナンバースリーの地位にいるヨヴェ=カージェスと同じ一族だ。この戦いはウォーダ家の内紛であるから、同族で争うのはウォーダ一族だけの話ではない。
一方、ヴァルツ艦隊の大胆な戦場の横断で、遊軍となってしまったのがジーンザック=サーガイ率いるキオ・スー第4艦隊である。ヴァルツの艦隊を引き付け、マ・トゥーヴァ基地の防御火線上へおびき出す当初の作戦が崩れて、取り残された形となってしまっていた。敵の誘引という作戦は、敵に戦う意志がなければ成り立つものではない。この場合、ヴァルツの意志は最初から、ジーンザックの第4艦隊ではなくダイ・ゼンの本隊―――第1艦隊に向いていたのだから、誘引する動きは逆に、ヴァルツにダイ・ゼン本隊への突撃をし易くしてしまったのだ。
「本隊の援護に向かう。針路変更急げ!」
ジーンザックはヴァルツ艦隊によって混乱に陥っている、ダイ・ゼン本隊の救援に艦隊を急がせた。自分達が誘引に失敗した穴を埋め合わせなければ、という思いである。パイロットとしても自信を持つジーンザックは、席を立って副官に告げた。
「我の機体を…『レイゲツ』を用意。親衛隊を招集せよ」
同じ頃、『センクウNX』に乗るノヴァルナはキオ・スー第1艦隊から緊急発進した、総旗艦直掩のBSI中隊と戦闘中であった。ダイ・ゼンの首を直接狙ったのである。叔父のヴァルツの活躍もあって、現在は自分達が優勢だが、戦力的に敵は倍であり、いずれは押し返されると冷静に判断していたからだ。であるならこの有利な状況を活かし、ダイ・ゼンを討ち取るのが優先すべきことだった。
だがウォーダ宗家の総旗艦を守護するための部隊だけあって、『レイギョウ』とその護衛戦艦から出撃して来た、親衛隊仕様『シデンSC』直掩隊は別格の強さだ。数もノヴァルナと『ホロウシュ』の十一機に対して二十四機もいる。
「ああ、ウゼぇッ!!」
急速回転でライフル弾を躱して、二機同時に突っ込んで来るキオ・スーの『シデンSC』のポジトロンパイクを、ノヴァルナは忌々しげな声を上げて打ち払った。グルリと『センクウNX』の手首を返してこちらからも斬撃を放つが、二機の敵は素早くブレイクして距離を取る。すると別の敵機が背後から狙撃を目論んだ。ロックオン警報でそれに気付いたノヴァルナは、間を置かず機体を急加速して射点を外し、振り向きざまに銃撃を返す。
しかし狙撃を目論んだ敵機も動きが素早く、即座に回避行動に入ったためノヴァルナの反撃も命中しない。舌打ちをしたノヴァルナは、捻りをかけた九十度ダイブで敵機との距離を取った。
▶#16につづく
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