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第19話:血と鋼と
#05
しおりを挟むセッサーラ=タンゲンの命令でイマーガラ家の主力艦隊が移動を開始したその頃、ミノネリラのイナヴァーザン城に戻って来たノア・ケイティ=サイドゥが、当主の執務室で父親ドゥ・ザンの前に進み出ていた。
「ナグヤの大うつけと、逢瀬を楽しんでいたようじゃの」
机を挟んで座るドゥ・ザンは怒る様子もなく、見事な八の字髭を指先でひと撫でして言う。ノヴァルナとのNNLメールのやり取りを禁じた直後の、この大胆不敵な行動には、ドゥ・ザンもさすがに些か虚を突かれた感があった。
星大名として多忙な日々を送る身であるから、同じ城に住む自分の娘と、一週間以上顔を合わさない事も珍しくはない。だがまさかその間にミノネリラを離れ、宇宙の片隅で男と会っていたとは、さしものドゥ・ザンでも思いも寄らない。もっとも妻のオルミラは、薄々勘付いていたようではあるが。
「私の夫となるお方を“大うつけ”はおやめください、と申し上げたはずです」
そう告げるノアの言葉はこの前と同じであったが、口調はその時よりも強かった。無論旅先で刺客に命を狙われた事は、ドゥ・ザンの耳にも届いていたが、ドゥ・ザンはそれをウォーダ家内の敵対勢力がノヴァルナを狙ったもので、ノアは巻き込まれただけだと考えていた。その辺りは真犯人であるギルターツの情報工作が上手く運んでいるようだ。
「とは言うが、おぬしが惚れた男のナグヤ=ウォーダ家…当主のヒディラス殿が急死し、いよいよ万事休したのではないか?」
意地悪く尋ねるドゥ・ザンだが、ノアは強気な姿勢を崩さない。
「いいえ。ついにノヴァルナ様が立たれる時が来たのです。ほどなくノヴァルナ様の元、ウォーダ家は一つとなり、飛躍の時代を迎えるでしょう」
「またそのような戯言か…」
いつからこんな大口を叩くようになったのか…と呆れたドゥ・ザンは、肩をすくめて片方の眉を跳ね上げた。しかしノアの方はこれが私の戦いなんだという気持ちだ。惑星シルスエルタでのノヴァルナとの冒険がノアに、“やはり私が一緒にいたいのはこの人だけ”との決意を固くさせていたのである。
ただそういったノアの頑なな態度が、ドゥ・ザンにノヴァルナという若者への興味を抱かせたのも確かだった。人と物では比べられないが、娘がこれほど何かに執着を見せたのは、キヨウ皇国大学へ入る前に自分専用のBSHO―――『サイウンCN』を欲しがった時以来だ。
するとドゥ・ザン、ノアの左手薬指のリングを目ざとく視界に捉える。
「…して、その左手の指に嵌めておる物は何か?」
「ノヴァルナ様に婚約の証を頂きました」
そう言ってノアは左手を掲げ、誇らしげに父親に示してみせた。それは惑星シルスエルタの木工所で作られている木製品の部品で、ただの木をリング状に削り出したものだ。百個集めてどうにかベーコン一枚買えるかもしれない程度の代物であって、そもそも指輪ですらない。シルスエルタで別れ際にノヴァルナが指に嵌めてくれたのも、芝居じみた冗談の類だったのだろうと思う。
ただノアは―――それが照れるような少女趣味だったとしても、ノヴァルナがくれた木のリングを外すつもりはなかった。そして指に嵌めたそれが無粋な木の部品であっても、恥じるものなど何もない。
ドゥ・ザンは試すような目で、自分の娘に問い掛けた。
「トキ家のリージュ殿なら、そのような小汚い木の輪っかなどより、大陸一の屋敷が買えるほどの指輪を用意してくれるであろうがな?」
しかしノアは穏やかな口調ながら、間髪入れず突っぱねる。
「そのようなもの、今の私には何の価値もございません」
娘のその言葉を聞き、これはもうわしが首を縦に振るまでは引き下がるまい―――と、ドゥ・ザンは内心で苦笑した。高い数値が記されたサイバーリンクの評価表を見せつけながら、“私用のBSHOを建造して下さい”と言い張っていたあの日と同じだ。
「そうか―――」
とは言え庶民の一家庭の話ではなく、何百億を超える人々が暮らす宙域の統括者一族の問題である。滅びの道を進むような星大名家に、娘をくれてやっては意味がない…いや、それ以上に“マムシのドゥ・ザン”が情に絆され、自分の娘を惚れた相手に嫁がせたとあっては、実利も得られず物笑いの種になるだけだ。
「おまえがそこまで言うのならば、大うつけ…いや、ノヴァルナ殿がこの度の難局を乗り越え、見事ナグヤの家を治める事が出来たその時、改めてナグヤとの政略結婚も選択肢に加えるとしよう」
わずかに表情を緩めて告げたドゥ・ザンだが、ノアは逆に微かながら表情を硬くした。父が言ったのはノヴァルナを認めた訳ではなく、むしろその死を望んでの言葉だと理解したからだ。無言で見返すノアの視線の先、ドゥ・ザンは武将の目となって続けた。
「おぬしが自らの意思で認めた男…お手並み拝見と参ろうか」
▶#06につづく
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