銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第19話:血と鋼と

#11

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 やがてアーク・トゥーカー星雲の青紫色をしたガス雲の壁の中から、ヤーベングルツ家のBSI部隊が現れた。遠くから見ると雲霞か蝗の大群のようである。
 これを見たノヴァルナの第2艦隊は、前進したノヴァルナの戦艦群を残し、方形陣から球形陣へ素早く移行すると、四隻の打撃母艦を中心に据えた。そして一斉に迎撃砲火を放ち始める。その火力に支援され、ナグヤ=ウォーダ家の量産型BSI『シデン』が敵との距離を詰めていった。
 対するヤーベングルツ家のBSIもやや仕様こそ違ってはいるが、同じ『シデン』だ。元はと言えばヤーベングルツ家はウォーダ家の従属的同盟関係にあって、兵器類もウォーダ家と同じガルワニーシャ重工製のものを買っていたから当然である。

 打撃母艦の数は前述した通りヤーベングルツ家の方が多かった。ただ問題はその搭載機の内訳だった。
 ノヴァルナの第2艦隊はナグヤ家の主力艦隊だけあって、母艦搭載機の全てがBSIユニットの『シデン』であるのに対し、ヤーベングルツ家の方は『シデン』は全搭載機の三割の54機で、あとの三割の50機は簡易型BSIの、ASGUL『ルーン・ゴード』。そして残りの四割の74機がヤーベングルツ家自主開発の攻撃艇、『フランドラ』となっており、総合戦力ではそれほど差がない…というより、練度を考えればノヴァルナ艦隊の艦載機の方が優勢なのだ。

 するとすぐにその差が現れ始めた。迎撃に向かったナグヤ家の『シデン』の前に、ヤーベングルツ家のBSI部隊はバタバタと撃破されてゆく。特に『シデン』同士ならば、操縦者の技量の差が雌雄を決すると言っていい。ナグヤ家の『シデン』が超電磁ライフルを撃ち放ち、ポジトロンパイクで斬撃を浴びせる。ヤーベングルツ側の『シデン』が頭部を吹き飛ばされ、ASGULの『ルーン・ゴード』が人型に変形したところを、袈裟懸けに切り捨てられる。もとより対艦攻撃に主眼を置いた攻撃艇の『フランドラ』では、単独の機動戦で『シデン』に敵うはずはない。
 また緒戦で被害が広がる前に前衛部隊を下がらせ、敵艦載機の迎撃に回したノヴァルナの建策が効果を発揮し、迎撃砲火をより濃密にして、敵機を艦隊へ近寄らせなかった。

 焦ったのはノルディグ=ヤーベングルツである。BSI部隊の到着で態勢を立て直せると踏んでいた矢先にこの有様ありさまとは、思いも寄らない事態だ。

「馬鹿な!…こ、こんなはずは…」

 損害が増す一方の自軍のBSI部隊に、ノルディグは信じられない思いだった。BSI部隊の襲撃でナグヤ第2艦隊が混乱した隙に、自分の戦艦部隊に距離を取らせ、乱れた艦列を立て直して反撃に入るはずであった。
 ところがその自軍のBSI部隊は、ノヴァルナ艦隊の後衛部隊とBSI部隊で構成された、まるで城壁のような防御陣にはじき返されており、肝心の敵戦艦群には届かない。主砲射撃を続けて来る戦艦群に、こちらは押されっぱなしだ。
 そこへ自分の乗る『ガルドロ』がまた命中弾を喰らう。何かに激突したように艦が大きく揺れ、ノルディグは司令官席の背もたれに背中を打ち付けられた。

「左舷後部に被弾二! エネルギーシールド負荷率87パーセント!」

 続くオペレーターの「もう持ちません!」という声に、ノルディグのこめかみを冷や汗が流れ落ちる。

“このままでは、我が軍の被害が…”



