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第18話:陰と陽と
#05
しおりを挟む冗談混じりの不平を交わしても、二人揃って街へ繰り出してしまえば、一度組んだ腕は離れない―――
星大名の嫡子であっても、また傍若無人な若君と秀麗清楚な姫君であっても、やはり十代後半の恋する二人である事は、市井の若者達と変わらなかった。いやむしろ、普段簡単に会えない関係ゆえに、ノヴァルナとノアのデートは、ある種の“一生懸命”さを感じさせる。
都市部でウインドショッピングに興じたかと思えば、その近郊の娯楽施設で笑い声を上げ、そして今のノヴァルナとノアは巨木と巨大キノコの森を抜ける、遊歩道の上を二人で寄り添って歩いていた。
木製の遊歩道は、丸太を組んだ桁の上に板を並べた桟橋型で、地上から三メートル程の高さで不規則に曲がりくねっている。この巨木の惑星の地表は、都市部と少ない海洋を除いて大半が深い落ち葉の層に覆われているため、このような歩道が一般的となっているのである。
さらに他の移動手段としては、エアロバイクという乗り物があった。これはノヴァルナも惑星ラゴンで乗っている反重力バイクのように、車輪による地上走行能力はなく、水上バイクを前後に伸ばして航空機型にしたような形状である。そして反重力バイクよりエンジン出力が高めてあり、反重力バイクでは上がる事が出来ない、比較的高い高度まで上昇する性能が持たされていた。
遊歩道が続く森の中は静かで、そびえ立つ巨木を見上げればその先は白い靄《もや》の中に隠れ、林立する直径二十メートルはある巨木の間には、様々な形と色の巨大キノコがあちこちから顔を覗かせている。ここでも羽が生えた半透明のクラゲのような生き物が、ひらひらと何匹も飛んでおり、他にも八枚もの長い羽根を、ボートのオールを漕ぐように羽ばたかせて飛んでいる、細長いトンボのような生き物も見かける。
「カールセンさんとルキナさん、今頃どのあたりかしら?」
長い髪を揺らして歩くノアは、腕を組んだノヴァルナに肩を預けながら言った。ノヴァルナとノアの恩人、カールセンとルキナのエンダー夫妻は、一週間前にムツルー宙域を目指して旅立っている。
「ミ・ガーワに入ったぐらいだな。今のご時世、民間人が宙域間を行き来すんのは楽じゃないし…」
ノヴァルナがそう応じると、ノアは伏し目がちに言った。
「不便な話ね…戦国の世なんて早く終わって、人や物がもっと簡単に行き来できるようになったらいいのに…」
ノアが口にした事は、戦国のシグシーマ銀河系の現状を表すものだった。各星大名が支配する宙域国とはつまり人的・物的なブロック経済圏であり、宙域間は当然の事、宙域内の各植民星系間ですら、高い関税が掛けられている。その中で星大名は自分達のブロック経済圏を守りつつ、さらにその規模を拡大するために争っているのだ。
ノヴァルナはそんなノアの言葉に、冗談で粋がってみせる。
「おう。おまえがそう望むなら、俺が全部ぶっ壊して銀河の風通しを良くしてやるぜ」
それを聞いたノアは「うふふ」と笑って、ノヴァルナの脇を預けた肩で小突いた。
「じゃあ、ここは一つお願いしようかな?…なんたってあなたは、銀河皇国の関白殿下になる人だものね」
それは二人が飛ばされた皇国暦1589年の世界の話である。だが実際には、今は可能性の一つに過ぎない。
「おまえ確か、その話を向こうの世界で聞いた時、“悪夢だ”って言ってたろ?」
苦笑いしたノヴァルナは、ノアを肘で小突き返した。ノアは年寄りじみた口調ですっとぼけて応える。
「おや、そうじゃったかのぉ」
「なんだよ、そのリアクションは!」
