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第18話:陰と陽と
#02
しおりを挟むしかし、一筋縄では行かないのがノヴァルナだった―――
二日が過ぎて、夕食会の当日になったというのに、ノヴァルナは一向にスェルモル城にやって来ない。しかも不審に思ったスェルモル城からナグヤ城に問い合わせると、ノヴァルナはすでに二日前に、自ら操縦するシャトルでナグヤを出発しているという。
ノヴァルナ再び行方不明!―――
およそ一ヵ月前にも行方不明になっていたノヴァルナが、またもや姿を消したのだ。この事態にナグヤ家は上を下への大騒ぎとなった。夕食会の準備中であったスェルモル城でも、この緊急事態にそれどころではなくなっている。
ナグヤ城と通信回線を開いたヒディラスは、応対に出たセルシュ=ヒ・ラティオに強い口調で命じていた。
「シャトルの飛行計画は出ているのだろう。そのコースに沿って、ありたけの捜索機を飛ばすのだ!」
通信スクリーンの中のセルシュは何度も頷きながら応じる。
「はっ! すでにそのように命じ、これから出発させるところです」
「急げ!」
叫ぶように指示を出すヒディラス。するとその時、通信スクリーンの中に映るセルシュの元に、一人の使用人らしき男が駆け寄って来て、困り顔でコソコソと小さな紙片を手渡した。主君と話している最中に場も弁えずに何事か!…と言いたげな表情でセルシュは視線を落とし、手渡された紙片に目を通す。その途端、セルシュは思わず「むおっ!?」と唸り声を上げて両眼を見開いた。
セルシュの様子に疑念を抱いたヒディラスは、訝しげに尋ねる。
「どうした、セルシュ?」
だがセルシュは突然額に汗を滲ませ始め、ますます挙動不審になった。ヒディラスと視線を合わそうとせずに、言葉を選ぶのを苦慮している感じがする。
「は?…いっ、いえ、それが…なんとも…うむむ…」
セルシュの急変は、明らかに今手渡された紙片を見た事によるものだった。苛立ちを覚えたヒディラスは、語気を強めてセルシュに告げる。
「なんだ。それに何が書いてある!? 読んでみせよ!!」
「いえ、しかし…」
「いいから読め!!」
主君の勘気を受け、もはやこれまで…と観念したセルシュは、「ふう」と息を吐いて、その紙片に書かれた言葉を読み上げた。
「ノア姫と惑星シルスエルタまで駆け落ちして来るぜ さがさないでください」
それはノヴァルナ流の物言い、そのものだった。
紙片は紛れもなくノヴァルナが書いたものだ。使用人の話ではクローゼットの扉の裏に貼り付けてあったらしい。内容はつまり、今日のナグヤ家嫡流が集まる夕食会には参加しないという宣告だ。しかもそれだけではなく、サイドゥ家のノア姫と駆け落ちするとまで書いてある。
「何を―――」
怒声を発しかけたヒディラスだが、不意に思い直してその先の言葉を飲み込んだ。ここで短気を起こしては今までと同じではないか、と感じたのだ。
常に人の裏をかくのがノヴァルナのやり方だった。そのノヴァルナがこういった時に見せる言動を真に受けると、その真意を見誤る事になる。“今そうするべきと思った事をやる”のがノヴァルナであるなら、今はノア姫と会うべき理由があるに違いない。
胸を反らし、大きく息を吸い込んだヒディラスは、抑え込んだ怒りを、荒々しい鼻息と共に吐き出した。引き攣っていた頬を少々強引に緩め、ぎこちない苦笑いに変化させる。
「ふ…ふふふ」
不自然な笑い声を漏らしたヒディラスに、今度はセルシュが訝しげな眼になった。
「ヒディラス様?…」
「いやはや…せっかく皆が揃うというのに、女子との逢瀬にうつつを抜かすとは、やはりあ奴は大うつけだな」
「は?…はぁ」
「…にしても、行き先を知らせておく駆け落ちなど、聞いた事もないわ」
そう言ったヒディラスは、自分の考えが我が子に対する期待のし過ぎではないのか…と可笑しさを覚えた。
“―――いや、ただ単に恋慕の想いから、姫に会いたいだけかも知らんな。戦場での婚約発表などといった、ふざけた手で戦局を打開したのは戦術で、今も連絡を取り合っているのはお遊びだと思っていたが、案外本気で惚れておったのか…”
思い返してみればノヴァルナは普段、あれだけ破天荒に振る舞っておきながら、これまで色恋沙汰で問題を起こした事は一度もなかった。むしろ同じ頃のヒディラス自身よりも大人しいほどだ。
「それで…いかが致しましょう?」
困り果てた顔で尋ねるセルシュの声が、ヒディラスの苦笑を大きくさせる。“まぁよいか…”と内心で独り言ちたヒディラスは、「構わん」と短く言った。
「は?」
意外そうな顔をするセルシュ。ヒディラスは仕方ないといった表情で告げる。
「皆には連絡の手違いで、ノヴァルナは領域視察に出てしまったと伝える。奴の好きにさせてやれ…」
▶#03につづく
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