銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第17話:道と絆と

#10

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 ナグヤ家の二隻の砲艦は、サイズは軽巡航艦をひと回り小さくしたぐらいだが、DFドライヴを搭載していないためのサイズであり、戦闘力的には重巡航艦と同等で、遠隔操作式の機動型エネルギーシールド発生装置、アクティブシールドも四枚装備している。

 ただアクティブシールドは対BSI戦闘では、重力子ノズル周辺の防御程度にしか使用出来ない。高機動戦闘を仕掛けて来るBSIなどが相手では、その素早く複雑な動きに操作が追い付かないからだ。

 前後に斜めに位置取りした『グアナン15』と『レガーラ07』は、盛んに迎撃砲火を撃ち放ちつつ、ランダムな角度でジグザグ航行を行う。少しでも敵BSIの射点をずらそうという意図だった。だが遥かに小回りの利くBSIユニットの前では、それも気休めに過ぎない。キオ・スー家のBSI『シデン』の放つ超電磁ライフル弾が、次々に命中し、二隻の外殻を保護しているエネルギーシールドを、次第に過負荷状態へ追いやる。

 激しく揺れる『グアナン15』の艦内では、イェルサスのいるキャビンに、二人分の宇宙服を抱えたキノッサが転びながら飛び込んで来た。

「トクルガル様! こいつを着て下さい!!」

 立ち上がりながらそう告げるキノッサに、座席にしがみついたイェルサスは、不安げな顔を向けて尋ねる。

「こ、この艦《ふね》…駄目なのかい!?」

 その可能性は高いが…とキノッサは思いながらも、その事には直接触れずに応じた。

「まさか。ただ万が一の時のためッス!!」



 砲艦『グアナン15』の外殻エネルギーシールドが、大量の超電磁ライフル弾に負荷の限界を超えたのはその直後であった。青紫のプラズマが艦全体を包み、一瞬で消滅する。同時に艦橋ではオペレーターが叫ぶように報告した。

「外殻エネルギーシールド喪失!」

 それを聞いた艦長は肘掛けの先を鷲掴みにして、呻くように言う。

「くそ…哨戒任務を装って、二隻だけで行動したのが裏目に出たか」

 さらに僚艦の『レガーラ07』にもプラズマ発光が起こり、こちらもエネルギーシールドを失ったのが見て取れた。するとキオ・スー家のBSI部隊は、二隻の砲艦を取り囲んで迎撃火器を狙撃し始める。BSI部隊指揮官のズーナン=ザバの指示通りだ。小口径のビーム砲塔や誘導弾発射口、射撃用照準センサーが手当たり次第に潰されてゆく。やがて頃合いを見計らい、ズーナン=ザバは通信回線を開いた。全周波数帯で二隻の砲艦に呼び掛ける。

「こちらはキオ・スー=ウォーダ家、BSI親衛隊第1中隊指揮官、ズーナン=ザバ。貴官ら二隻に降伏を勧告する。直ちに機関を停止し、当方の誘導に従え」

 ザバ達四十機のBSI部隊は降伏勧告を発信し、二隻の周囲を渦を巻きながら飛行を続けた。

「繰り返す。直ちに機関を停止し、当方の誘導に従え」

 勝利を確信したザバは、落ち着いた口調で通信を繰り返す。一方の『グアナン15』では艦長が、沈痛な表情で副長に尋ねていた。

「迎撃火力の状況は?」

「敵の攻撃により、稼働率6パーセント…『レガーラ07』の方も、ほぼ同様です」

「………」

 言葉を失う艦長に追い討ちをかけるように、モニターを見詰めていた電探士官が、振り向いて報告する。

「艦長。右舷前方にいた貨物船団が、針路をこちらに向けています。急速接近中!」

「なに?」と副長。

 待ち伏せをしていたBSI部隊の周辺には、母艦らしきものがいなかった。その貨物船団こそがBSI部隊の母艦代わりであったのだ。こちらの戦闘力を奪った事で、正体を現したに違いない…早くからセンサーには捉えられていたというのになんと迂闊な、そう考えた艦長は天を仰いだ。

 すると艦長席でインターカムの呼び出し音が鳴った。艦長が通話キーを押すと、聞こえて来たのは彼等が護衛するイェルサス=トクルガル本人の声である。その声はこの窮地において、普段の内気で控え目な物言いとは打って変わり、冷静沈着そのものであった。

「艦長、ありがとうございました。もう充分です。降伏勧告を受諾してください」

「ト…トクルガル殿?」

「これ以上の戦闘で、ナグヤ家の兵の方々を損じる訳には参りません。敵の狙いは僕ですので、僕が先方の船に乗り込みます」

 その言葉を告げるイェルサスをキャビンで実際に見るキノッサは、内気なトクルガル家の次期当主の豹変ぶりに、ポカンと口を開けて見詰めていた。以前にノヴァルナから聞いた事がある、イェルサスが窮地で見せる本性…火事場のクソ度胸といった類のものを、目《ま》の当たりにしたからだ。
 キャビンで宇宙服を着た二人の前では、大きなホログラムスクリーンが、自分達の艦を包囲するキオ・スー家のBSI部隊と、こちらに一気に近付いて来る、貨物船団を映し出している。