 その時、ノヴァルナは『センクウNX』のコクピットで、両目を閉じていた。腕を組んでやや頭《こうべ》を垂れたその姿は、外の宇宙では戦闘の最中《さなか》だというのに、居眠りをしているようにも見える。

 しかし当然、ノヴァルナは眠ってはいなかった。偵察に出した駆逐艦達からの、敵機動部隊発見の方を待っているのだ。ヘルメットのスピーカーからは、戦況を伝えるオペレーターの音量を絞った声が絶えず聞こえ、戦術状況ホログラムには両軍の交戦状態がリアルタイムで映し出されている。ここから命令を下そうと思えばいつでも可能だった。それをしないのは必要がないからだ。

 照明を落としたコクピットの中で、ノヴァルナは深く息をした。


 ふと、今の状況に現実感を失う。



こんなとこで何をやってんだろ、俺は―――



 そして、“ああそうか、親父が死んだんだった…”と思い出す。ナグヤ家当主の父、ヒディラス・ダン=ウォーダが暗殺されたために、ヤーベングルツ家がイマーガラ家への寝返り、またキオ・スー=ウォーダ家も自分の帰還を阻もうとしているのだ。いわばこれはノヴァルナ自身が生き延びるための戦いなのである。

 そして今度は父親の死に対し、不意に現実感が増して来るのを感じる。



親父…もう居ねぇのか―――



 奇妙な感覚だった。つい四日前、惑星シルスエルタでノア姫と会った時には、ヒディラスはまだ健在だったのだ。

 あらためて父親の死を見つめるノヴァルナだったが、やはり哀惜じみた感情が湧き上がる事はない。思い返せばまともに言葉を交わしたのは、数か月前のロッガ家とイル・ワークラン家の密約をぶち壊し、その真意をヒディラスから直接尋ねられた時が最後だ。

 四日前のノア姫と再会するために逃げ出した父親主催の夕食会。その席で父親はクローン猶子のルヴィーロ・オスミ=ウォーダに刺されて絶命したのだが、もし自分が逃げ出さずに夕食会に出ていれば、果たして父を守れただろうか………

 思い返せば物心のついた頃にはすでに、当時両親の住んでいたナグヤ城を離れ、大陸南部のフルンタール城で後見人のセルシュや使用人に囲まれていた。世間一般で言う、家族という感覚を知ったのは、つい先日のカールセンとルキナのエンダー夫妻…そしてノアと四人で過ごした、ムツルー宙域での日々を経験した時だ。

 父親のヒディラスは、自分の星大名としての器量を高く評価はしてくれ、次期ナグヤ家当主に据える事を、反対派に対して頑として譲らなかったが、それは自分に対する肉親としての愛情ではないのは確かだった。あくまでも武人として、領主としての目で見た結果であって、客観的判断に基づくものだったに違いない。

 いや、もしかしたらその辺りも踏まえて、今更ながら、これまでの時間を取り戻そうと父が考えたのが、先日の食事会だったのかも知れないが………今となっては真意を問う事も出来はしない。

 思いを巡らすノヴァルナの脳裏に、エンダー夫妻がムツルー宙域へ旅立つ際、別れ際に自分を抱きしめてくれたルキナが言った言葉が蘇る。



離れ離れになっても、あたし達はずっと家族だよ―――



 あの時のぬくもりと微笑みが、普通の人々の家族の絆なら…と内心で呟いたノヴァルナは腕組みを解き、『センクウNX』の操縦桿に両手の指先を置く。

“俺達…星大名の家族の間にあるのは、血と鋼《はがね》…か”



 するとその直後インターコムが鳴り、待っていた情報が飛び込んで来た。

「偵察駆逐艦3番より入電。敵機動部隊発見!」

 それを聞いたノヴァルナは、それまでの頭の中のものを一遍に押しやり、配下の『ホロウシュ』達に叫ぶ。

「行くぞ、てめぇら!!!!」

 艦橋から送られて来る敵機動部隊の位置情報を見据えたノヴァルナは、指先を置いていた操縦桿を強く握り直した………



▶#12につづく
 
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