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第18話:陰と陽と
#10
しおりを挟むゲーブルが立て続けに繰り出すアームの刺突に、工場の反対側の隅に追い詰められていくノヴァルナとノア。足をもつれさせて倒れそうになるノアを、右腕で支えたノヴァルナは、反射的に背後の壁に複数本立てかけられていた、細長い建材の中の一本を左手で掴み取る。だがそれが負傷の左肩に意識が遠のくほどの激痛を走らせた。バランスを崩したノヴァルナは残りの建材を薙ぎ倒して膝をつく。
しかし逆にそれが幸いし、崩れかかる建材がゲーブルの行動を妨げた。六本のメカニカルアームを振り回して建材を跳ね除けるゲーブル。するとそこへ高さ百五十センチ余りの円柱に、車輪付きの三本足を生やした姿の、銀色の警備ロボットが六台駆け付けて来た。非常用扉のロックを破壊し、工場内部に侵入した生命反応を、警備用センサーが検知したためだ。ロボット達は最初に発見したゲーブルに対し、麻痺警棒のついた機械腕を本体内から出現させて、ゆっくりと接近しながら警告を発する。
「警告! 警告! 侵入者ハ、ソノ場ニ停止セヨ! 警告! 警告!―――」
それに対してゲーブルは建材の一本を拾い上げ、一番近くのロボット目掛けて投げ槍のように投擲した。強化加工された建材は、ロボットの円柱型の体を串刺しにする。スパークを吐き出しながら横転する警備ロボット。対象の抵抗を検知した残りのロボット達は、頭頂部の噴射口から麻痺性のある霧、パラライズミストを噴出させ始めた。さらに本体上部がグルリと半回転し、裏側にあった制圧用の硬質ゴム弾を撃ち出す発射口を、ゲーブルに照準させる。
だが、はじめから防護マスクを着けているゲーブルには、パラライズミストは通用しなかった。その上、高い衝撃吸収機能を持つボディアーマーに身を包んだ体には、高速の硬質ゴム弾に命中されても、蚊が刺したほどのダメージもない。
警備ロボット達の攻撃を無視して歩くゲーブルは、ノヴァルナとノアの気配が消えている事を感じ取っていた。今しがたの倒れ掛かる建材の束を跳ね除けていた間の出来事だ。そのゲーブルの感覚は正しく、用心深く覗き込んだ太い配管の向こうの壁には、ノヴァルナとノアが脱出したあとの、もう一つの非常用扉が開いている。警備ロボットに勘付かれた以上、程なく警官達が現れるだろう。苛立たしげに一つ息を吐いたゲーブルは、床にノヴァルナが滴らせた血液を見つけ、急ぎ足でノヴァルナとノアの後を追った。
点々と続くノヴァルナの血液は、隣の工場棟へと伸びていた。そこもやはり非常用扉が開けられている。ゲーブルは今度は壁を突き破る事なく、光学迷彩装置を作動させて“透明人間”になり、扉からこっそりと忍び込んだ。
こちらの棟は木製品の固定用部品を製造していた。無人の工作機械が親指ほどの太さの長い円柱を輪切りにし、中をくり抜いてリング型に研磨したものを強化加工で仕上げるのである。そのため先程の棟より小ぶりな工作機械が、所狭しと並んで稼働中だ。研磨されて発生した粉末状の削り粕が微かに漂い、先程の棟より木の香りが強い。
床を見たゲーブルは、うっすらと一面を覆う木の粉末の上に、点々と奥まで伸びてゆくノヴァルナの血液を視認した。そしてそれが即座に木の粉末を使った罠だと気付く。床には血液の他に、光学迷彩で姿を消している自分の、靴の足跡がくっきりと残っているではないか!
“しまった!”
