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第18話:陰と陽と
#07
しおりを挟むジェグズは展望台の床の上を転がって、ゲーブルのメカニカルアームの刺突を回避するのが精一杯の、ノヴァルナに銃の狙いをつける。だが間一髪、そこにノアが現れた。果敢にも戦闘に参加するため、遊歩道の桁材をよじ登って来たのだ。しかもその手には、今しがた遊歩道の穴に落ちたゲーブルの銃を握っており、そのうえ頭には、弾き飛ばされたノヴァルナの中折れ帽まで被っている。
“あのひとを助けないと!―――”
ジャンプして手摺を飛び越えたノアは、ジェグズの背負うバックパック目掛けて、トリガーを引いた。二発、三発と飛び出したビームに、バックパックが立て続けに小さな爆発を起こす。
「ぐげッ! ギャッ!!」
破孔からオーバーフローした、高圧電流の青白いスパークに絡み付かれ、ジェグズは叫び声を上げた。機能を停止したメカニカルアームの重さに耐えかね、押し潰されるように転倒すると、足代わりに体を空中に支えていたアームが、遊歩道の手摺に引っ掛かって外へ投げ出される。衝撃で手から滑り落ちた銃だけが、遊歩道の上に転がった。その間にさらにノアは、銃口を展望台の屋根の上にいるゲーブルへ向けて発砲する。
「クッ!」
ゲーブルは素早く身を翻し、屋根から跳ぶと近くの巨木の幹にアームを突き刺した。そのまま幹を飛び移りながら、森の上部に立ち込める白い靄の中へ姿を消す。それを見上げたノアは、ジェグズが落したハンドブラスターを拾って、ノヴァルナに駆け寄った。
「ノヴァルナ!」
「ノア、無事か!?」
そう言って歯を食いしばりながら体を起こすノヴァルナ。ノアは自分の恋人のその姿を見て息を呑んだ。卍型ナイフの一撃で負った左肩の裂傷は思いのほか深く、今も出血が続いているようだ。だがまずはこの場所を脱するのが先である。
「私の心配より、自分の方を心配しなさいよ」
ノアは苦衷の表情で告げながら、ノヴァルナの右側に回って腕を取り、立ち上がるのを支えてやる。そしてジェグズの落とした銃を手渡し、弾き飛ばされた中折れ帽をノヴァルナの頭に被せた。メカニカルアームの刺突で穴の開いた庇を、上げた目線で認めたノヴァルナは、「こいつぁいい。前よりカッコよくなったぜ」と減らず口を叩く。
その直後、遠くからサイレンの音が近付いて来るのが聞こえ始めた。先に逃げたアントニア星人の誰かが警察に通報したに違いない。
サイレンの音に聞き耳を立てたノヴァルナは、ノアに告げた。
「俺達もズラかるぞ」
「え?…どうして?」
ノヴァルナの言葉にノアは怪訝そうな顔をする。ここは警察に保護を求めるのが、当然の流れだと思ったからだ。しかしノヴァルナは「説明はあとだ!」と言って、遊歩道を走り始めた。
だが二百メートルも行くと、前方からもサイレンが近付いて来る事に気付く。舌打ちしたノヴァルナは、身を隠せる何かはないかと周囲を見渡した。するとサイレンの以外に聞こえて来る音がある、足元からだ。遊歩道の端から見下ろしたそこは、遊歩道と交差する形で落ち葉の取り除かれた、深さ五メートル程の小さな谷が伸びており、二本のレールが敷かれている。
サイレンとは別の音の主はそのレールの上に現れた。伐採した灌木を積んだ無蓋車が六輌…それを小型の無人機関車が牽引する簡易式の鉄道だ。このシルスエルタは巨木と巨大キノコの惑星だが、都市部周辺の森林は灌木伐採などの整備がなされており、こういった伐採材運搬用の無人鉄道網が張り巡らされているのだ。鉄道とは古めかしい印象だが、複雑な構造の反重力軌道車などを敷設するよりも、コスト面で安価であって、多くの惑星で作業用として使用されていた。
