銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第19話:血と鋼と

#09

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ノヴァルナが本気で仮眠をとりだし、『ホロウシュ』達をあきれさせていたその頃、統制DFドライヴによってオ・ワーリ=シーモア星系を離れようとする、艦隊の姿があった。宇宙要塞ナガンジーマから発進したキオ・スー家の三個艦隊である。

 指揮を執るのはキオ・スー=ウォーダ家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイ。ノヴァルナのナグヤ家にとって、もはや不倶戴天の仇となったこの男が第1艦隊を直率の元、総指揮を執り、弟のジーンザック=サーガイが副司令官として第4艦隊を直率。
 さらに四隻の空母を中心とした第1機動艦隊の指揮を、ナグヤ家の人質から復帰したばかりのソーン・ミ=ウォーダが執り、登載したBSI部隊をキオ・スー=ウォーダ家BSI部隊総監、チェイロ=カージェスが自ら指揮していた。事実上、現在のキオ・スー家の全力出撃だ。

 彼等の目的は無論ノヴァルナ艦隊の捕捉と撃滅であり、宗家キオ・スーと家老家ナグヤの主従関係を、カルツェ=ウォーダのナグヤ家当主継承によって完全復活させ、オ・ワーリ宙域の政情安定を図る事であった。
 ナグヤ家を廃さず、主従関係を復活させようとするのは、いずれはもう一つの宗家、イル・ワークランをも打倒する事を考えており、その際の尖兵としたいからだ。

 第1艦隊旗艦―――キオ・スー家の総旗艦『レイギョウ』の艦橋では、哨戒網が送って来るノヴァルナ艦隊の位置情報に、その戦術状況ホログラムを眺めるダイ・ゼン=サーガイが満足そうな笑みを浮かべていた。

 ヤーベングルツ家の二個艦隊と自分達の三個艦隊で五個艦隊に対し、ノヴァルナは直率のナグヤ家第2艦隊のみ。モルザン星系にはナグヤ家に味方する、ヴァルツの艦隊がいるが動いてはいない。

“今度こそ、憎《にっく》きノヴァルナの、息の根を止めてくれる!”

 ダイ・ゼンの意気込みは並々ならぬものであった。これまではノア姫の誘拐や、イェルサスの捕縛といった作戦の途中にノヴァルナからの奇襲を喰らい、その悉くを頓挫させられて来たのが、今回はノヴァルナ自身の撃滅を目的としているからだ。しかも戦力比はこちらが圧倒的に有利である。

 それだけではない。キオ・スー家は今や自分が実質的な支配者であり、これでナグヤも我が手中、残るイル・ワークラン家をも打倒したのちは、ウォーダ家そのものをオ・ワーリから追放し、自分がオ・ワーリ宙域の支配者となるのだ―――内に秘めた野心の炎の高ぶりを感じたダイ・ゼンは、自然と強い口調になって命じた。

「統制DFドライヴ、開始急げ!」





 それからおよそ二時間後、アーク・トゥーカー星雲のヤーベングルツ家に指定された場所へ近付いていたノヴァルナ艦隊は、長距離センサーに敵反応を捉え、全艦に第二種戦闘態勢を取らせていた。
 指定された場所は、星雲の台風の目のようなもので、幾重にも重なる星雲ガスの層が、そこだけぽっかりと穴を開けた状態となっている。その直径は一つの恒星系ほどもありそうだった。周囲は数億キロにも及ぶ高さのガス雲が壁となって取り囲み、まるでガス星雲が作り出した円形闘技場のようにも見える。

 旗艦『ヒテン』の艦橋に、ノヴァルナが欠伸をしながら入って来る。起き抜けの表情をしているあたり、どうやら本当にひと寝入りしていたようだ。

「ラン。俺のパイロットスーツを用意させといてくれ」

 歩み寄って来たランにそう告げて、ノヴァルナはまた勢いよく、司令官席に腰掛けた。ただ今度はもう左肩は痛まない。これなら『センクウNX』の操縦も問題ない、と思う。

「状況報告」

 戦闘開始が迫り、艦橋内が慌ただしくなって来る中、ノヴァルナは軍装も身に着けず、例のど派手な私服のまま命じた。即座に艦隊参謀の一人が駆け寄って来て、報告しようとするが、ノヴァルナは艦橋中央の戦術状況ホログラムを見据えたまま、右手を挙げて先に言い添える。

「こまけー事はいい。発見した敵の戦力は?」

「はっ。戦艦7、重巡6、軽巡9ないし10、駆逐艦15ないし16です」

 それを聞いてノヴァルナは、司令官席でもホログラムを立ち上げ、NNLのデータバンクから、ヤーベングルツ家の戦力データを呼び出した。元々は同盟軍であるから、そのようなデータがあってもおかしくはない。

