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第18話:陰と陽と
#11
しおりを挟むノヴァルナが撃ったブラスターの熱線が、ゲーブルの周囲に火花を散らす。だが命中弾を喰らう前に、ゲーブルは梁から梁へ飛び移り、距離を詰めて飛び掛かって来た。ノアを連れ、素早く身を引いたノヴァルナは、近くにあったパイプの束を蹴り上げる。ゲーブルが視界を遮られた一瞬をついて、ノヴァルナとノアは後背に設置された、幅が1メートルはある四角いパーツが二本、横に長く伸びた工作機械の間に転がるように潜り込んだ。
そのあとを追う形でパーツの間に、二本のメカニカルアームを突き込むゲーブル。するとノヴァルナは移動の足を止めたゲーブルを狙い、パーツの間にブラスターを撃ち込む。ビームは間を覗き込もうとしていたゲーブルの左頬を焼きえぐった。
「グッ!」
呻いたゲーブルは激昂し、横に伸びた工作機械のパーツの間へ突き込んでいたメカニカルアームの、駆動出力を最大まで上げる。長く伸びたそのパーツは中が空であったらしく、メリメリメリと音を立てて引き裂ける。次の瞬間であった。引き裂かれて出来た破孔から、木の粉末が猛烈な勢いで大量に噴き出したのである。二つの四角く長いパーツは、この工場で製作しているリング状の小さな木製部品を削る際に出る、木粉を吸引してタンクへ送る送風管だったのだ。
しかも送風管が破壊され、気圧が急激に変わったためか、長く伸びた送風管の先にあった、巨大な木粉タンクの上部の蓋も吹っ飛んだ。そこからさらに大量の木粉が吹き上がって、まるで砂嵐のように工場の中を席巻し始める。この光景にノヴァルナとノアは走り出した。その先には製品搬出用の大きな扉がある。
扉に辿り着いたノヴァルナとノアは、開閉装置の制御パネルを探すが見当たらない。視線を走らせると奥の壁にそれらしきものがあった。だが背後に濛々と迫る木粉の砂嵐の中を、五本に減った背中のメカニカルアームを放射線状に広げて、真っ直ぐ歩いて来る人影が映る。ゲーブルだ。防毒マスクとゴーグルで、この木粉の嵐の中でも余裕なのだろう。今から扉の制御パネルへ向かっても間に合わない。
「ノヴァルナ…」
どうしよう…と続く言葉を飲み込んだノアを庇い、何か手はないかとノヴァルナは思考を巡らせながら辺りを見渡した。身を隠そうにも、木製リングの出荷用コンテナボックスが、空の状態で口を開けて置かれているだけだ。
だがノヴァルナはそこに光明を見いだした―――
「ノア! コンテナに飛び込め!!」
ノヴァルナはそう叫んで、ハンドブラスターを木粉の煙の中に影が見える、ゲーブルへと向けた。理由も聞かず言われるがままに、近くのコンテナに飛び込むノア。一方のゲーブルもこちらに向けて駆け出した。その直後、ノヴァルナはハンドブラスターのトリガーを引いた。
ノヴァルナが狙った先はゲーブルではなく、その背後の木粉の雲の中に微かに輪郭が浮かぶ、木粉タンクだった。高熱粒子のブラスタービームを受けた木粉タンクは、炎を噴き出した。ノヴァルナもノアのいるコンテナの中へ素早く滑り込む。
次の瞬間、木粉タンクから噴き出した炎は、一気に大きくなって大爆発を起こした。工場内に充満していた木粉の雲に着火し、粉塵爆発が発生したのである。
爆発の威力は凄まじく、ノヴァルナ達が開けようとした大扉どころか、壁までをも吹き飛ばしてしまった。コンテナをシェルター代わりにしたノヴァルナとノアは、そのコンテナごと、工場の外へ放り出される。
「きゃあああっ!!」
