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第19話:血と鋼と
#02
しおりを挟むテシウス=ラームが伝えた、ヒディラス・ダン=ウォーダの暗殺の経緯は、次の通りであった。
ノヴァルナがノアと会うために参加しなかった、ナグヤ家の夕食会、恙無く穏やかに時が流れたその終わりに、ルヴィーロがヒディラスに近付き、着衣の下に隠していたナイフで胸を刺したのである。
ヒディラスが床に倒れるとルヴィーロはさらに、近くにいたカルツェにも襲い掛かったのだが、カルツェと一緒にいた筆頭家老のシウテ・サッド=リンが、ベアルダ星人特有の怪力でそれを取り押さえたらしい。
刺されたヒディラスは、即座にスェルモル城の医療施設内のER(救急救命室)へ運ばれたが、ルヴィーロが持っていたナイフには惑星ザンドラの猛毒蛇、インフェルニティヴァイパーの毒が塗られており、血液の全てが変質を遂げてすでに手遅れとなっていた。
凶行に及んだルヴィーロを勾留させたシウテは、直ちにナグヤ家が領有している惑星ラゴンのヤディル大陸と、シーモア星系のナグヤ家支配下の各施設に戒厳令を発し、現在対外的に封鎖状態になっているとの事だ。
それらを告げるうちに、テシウスの表情は段々と強張っていく。自分の言葉で改めて主君の死を伝えるにつれ、不安感が増して来たのだろう。しかしそれを聞くノヴァルナは、不思議と自分の父の死に、感情的になる事が出来ないでいた。“親父が死んだのか…”という気持ちがあるにはあるが、反面で他人事のように思えてしまうのだ。人によっては受けたショックの大きさから、そのように感じてしまう場合もあるというが、今のノヴァルナの思いはまた違うようだ。
ただそんなノヴァルナにも、気掛かりな事が一つだけあった。ヒディラスの死の経緯を聞いて「ふーん」とだけ応えたノヴァルナは、その気掛かりな事をテシウスに尋ねる。
「ところでテシウス。親父はマリーナやフェアンや、ヴァルターダ達が見てる前で殺されたのか?」
ノヴァルナが気遣ったのは、二人の妹と自分の三人のクローン猶子についてだった。自分にとっては他人事に思える父親の殺害でも、まだ十代半ばの妹やそれより幼い猶子達にとっては、自分の目で見るには残酷すぎる光景であろうからだ。しかしそれは辛うじて回避されたらしい。
「いいえ。妹君や猶子様達は皆、先に引き上げられたあとでしたので…」
テシウスからそう聞いてノヴァルナは胸を撫で下ろした。だが問題は殺害の動機だ。
“普段温厚なあの義兄上殿が、親父に恨みを抱いていたとは思えねぇが…”
そう思ったノヴァルナだが、自分自身ルヴィーロとそれほど交流する機会は多くなく、断言できるほどの自信はない。セルシュから聞いた話では、自分がノアと共にムツルー宙域へ飛ばされていた時、失われていたルヴィーロの家督継承権を復活する動きがあったのだが、自分のこの世界への帰還で再び消滅したらしい。それを恨んでの凶行という線もなくはないが、それこそ不確実極まりない推測だ。
ノヴァルナはそれについてもテシウスに尋ねたが、その辺りの情報はテシウスがいたナグヤ城には入って来てはいないという。もっともテシウスと第2艦隊は、ヒディラス暗殺の知らせがもたらされて、ほんの三時間ほどで惑星ラゴンを離れたため、詳細を知らなくても仕方のないところである。
すると今度はテシウスの方から、控え目に口を開いて来た。
「殿下。ご心痛、お察しいたしますが…」
ところがノヴァルナはさらりと言葉を挟む。
「察しなくていいぜ。ご心痛してねーし」
「はあ…」
戸惑った表情になったテシウスは、ノヴァルナが父親を突然失った事に対し、気丈に振る舞っているのだろうと判断した。ただ当のノヴァルナは前述の通り、ヒディラスの死を他人事のようにしか思えなくなっているのである。気を取り直してテシウスは尋ねた。
「艦隊の針路はいかが致しましょう?」
彼等がいるML-86552星系は、オ・ワーリ=シーモア星系から丸一日の距離に位置している。さらにほぼ同距離で、叔父のヴァルツ=ウォーダが治めるモルザン星系があった。こちらはナグヤ寄り中立で、この騒ぎに乗じて敵対して来る可能性は低い。
「ま、ここはセオリー通り、ラゴンへ一直線だな」
そう言ったノヴァルナだが、シーモア星系に戻るなりひと波乱あるかも知れないと感じていた。それは先日のイェルサス=トクルガルのミ・ガーワ帰還の際、彼の捕獲を目論むキオ・スー家に、カルツェ派の一部が情報を漏洩していた事が関係している。キオ・スー家からすれば、ナグヤの当主には御し易いカルツェが望ましく、その辺りでシウテの戒厳令も見せ掛けかも知れず、裏で連携している可能性が高いのだ。
ただそこで別の問題が持ち上がった。通信参謀が硬い表情でノヴァルナの元へ駆け寄って来て告げる。
「殿下。モルザン星系の軍司令部から緊急電です」
▶#03につづく
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