「艦長―――」と再びイェルサス。

「早く降伏を。ここで無駄な血を流す必要はありません」

 一拍置いて、艦長は「わかりました…」と重々しく応じた。カモフラージュの哨戒行動が見破られた以上、端から僅か二隻の砲艦で四十機ものBSIに敵うはずがないのだ。

 艦長の了解の言葉を聞いたイェルサスは、「お願いします」と告げて宇宙服のヘルメットの中で軽く微笑んだ。「トクルガル様…」と気遣う表情で声を掛けるキノッサに、イェルサスは振り向いて落ち着いた口調で伝言を依頼する。

「キノッサくん。ノヴァルナ様に伝えて欲しい事が、あるんだけど」

「は?…はい」

「この艦《ふね》や他の…今回の護衛任務に就いた人の責任を問わないように、ノヴァルナ様に計らってもらってほしいんだ」

「うっ…」

 イェルサスの思いも寄らぬ言葉に、キノッサは目を見開いて声を詰まらせた。てっきりキオ・スー家に捕らえられた自分を救出してくれるよう、ノヴァルナに頼んでほしいと言うものと予想していたからだ。

「トクルガル様、あんたってお人は…」

 これがイェルサス=トクルガル…次期トクルガル家当主なのか、とキノッサはあらためて目の前の同年代の少年を見詰めた。さっきまでのおどおどとした様子は微塵もない。

「頼んだよ」

 そう言うイェルサスに、キノッサは「かしこまりました」と深く頭を下げた。そうこうしているうちに、二隻の砲艦とそれを取り巻くBSI部隊のところへ、貨物船団が距離を詰めて来る。

 ところがこの貨物船団の接近、キオ・スー家BSI部隊指揮官のズーナン=ザバにとっても、想定外のものだったのだ。そもそもこの貨物船団、『グアナン15』の艦長が予想したようなBSI部隊の母艦でもなんでもなく、無関係な存在なのである。

「ズーナン! 貨物船団が突っ込んで来るぞ!」

 ズーナン=ザバと同じ親衛隊仕様の『シデンSC』に乗る、リ・ブーンが緊迫した声で告げて来た。ザバは眉間に皺を寄せて応じる。

「どういうつもりだ! リ・ブーン、おまえの小隊で追い払え!」

「わかった!」

 その直後だった。貨物船団の全ての船が急停止し、剥き出しに固定していた大型コンテナを、次々と宇宙空間へ放出し始める。威嚇射撃をしようとしていたリ・ブーンの小隊のパイロット達は、予想外の行動に唖然とした。

「なに!?」

「我々を妨害するつもりか!?」

「チィ! 構わん。コンテナごと撃て!」

 放出された二十個のコンテナが、慣性でナグヤ家の砲艦と自分達の間に割り込むコースである事を知ったリ・ブーンは、部下達にそう命じて自らもコンテナの一つに、超電磁ライフルを構える。

 するとその時、全周波数帯通信でノヴァルナの高笑いが、スピーカーを突き破らんばかりに響き渡った。

「アッハハハハハ!!!!」

 ウォーダ家に仕える者ならば誰もが知るその高笑いに、キオ・スー家のパイロット達が身をすくめると、コンテナが分解、中から親衛隊仕様の『シデンSC』が姿を現す。

「いやぁ~、よく寝たぜ!!」

 貨物船のコンテナの中に収納された『シデンSC』のコクピットで、徹夜の睡眠不足を解消していたノヴァルナは、グルリと首を大きく一つ回し、操縦桿を握り直した。その頃には他のコンテナからも、ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』が乗る『シデンSC』が飛び出している。
 二十機の『シデンSC』は急加速し、戸惑うキオ・スー家BSI部隊と、二隻の砲艦の間に割り込んだ。超電磁ライフルを構えて防御陣形を組む。ナグヤの宇宙港でイェルサスの見送りにノヴァルナが来なかったのは、この偽装した貨物船団ですでに先行し、砲艦二隻が追い付いて来るのを待っていたからだ。

「その声はやはりノヴァルナ殿下! なぜここに!!??」

 動揺を隠せない口調でズーナン=ザバが問い質す。それに対してノヴァルナは、待ってましたとばかりに言い放った。

「はん! てめぇらの悪事はお天道様は騙せても、このノヴァルナはお見通しだぜ!!」

 クッ!…と奥歯を噛み締めるザバ。だがこれはナグヤの嫡男を葬る、好機なのではないかと思い直す。今日のノヴァルナは専用機のBSHO『センクウNX』には乗っておらず、BSIの数的にはこちらが倍だ。それにノヴァルナの取り巻きも、『ホロウシュ』などと名までつけられてはいるが、ほとんどがナグヤのスラム街を出身とした、下賤な連中ではないか。

 イェルサス=トクルガルを捕らえた上に、ノヴァルナ殿下を討てば、その功名は跳ね上がる。キオ・スー家の政権中枢にまで手が届くかも知れん…ふつふつと野心が沸き立って来たザバは、ギラリと目を輝かせて配下の全機に命じる。

「バグート、リ・ブーン、サナジュは俺と共にノヴァルナ殿下の機体を狙うぞ。あとの全機は、取り巻きどもを撃破しろ!」




▶#11につづく
 
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