その列車はノヴァルナとノアのいる遊歩道の真下を、歩くのと同じ位の速度で通過していく。牽引する機関車は前部が除雪車のようになっており、それが落ち葉をレールの両脇に掻き分ける構造だ。その様子を見下ろしたノヴァルナはノアに振り返った。
「ノア、飛び降りてあれに乗るぜ!」
言うが早いか、手摺を越えて身を躍らせるノヴァルナに、ノアは焦った声で応じる。
「ちょっと! 置いてかないでよ!!」
そう言ってあとに続いたノアはノヴァルナと共に、四輌目の無蓋車へ飛び降りた。目一杯に積まれた灌木がクッションとなって、二人の背中を受け止めるが、同時に細かな枝が肌の剥き出しになった箇所を引っ掻く。
「いててっ!」
「いたっ!」
ノヴァルナとノアは声を合わせて文句を言った。とその時、サイレンの音が一気に接近して来る。二人は慌てて口をつぐんで姿勢を低くした。目を遣った遊歩道のやや上空を、濃紺の制服とヘルメットを着用した男が操縦するエアロバイクが二台、サイレンを鳴らし赤色灯を輝かせながら飛行して行く。この惑星の警察機構に属する、いわゆる“白バイ”であった。
どうにか警察をやり過ごしたノヴァルナとノアは、ふう…と息をついて、伐採材の上に座り直した。「いてて…」ともう一度痛がるノヴァルナだが、今度は左肩に受けた裂傷の痛みらしい。出血はまだ止まらないようで、ジャケットの袖口から垂れた鮮血が左手の甲を濡らしている。顔色もあまり良くない。
「待ってて…」
そう告げたノアは膝立ちになると、自分のチュニックをたくし上げ、中に着る淡いコバルトブルーのキャミソールの裾を引っ張って犬歯で噛み千切る。そしてそれを細長く引き裂き、即席の包帯を作った。その即席の包帯で止血のため、ノヴァルナの左肩の付け根を縛り付ける。
「だから、いてぇッて!!」
「我慢しなさい!」
愚痴るノヴァルナをノアは叱りつけた。「おまえな―――」と文句を言いかけるノヴァルナだが、振り向いて肩越しに見たノアの表情は沈痛で、涙を堪えているようである。言葉を飲み込んだノヴァルナは、黙って前を向いた。
「はい、出来たわ」
ノヴァルナの傷口から上の位置を固く縛り付けたノアは、沈痛な表情を隠して、普段通りの口調で告げる。隣に座り直したノアをノヴァルナは振り向いた。礼の言葉を口にするより先に右手を伸ばし、指先でノアの柔らかな頬にそっと触れる。
「え…」
ノヴァルナの意外な行動に頬を僅かに紅潮させて、ノアはノヴァルナを見返した。
「な、なによ…?」
問い掛けるノアにノヴァルナは珍しく、穏やかな表情で目を細めて告げる。
「いや、俺の隣にいてくれるのが、おまえで良かった…って思ってな」
「き、き、急にどうしたのよ?」
頬の紅潮の度合いが一気に跳ね上がって、ノアは口ごもりながら問い質した。ノヴァルナからすれば、このような突然の危機的状況で狼狽を見せず、力を合わせて打ち勝とうとするノアの強さが有難かったのだ。その点で以前ノアが望んでいた、ノヴァルナに自分を認めさせたいという想いが叶った瞬間であった。
ただ、何がどうして“おまえで良かった”のかをノアに直接説明するのは、ノヴァルナとしても面映ゆいところで適当にごまかす。
「おう、まぁ…そういう事だ」
何となくノヴァルナの言いたい事を理解し、ノアは苦笑を浮かべた。
「あのねノバくん、女の子はそういうの、ちゃんと言葉にしてほしいものなのよ」
「ノバくん言うな!」
「もぅ。そんなのだけは、すぐ反応するんだから」
▶#08につづく
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