 データホログラムに指先で触れ、スクロールさせてその内容を確認したノヴァルナは呟いた。

「データじゃ空母が六隻あるはずだが、一隻もいねぇな…それに戦艦やそのほかも、もっと持ってるはずだ。ひとまとめにしたんじゃなくて、もう一個の艦隊が隠れてやがるな」

 ノヴァルナは当初、ノルディグ=ヤーベングルツの挑発メッセージにあった第1艦隊のみで待つという文面を、保有する二個艦隊を一つに纏めて“第1艦隊”と称するつもりだろうと考えていた。だがセンサーの解析結果を見ると、発見した敵戦力は一個艦隊相当に思える。しかも六隻いるはずの宇宙空母―――BSI母艦が一隻も含まれていない。という事は、六隻の空母を中心とした機動部隊が、周辺のガス雲の中に潜んでいると考えるのが妥当であった。

 すると『ホロウシュ』のササーラが、もう一つの可能性を口にする。

「ヴァルツ様のモルザン星系へ向かった可能性はありませんか?」

 それを聞いたノヴァルナは首を左右に振って否定する。

「こっちと大して変らねぇ一個艦隊分の戦力じゃ、わざわざあんなメッセージを送ってまで、俺達をおびき出そうはしねぇさ」

 そう言っている間にも両艦隊の距離は縮まり、互いの先頭部隊を主砲の射程圏内へ収める位置に達した。

「敵艦隊、発砲!」

 緊迫したオペレーターの声が『ヒテン』の環境に響く。ヤーベングルツ家の戦艦部隊がノヴァルナ艦隊の前衛部隊を砲撃し始めたのだ。艦橋の戦術状況ホログラムに前衛の軽巡部隊が回避行動を取り、列を乱してゆく状況が表示される。

「こちらも砲撃を開始しては?」とテシウス。

「まだ、はえーよ」

 ノヴァルナは前屈みに座り、肘掛けに乗せた右腕の指で顎を支えながら言った。

 オレンジ色の曳光ビームが、ヤーベングルツ艦隊から射かける矢の雨のように、ノヴァルナ艦隊前衛部隊に大量に襲い掛かる。だがノヴァルナの言葉通り、まだ早かった。ナグヤ第2宇宙艦隊は次期当主を預かる部隊であり、再編中とはいえその練度は高い。敵艦隊からの砲撃を前衛部隊は悉く回避してゆく。それでもやがて数発が命中したようだが、それらの被弾艦は再編成で他の艦隊から回って来た艦であった。

 前衛部隊が一方的に砲撃を受ける、じりじりと焦げ付くような時間が流れる。三分…四分…すると敵軍の動きを戦術状況ホログラムで見詰めていたノヴァルナが、ギラリと双眸を輝かせて不意に命令を発した。

「戦艦部隊、前へ! 『ヒテン』も押し出せ!」

「ぜ、前進でありますか!?」

 テシウスが驚いた表情で振り返る。

「おう! 前衛部隊を下げろ。戦艦部隊、全速前進。あの一点に集中砲火だ!」

 そう叫んでノヴァルナは艦橋中央の戦術状況ホログラムを指差した。NNLとリンクさせたその命令は、突撃地点を赤い光のマーカーで示す。そこでは敵陣から宙雷戦隊が分離しようとしている。ノヴァルナの命令にナグヤ第2宇宙艦隊の戦艦群は、最大戦速に増速した。各戦艦に号令が飛び交う。

「全艦全速!!」

「照準よし!」

「撃ち方はじめ!!」

「てーーーーッ!!!!」

 旗艦『ヒテン』をはじめとする十隻の戦艦が、距離を詰めて主砲の火蓋を切った。緑色の太い曳光ビームが何本も敵の艦列に突き刺さる。
 ヤーベングルツ艦隊はノヴァルナ艦隊の前衛部隊が陣形を乱したところにつけ込んで、宙雷戦隊を突撃させようとしていたのだが、逆にノヴァルナはそのタイミングを待っていたのである。
 軽巡と駆逐艦で編成される宙雷戦隊は、機動力が売りだが、戦艦クラスの主砲をまともに耐えられるだけの防御力はない。本隊から分離中でその機動力を発揮出来ない状況で、練度の高いノヴァルナ艦隊の戦艦群から砲撃を喰らったのだ。軽巡も駆逐艦もたちまち爆発を起こし、閃光とともに砕け散る。
 しかもノヴァルナがタイミングを計ったのはこのためだけではない。被弾艦が続出して動きが止まった宙雷戦隊の位置は味方、つまりヤーベングルツ側の戦艦部隊の射線上だったのである。



▶#10につづく
 
  
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