そう言って歩きながら笑い合うと、どこかで道を間違ったのだろうか、いつの間にか遊歩道の幅は細くなり、十数メートルの間隔で、尖がり屋根が付いた円形の小さな広場―――展望台のようなものが設けられている区画へ、二人は迷い込んでいた。展望台の周囲は巨木が開けており、色とりどりで大小のキノコが群生している。キノコの傘はどれも色鮮やかで、さながら花畑のようだ。
ノアはノヴァルナの元からスルリと離れ、展望台の一つに入ると、手摺を掴んで身を乗り出した。
「すごーい。奇妙だけど、綺麗ね」
そこには、赤、黄、オレンジ、薄紅といった色のキノコが、モザイク模様を描き出していた。さらにその上を、巨大キノコの胞子と思われる、白い綿毛の塊が無数に漂う。綿毛は光を乱反射する性質があるらしく、虹色にキラリ、キラリと輝いて幻想的な印象を醸し出している。
ノアに追いついたノヴァルナも、その光景に素直な感想を口にした。
「まるで“おとぎのくに”だな、こりゃ…」
ノヴァルナが傍らに来ると、ノアは頭を持たれかけさせる。そしてふと隣の“展望台”に目を遣れば、二人と同年代のアントニア星人のカップルが肩を抱き合い、正面から互いを見詰めていた。
しかしそのアントニア星人のカップルを目を凝らして見ると、向き合って見つめ合っているだけではなかった。互いの頭部に生えた、蟻のそれを思わせる触角を絡めている。
「…!」
その様子にノアは息を呑んだ。そのアントニア星人のカップルがやっているのは、いわば“キス”にあたる行為だったからである。いや厳密に言えば、キスよりやや深い行為であった。同族間でなら僅かに精神感応能力がある彼等に言わせれば、“精神を絡め合う”行為らしい。キヨウ皇国大学にいたノアの、学友のアントニア星人から聞いた話だった。
その事を思い出したノアは慌てて目を逸らすが、そこかしこの展望台では同じ光景が認められる。どうやら二人が迷い込んだのは、彼等アントニア星人にとって“触角を絡め合うにはうってつけの場所”だったようだ。一方でノヴァルナはアントニア星人の習性に詳しくないようで、「なにやってんだ、あいつら」とノアの頭越しに覗き込もうとする。
「いっ…いいから!」
顔を赤らめて説明に困ったノアは、ノヴァルナの肩を掴んで後ろを向かせ、この場を離れようと背中を強く押した。
「ちょ!…おい!」
声を上げたノヴァルナが前のめりになる。その時であった。ターーーン!!という乾いた音が響き、直前にノヴァルナの頭があった位置の、展望台の柱が吹き飛ぶ。銃撃だ。
「!!!!」
驚く二人に続けてもう一度銃声が響く。今度は倒れ込むノアが着る、ゆったりとした薄紫色のチュニックの一部をえぐり取った。明らかに自分達に対する狙撃である。
「ノア!!」
遊歩道の上に伏せて呼び掛けるノヴァルナに、同じく身を伏せたノアは「大丈夫!」と応じた。そこにさらに銃声。遊歩道の木製の手摺が削り取られる。ノヴァルナは狙撃手の位置を探ろうとするが、銃声は森の木々に反響して特定が困難だ。遊歩道や展望台にいるアントニア星人達が騒ぎ出し、怯えた表情で逃げ始める。
「走れ、ノア!」
ノヴァルナはそう叫ぶと、やや姿勢を低くして自分も駆け出した。ノアもすぐにそれに続く。身を晒すのは危険度が高いが、動いていればそうそう当たるものではない。もっとも銃撃自体は一旦そこで途絶えた。おそらく気付かれてしまっては、これ以上続けても、仕留めるのは無理だと判断したのだろう。
そしてノヴァルナとノアの狙撃を目論んだ敵が姿を現した―――
▶#06につづく
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