ガン!ガン!ガン!と荒々しく路面を転がる四角いコンテナの中で、悲鳴を上げるノアと、それを抱き締めるノヴァルナは、コンテナが回転を停止すると外へ投げ出された。生身でそこからさらに二回、三回と転がって、ノヴァルナとノアは倒れ込んだ。
「ノヴァルナ、大丈夫!!??」
ノヴァルナの腕の中で守られていたノアが先に体を起こし、心配そうに尋ねる。
「いてててててて…大丈夫の基準にもよるけどな」
へそ曲がりな答え方をして、のろのろと上体を起こすノヴァルナ。振り向くと粉塵爆発を起こした工場は壁が全て吹っ飛んでしまっており、屋根と骨組みだけになって、そこかしこから薄煙を上げていた。ゲーブルの姿は見えない。
「やったか?」とノヴァルナ。
「やり過ぎたかも…」とノア。
そこへ、警備ロボットが通報した警察が、五台のエアロバイクに乗って急行して来た。ノヴァルナとノアの周囲を取り囲むように停車し、車体下部の旋回式ブラストキャノンを二人に向ける。
「動くな!!」
鋭い声で命じる警官を一瞥したノヴァルナは、ノアと目を合わせた。ノアは“仕方ないんじゃない…”と目で応じる。襲撃者から逃げ回っているだけならまだしも、工場爆破のような大事《おおごと》にまでなった以上、もはや“お忍びでデート”などと言ってられはしない。
「貴様ら! 自爆したテロリストの仲間か!!??」
警官の一人が発したその言葉で、ノヴァルナとノアは襲撃者の一人―――つまりジェグズが死亡していた事を初めて知った。ここであとの一人を倒したとなれば、当面の生命の危機は回避出来た事にはなるが、その代わりシルスエルタの当局に、自分達の正体を明かさなくてはならない。
警官達に銃口を向けられたノヴァルナは、さて、どうしたもんか…と考えた。この惑星シルスエルタは自分達ウォーダ家の領地内にある、皇国貴族の荘園惑星だ。いわばウォーダ家によって保護されているのが現実だった。
だがそのウォーダ家は今、分裂状態で混乱している。問題は自分とノアを捕らえたこの惑星を領有する貴族が、どう出るかだ。イル・ワークラン、キオ・スー、そしてナグヤの三家のうち、どこに自分達を引き渡すのが得策かと、案を練りだす可能性が高い。
“この星を領有してる貴族は、誰だったっけな…”
そう思ったノヴァルナは、貴族の名前を思い出そうと、自分の頭の中の記憶を探り始めた。するとその時、爆発で壁が吹き飛ばされた工場の中から、銃声が響く。「ぐえっ!」と叫び声を上げて路上に倒れたのは、警官の一人だった。
驚いて工場の爆発跡を振り向くノヴァルナとノア。さらに銃声は響き、二人の警官が立て続けに胸板を撃ち抜かれて、エアロバイクから落下する。その直後、爆発跡の煙の中からゲーブルが現れた。
ノヴァルナが起こした粉塵爆発に巻き込まれたゲーブルは、バックパックのメカニカルアームが三本だけに減って、ボディアーマーも半ば損失しており、体中が焼け焦げているものの、踏み締めるようなしっかりとした足取りで、ライフルを腰の辺りに構えていた。ヘルメットは爆風に吹き飛ばされたのか被っておらず、防毒マスクだけを着装しており、錆色の太い眉の下の眼光は、鋭くこちらを睨み据えている。
「きっ、貴様ッ!!」
残った二人の警官がエアロバイクの旋回機銃を向けるが、三本のメカニカルアームで猛然と駆け出したゲーブルに照準が合わず、撃っても当たらない。こいつはヤバいと即座に判断したノヴァルナは、ノアの手を引いて叫んだ。
「来い、ノア!」
高く跳躍するゲーブル。車体下部の旋回式機銃では死角になり、慌てて銃を抜こうとする警官の一人に、ゲーブルは飛び掛かると同時にメカニカルアームを胸元から深く突き刺した。
▶#12につづく
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