内心でほぞを噛んだゲーブルが身を翻すのと、背後の工作機械の陰から飛び出したノアが、一番新しい足跡の上を狙ってハンドブラスターを撃つのは、ほぼ同時であった。ゲーブルの右の胸に命中したビームは、ボディアーマーの光学迷彩コントローラーを破壊し、その姿を晒させる。
ところがノアにも不覚があった。ノアの銃もエネルギーが尽きてしまったのだ。ゲーブルは身をすくめたノアに、メカニカルアームを突き刺そうとする。とその時、傍らの工作機械の上から、ノヴァルナがゲーブルの背後に飛び掛かった。
「ノア、逃げろ!!」
そう叫んだノヴァルナはゲーブルごと、近くにあった大きな四角いケースに激突する。三メートル四方はあるそのケースには、リング型の部品の完成品が大量に入ってレールの上を移動しており、隣の検査装置の所で横倒しになり、完成品をその検査装置に流し込む構造になっていた。そこへ勢いよくノヴァルナとゲーブルが激突したため、ケースは想定外の位置で横倒しになる。夥しい数の小さな木のリングが流れ出し、ノヴァルナとゲーブルは頭からまともにそれを被る結果となった。
それを先に抜け出したのは、ゲーブルの背後を取っていたノヴァルナだ。右腕をゲーブルのメカニカルアームの一本に回し、付け根の関節駆動部をあらぬ方向へ強引に捻じ曲げる。アームの出力は強いがやはりそういった箇所は弱点で、ガキリと鈍い音が起こり、そのアームは動かなくなる。
「ぬうううッ!!!!」
激しく体を回転させたゲーブルはノヴァルナを跳ね飛ばした。だがそれによってノヴァルナがしがみついていたメカニカルアームは、根元からもぎ取られる。吹っ飛ばされたノヴァルナに、二本のアームを上段から振り下ろすゲーブル。ノヴァルナは咄嗟にもぎ取ったアームを両手で握って突き上げた。ガキン!と激しい金属音が響き、ゲーブルが振り下ろしたアームは打ち防がれる。しかしそのパワーまでは防ぎきれず、ノヴァルナの背中は荒々しく床に打ち付けられた。
ゲーブルはさらにメカニカルアームを突き出して来る。ノヴァルナはその一撃を、もぎ取ったアームで辛うじて打ち払った。ただその衝撃が肩の傷に激痛を生み出して、再び意識が遠のく。もはや次の一撃は躱せそうにない。
「ノヴァルナ!!」
その窮地を救ったのはノアであった。駆け付けて来たノアは、両手で抱えた細長い何かをゲーブルに向けて、背後から投げつける。ノアの叫び声に反応したゲーブルは、振り向きざまにメカニカルアームを振り抜いた。尖った先端がノアの投げたそれを引き裂く。ところがそれは冷却ガスの入った、非常用のボンベであった。アームの先端が引き裂いた穴から、白いガスが猛烈な勢いで噴き出す。
「むあっ! おのれっ!!」
たじろぐゲーブル。奥歯を噛み締めて立ち上がったノヴァルナは、手にしていたアームで、ゲーブルのヘルメットの側頭部を殴りつけた。そして転びかけるゲーブルの腰のベルトから、すれ違いざまに手慣れたスリのような素早さで、ハンドブラスターの予備エネルギーパックを抜き取る。よろめくノヴァルナを抱きとめるように迎えたノアは、揃って走り出した。
「バカおまえ、逃げろって言っただろ!」
傷の苦痛に顔を歪めながら言い放つノヴァルナに、ノアも強気に言い返す。
「だから逃げてるじゃない。あなたと一緒に!」
痛みを紛らわせるように笑顔を作ったノヴァルナは、走りながらゲーブルから盗み出した銃のエネルギーパックを交換した。その直後、メカニカルアームを使って高く跳躍したゲーブルは、無人工場の天井近くに縦横に張り巡らされている、太い梁《はり》に逆さまにしがみつき、蜘蛛のような動きで二人を追い始める。
「しつけぇ野郎だ!!」
忌々しそうに言ったノヴァルナは、エネルギーパックを交換し終えた銃で、追って来たゲーブルを撃った。
▶#11につづく
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