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第18話:陰と陽と
#04
しおりを挟む巨木と巨大キノコの惑星シルスエルタ。キノコの形状は様々だが、テーブル型…いわゆるサルノコシカケ型の巨大キノコの中には、最大幅が十メートルを越えている上、生涯を終えても腐らずに硬化し、かなりの強度を持つ種類がいる。
そういった硬化キノコはさらに硬化処理され、中をくり抜いて窓を取り付け、人々の居住空間となっていた。
ノヴァルナとノアはその巨大硬化キノコが幾つも重なって生えた、巨木のレストランで食事をとっている。料理もやはりキノコ料理が主体だが、魚や蟹といった魚介類もまた豊富で、バラエティに富んでいた。
「しかしおまえ、よくあんなの思いついたな」
と言って、ノヴァルナはサーモンのような魚をキノコクリームで煮た料理を、口に放り込んだ。レストランの内装は全て木製で、店内にも木の香りが漂う。
「ふふ。今この辺りでピーグル語でやり取り出来るのって、私達ぐらいだもの」
ノヴァルナとノアが話題にしているのは、今日の会う打ち合わせを、ピーグル語でやり取りしていた事だ。二人がトランスリープで飛ばされた、皇国暦1589年のムツルー宙域では普通に使用されていた言語だが、オ・ワーリやミノネリラでは使用されておらず、暗号代わりに出来たのだ。
ノアはムツルー宙域での行動の障害になっていた、言語の壁を打開するため、ピーグル語を記憶インプラントで修得していた。一方のノヴァルナはピーグル語は修得していないが、ピーグル星人の機動城『センティピダス』に潜入する際、汎用携帯コンピューターに翻訳アプリケーションを入れており、それを持ち帰っていたのである。
「だけどピーグル語って、上品な言葉や言い回しが少なくて、好きじゃないわ」
「て事は、俺向きって話か?」
「そうかも」
あっさりと言うノアにノヴァルナは、「いや、そこ否定するトコだろ」と苦笑し、ついでからかう目になって言い返す。
「てゆーか、おまえのピーグル語も大概だぞ。最初におまえから来たピーグル語の文章、あれ翻訳したら、出だしが“ついでにワシの話を聞け、ハゲ野郎”だったし」
「うそでしょ!?」
驚いて目を見開き、身をすくめるノア。ところが向かい側に座るノヴァルナのニヤニヤとする顔を見て、それが冗談だと気付いた。「もう!」と小さく叫ぶと膨れっ面になって身を乗り出し、ノヴァルナの頭を叩こうとする。姫という立場からすると些かはしたなくもあるが、ノヴァルナの前では本来の活発な性格でいられる証であった。
「アッハハハ!」
無邪気な高笑いを上げて体を引き、ノアの手から逃れるノヴァルナ。口惜しそうに椅子に座り直すノア。しかしそんなじゃれ合いも見つめ合えばすぐに収まり、今度は互いに相手の瞳から視線を逸らせなくなる。
するとノアは俄かに目線を下げ、控え目な声でノヴァルナに問い掛けた。
「ねぇ、ノヴァルナ…私達、どうすればいいと思う?」
「結婚すればいいと思う」
あっけらかんと言うノヴァルナに、ノアはため息交じりに抗議する。
「お願いだから、一々茶化さないでよ」
「おう、ワリぃ…」と素直に謝るノヴァルナ。
二人が少々強引なやり口でこの惑星、シルスエルタで会う事にしたのは、やはり先日のドゥ・ザン=サイドゥがノアを呼び出して告げたノヴァルナとの婚約解消と、トキ家の嫡男との政略結婚の話が原因だった。
そこでノアは、NNLメールで“ごめん、お父様に連絡を禁じられたの。これが最後のメールになるわ―――”と皇国公用語で内容を綴ったあと、ピーグル語で入力した“会って話がしたいんだけど、どうにかならないかしら”という提案を、画像ファイルにして添付したのである。
ノアからのメールを見たノヴァルナは、添付してあったピーグル語の画像―――さりげない自分と部屋の画像の中で、机の上に置かれたピーグル語のメモ書きに気付き、それを解析して、同じやり方で、この惑星での再会を答えとしたのだった。
「お父様は私を旧主君のトキ家に嫁がせようとしているの、あなたとの婚約を解消して」
「ふーん…」
「ちょっと! “ふーん”じゃないでしょ。他人事みたいに」
気のない返事のノヴァルナに、ノアは嫌そうな顔で文句を言う。しかしノヴァルナは、あっけらかんと言葉を返した。
「他人事だろ」
「なんでよ!?」
「じゃあおまえ、そのトキ家の誰かと結婚する気なのかよ?」
「するわけないでしょ!!」
段々と声のトーンが上がっていくノア。するとノヴァルナはまた、緩い表情でぬけぬけと言い放った。
「おう。俺を愛してっからなぁ、おまえ」
「だから、そういう事は軽々しく言わない!」
ノアは顔を赤らめながら叱りつける。だがノヴァルナはそういった点でも、やはり傍若無人だった。ノアの言葉などどこ吹く風で続ける。
「俺もメッチャ愛してる」
「!………」
この男はもう…と、困り顔で他のテーブルを見回し、他の客の目線を気にするノア。何が一番困るかと言うと、軽薄短慮に時と場所も弁えずに愛情を口にするノヴァルナだが、その気持ちに嘘偽りがないのを、ノア自身が分かってしまう事だった。
「…て事で、おまえのオヤジや俺のオヤジがどうしようが、俺達にとっちゃ他人事さ」
ふふん!…と鼻を鳴らして言い捨てるノヴァルナ。そんなノヴァルナの言い様に、ノアは窺うような目で問い質す。
「まさか…本当に駆け落ちする気なの?」
