銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第19話:血と鋼と

#03

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 通信参謀の報告に、ノヴァルナは驚いた様子もなく命じた。

「読め」

 通信参謀は手の平に暗号解読文を記した、ホログラムを浮かべて読み上げる。

「はっ!“発、モルザン星系宇宙軍総司令部。宛、ナグヤ第2宇宙艦隊司令部。本文、ナルミラ星系独立管領ヤーベングルツ家、トーミ/スルガルム宙域星大名イマーガラ家ニ寝返リタリ。艦隊ノ出港ヲ確認ス”以上であります!」

 その内容に、驚きを隠せないテシウスと参謀達。さらにノヴァルナの座る司令官席の背後に控える、『ホロウシュ』達も顔を見合わせた。『ホロウシュ』は筆頭であったトゥ・シェイ=マーディンが去り、ナルマルザ=ササーラがその代行として、ラン・マリュウ=フォレスタの他八名を率いている。あとの九名はナグヤに留まって、ヨヴェ=カージェスをリーダーとしてセルシュの指揮下にいた。

 ナルミラ星系はミ・ガーワ宙域との国境近くに位置する恒星系であり、モルザン、オ・ワーリ=シーモアと隣接するカーミラ、そしてナルミラで三角形を描く形となっている。この地を治める独立管領ヤーベングルツ家は、ウォーダ家とは長年協力関係にあり、ミ・ガーワ側から侵攻があった場合、その侵入経路を限定させるだけの軍事力を有していた。それがこのタイミングでイマーガラ家へ寝返った衝撃は大きい。

 しかし家臣たちの動揺もどこ吹く風、ノヴァルナはいつもの高笑いでそれに応じた。

「アッハハハハハ!!!!」

 ノヴァルナに仕えるようになってまだ日が浅いテシウスは、このノヴァルナの反応に目を丸くする。到底笑えるような状況ではないからだ。その一方でノヴァルナという若者を知り抜いた『ホロウシュ』達は、逆に表情を引き締めた。こういった局面でノヴァルナが高笑いをする時は、嵐の予兆と相場が決まっている。

「なぁーる。これでわかり易くなったってもんだぜ!」

 そう言うノヴァルナに、テシウスが困惑した顔で尋ねる。

「な、なにがわかり易くなったのでございますか?」

「今回の件、全部裏でタンゲンのおっさんが、糸を引いてるってこった!」

「タンゲン?…イマーガラ家のセッサーラ=タンゲン殿ですか?」

「おうよ!」

 セルシュの報告では、先日のイマーガラ艦隊のオ・ワーリ侵攻の際、ヤーベングルツ家は何の動きも見せなかったという。彼等曰く別動隊の存在を警戒していたというが、どうにも理由が不自然ではあった。

 ナルミラ星系のヤーベングルツ家はおそらく、以前からイマーガラ家の接触を受けていたのだろう…とノヴァルナは推察した。

 …そして父の死に乗じたようなこのタイミングでの寝返りと艦隊の出撃は、その暗殺がイマーガラ家を通して知らされていたとしか考えられない。また先日のイマーガラ艦隊のオ・ワーリ侵攻に対するキオ・スー家の動きは、共謀を考えるのには充分だ。

“ただ義兄上《あにうえ》のやり口が短絡的過ぎるな…”

 内心でそう呟いたノヴァルナは、右手で軽く頭を掻いた。クーデターを行うにしても、ヒディラスの領域統治に不満を抱く者は多くなく、政権を奪い取るだけの家臣の支持基盤もないのだ。或いは義兄はイマーガラ家に捕らえられている間に、洗脳されていた可能性もあるが、いずれ事実は判明するものとして、今は優先させなければならないヤーベングルツ家への対処に思考を戻した。自分が記憶している限りでは、ヤーベングルツ家は星系防衛艦隊の他、二個艦隊以上の恒星間打撃部隊を有しているはずだ。