それはトランスリープでムツルー宙域に飛ばされていた時、ノヴァルナがノアに言った言葉だった。二人で何もかも捨てて、どこかの星で静かに暮らす…ノヴァルナが告げたその言葉は無論、冗談であったが、ノアを暖かな気分にさせてくれた。
だけど、それは―――
それを現実にするには…と複雑な気持ちになったノアだが、ノヴァルナ自身がノアの言葉を否定した。
「あー。ありゃ嘘だ」
分かっていたとはいえ、ひどい事をあまりにも簡単に言い切ったノヴァルナに、ノアは手にしていたフォークを滑らせ、料理の残る皿にぶつけて甲高い音を立てさせる。
ただノアも、もしノヴァルナが本気で駆け落ちを考えていたのなら、やはり止めに入っていたはずだった。おそらくそれが、恋人としての自分の役目だから。そして当のノヴァルナが嘘だと言った口で、そのまま駆け落ち出来ない理由を告げる。
「―――俺にはもう、背負っちまってるもんが多すぎっからな」
それはノヴァルナにしては珍しく、“しょうがない”といった表情での言葉だった。
ノヴァルナが背負ったもの、初陣で自分を捕らえようとする敵のために犠牲となった、旧『ホロウシュ』の命、そして何より惑星キイラの植民五十万人の命であった。星大名の嫡子である事のために、星大名の嫡子であらなけれなならないために、すでにそれだけの数の命を背負ってしまっているのだ。窓の外を見たノヴァルナは、この惑星特有の果実を絞ったフレッシュジュースを、ストローを使わずぐい!とあおって、いつもの不敵な笑みで告げた。
「そいつを全部かなぐり捨てる…なんてこたぁ出来ねぇのは、おまえが一番分かってくれてんだろ?」
そういう風に言われると、ノアもまんざらではない。ノヴァルナの口真似をして「お、おう…」と躊躇いがちに頷く。ただ今の状況を打開しなければならないのも確かだ。
「それは分かってるけど、どうするの? もう連絡も取り合えないのよ」
ノアがそう言って改めて問い質すと、ノヴァルナは腕組みをして椅子に深く座り直し、「そうだな、とりあえずは―――」と口を開いた。巨木を輪切りにしたそのままのテーブルの上には、空になった食器類が並んでいる。
「メシも喰ったし、デートしようぜ!」
「はいぃ!?」
解決案を出してくると考えていたノアは、頓狂な声を発した。
「だからデートだよ、デート。だって俺達、一回のデートもせずに婚約したんだぜ」
「それはそうだけど…いえ、そうじゃなくて―――」
今日会ったのはもっと大事な…と言いかけるノアを、ノヴァルナの言葉が遮る。
「こういうのは一度、頭をカラッポにしてから考えた方がいいのさ」
言うが早いかノヴァルナは席を立ち、「行こうぜ」と手を差し伸べた。言い出したら聞かないのがこのひとだと理解しているノアは肩をすくめ、その手をとって席を立つ。そして日頃言われている悪口を交えて応えた。
「分かりましたよ、“カラッポ殿下”」
対するノヴァルナも苦笑を返した。
「おまえ、やな奴だな」
同じ頃、ノヴァルナの故郷、惑星ラゴンのスェルモル城では、ノヴァルナを除くナグヤ家嫡流が一堂に会する夕食会の幕が開こうとしていた。
中世風に内装が施された君主用の食堂には、長大なテーブルに純白のクロスが掛けられて、その中央に等間隔に花が飾られ、控え目な音量でクラシック音楽が流れている。
上座に当主のヒディラスと妻のトゥディラが座り、右側にルヴィーロ、ヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガ。左側にカルツェ、マリーナ、フェアン、そして欠席のノヴァルナの代わりに相伴にあずかる事になった、筆頭家老のシウテ・サッド=リンが着席する形だ。
ただ妻のトゥディラとカルツェはまだ来ていない。いつもの事だ…さして気にするふうもなく、ヒディラスは空いている隣の席―――妻の席を一瞥した。夫婦仲は悪くはないとは思うが、なにぶんにも多忙で広い城の中では、丸一日顔を合わさないのも珍しい事ではない。
その一方でフェアンに目を遣ると、こちらは向かい側に座るノヴァルナのクローン猶子三兄弟に、笑顔であれこれと話しかけて退屈しないように世話を焼いていた。マリーナも目を細めてそれを眺めており、五人の関係はいいようだ。な んでもノヴァルナの計らいでマリーナがいろいろと手を回しているらしい。そこでヒディラスは右斜め前で所在なさげにしている自分のクローン猶子、ルヴィーロに声をかけた。
「ルヴィーロ。その後、体調は悪くなっておらぬか?」
そう問われて、ヒディラスの若い頃と同じ顔のルヴィーロは、少しぎこちない笑顔で応じる。
「は…至って健康にて、ありがとうございます」
ヒディラスは「そうか」と言って、口を閉じてしまった。ノヴァルナのクローン猶子達に比べて流れる気まずい空気に、僅かな葛藤を感じる。今更ながらにノヴァルナが誕生して家督を譲る事を決めて以来、ルヴィーロとの間に出来た距離感を思い知らされた。そんなヒディラスの心の動きに気付いたように、今度はルヴィーロの方から声をかける。
「やはり、今日はノヴァルナは来られないのですか?」
「ん?…うむ」
まさか女に会いに行ったとも言えず、伝達の手違いで領域視察に出掛けてしまった事にしているノヴァルナの事を問われ、ヒディラスは取り繕うような笑顔をみせた。残念そうな表情のルヴィーロ。そこに食堂の扉が開き、カルツェにエスコートされた妻のトゥディラが姿を現した………
▶#05につづく
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