「ヤーベングルツの艦隊を叩く」

 ノヴァルナが言い放つと、テシウスは眉をひそめて問い掛ける。

「殿下。ここはまず戦闘より、一刻も早くラゴンへお戻りになって、ナグヤ家の統帥権を掌握されるべきではございませんか?」

 しかしノヴァルナは首を振って否定した。

「常識的に考えるならな。だがもしシーモア星系で、敵が待ち伏せしていたらどうだ?…最悪の場合、交戦中にヤーベングルツ艦隊に背後を突かれるぜ」

「敵の待ち伏せ?…キオ・スー家が待ち伏せていると申されますか?」

「おう」

 ふんぞり返って答えるノヴァルナ。現状、ナグヤ家の最大の敵はキオ・スー家となってしまているため、“敵”と聞いたテシウスも躊躇いなく宗家の名を口にする。

「それならば、なおさら急いで戻らねば、スェルモル城が攻め込まれるのでは?」

 テシウスの背後に控える艦隊参謀の一人が質問すると、ノヴァルナは人の悪い笑みを返して言った。

「いんや。キオ・スー家にスェルモル城を攻める気はねぇさ。たぶんな」

「なぜにございますか?」

 とテシウス。三十代半ばの大人が十七歳の若者に軍略を尋ねるという、一見すると奇妙な光景だが、少なくともナグヤ家のノヴァルナ周辺はこの頃すでに、ノヴァルナの戦略・戦術センスをその実績から高く評価して、認め始めていたのである。

 テシウスの問いに、ノヴァルナは容易く自分の死を交えて告げた。

「俺をぶっ殺して、カルツェの奴をナグヤの当主に据えるのは、キオ・スーの連中も望むところだからさ」

 先日のイェルサス=トクルガルをミ・ガーワへ帰還させるための囮作戦を、カルツェの側近のクラード=トゥズークがキオ・スー家に漏洩した一件から、両者の間に協力関係がある事はノヴァルナも知るところとなった。それはつまり、キオ・スー家にはナグヤ家自体を滅ぼすまでの意思はないという事だ。

「それでは我々は、ナグヤ家へも帰れなくなりますな」

 『ホロウシュ』筆頭代理のササーラがそう言うが、事情を理解した上での合いの手の類いらしく、その厳つい顔に慌てる様子はない。ノヴァルナの方も我が意を得たりと、不敵な笑みで解説する。

「いや、俺達が自力で帰り着きゃあ、カルツェとその取り巻き共は、何食わぬ顔で俺を新当主として出迎えるだろうぜ。なんせアイツはデタラメな俺と違って、良識派が売りだからな。親父が暗殺されたどさくさに紛れて、自分の兄貴まで殺してナグヤ家の当主の座を奪った…なんてのは、アイツの世間体が許さねぇってもんだ」

 これを聞いたササーラが「なるほど」と再び合の手を入れる。頷くノヴァルナは、さらに言葉にはしなったが、胸の内で続けた。

“連中はイェルサスの件で、自分達の中に俺との内通者がいる事を知ったからな。見張られていると分かった以上は、下手に動きはしねぇだろうぜ…”

 それはクラード=トゥズークの情報漏洩を知らせて来た、カルツェ派内にいるある人物を指す。『ホロウシュ』達にも秘密の存在で、カルツェ派からすれば、そのような者が内部にいたという事が発覚しただけで、大幅に動きが制約されるはずだ。

 ただし、無論これらの判断には希望的観測も多分に含まれていた。結果がその通りに運ぶと思うのは傲慢とも言える。だが今は自分の判断を信じて行動すべき時だ。もしすでに敵が張り巡らした罠の中にいるのだとしても、みすみすその口が閉じられるのを待っているわけにはいかない。ノヴァルナは余計な話はこれまでとばかりに、司令官席に背を深くもたれさせ、命令を発した。



「―――てなワケで、留守番はカルツェの奴に任せといて、ヤーベングルツの寝返り野郎を叩きに行くぜ! まずは叔父貴のモルザン星系へ針路を取れ」



▶#04につづく
 
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