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第17話:道と絆と
#08
しおりを挟む惑星ラゴンの成層圏を離脱したナグヤ家の御用船は、それまで護衛に付いていた四隻の砲艦から分かれ、衛星軌道上で別の艦隊と合流した。ヒディラス配下のカークス=カーム提督が司令官を務める軽巡3、駆逐艦8の第11宙雷戦隊である。
ナグヤ家御用船を中心に置き、菱形の梯団を組んだ艦隊は、超空間転移が行える星系外縁部に向け、ゆっくりと航行を開始した。所要時間は光速の15パーセントの速度で、およそ20時間。直線コースならもっと早いのだが、そうするとキオ・スー家の所有する第七惑星サパルの、宇宙要塞『マルネー』から近い位置を通過するため、妨害を受ける可能性が高くなる。同じ星系内で同族相手に、迂回行動を取らねばならないのは馬鹿らしい限りだが、今の状況では致し方ない。
「全艦、接敵警戒を厳とせよ」
旗艦となっている軽巡の艦橋で、カークスは早くも警戒態勢を取らせる。キオ・スー家の領地であるアイティ大陸は惑星ラゴンを挟んだ裏側で、ビーム系対宙火器の直接攻撃を受ける心配はないが、宙雷艇などの阻止戦力が上がって来る事は、考えておかなければならないからだ。
しかしラゴンの周辺では別段、何事も起こらなかった。月軌道も滞りなく通過し、艦隊はやがて第五惑星ベルムの公転軌道へと接近する。各種の哨戒センサー画面を睨む、艦隊乗組員に緊張が走ったのは、その時だった。
「長距離センサーに感あり! 探知方位014プラス5。距離約6万。こちらに向けて接近中。艦隊と思われる!」
カームが口元を引き締めると、続けて通信士官が報告する。
「接近中の艦隊より、ジーンザック=サーガイの名で通信が入っております」
「ジーンザック=サーガイ…キオ・スーのダイ・ゼン殿の弟か」とカーム。
ジーンザック=サーガイはキオ・スー家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイの弟であり、策謀好きの兄とは対照的に、武闘派のBSIパイロット兼艦隊司令官だった。カームが通信士官に「繋げ」と命じると、艦橋のメインスクリーンに黒髪を短く刈り込んだ、大柄の男が映し出される。
「我はキオ・スー家第4艦隊司令官、ジーンザック=サーガイ。貴艦隊は主家たるキオ・スー家の許可なく、内惑星圏外へ出ようとしている。直ちにその場に停止し、我々の臨検を受けるよう命じる」
ジーンザックは口を禍々しく歪め、高圧的な態度で言い放って来た。
ジーンザックの言い分は正しくはあるが、ナグヤ家が勢力を恒星間規模にまで伸ばしたこの二年、そのような許可を求められた事はなく、ましてや停船命令と臨検が行われた事など一度もなかった。つまりは形だけの理由付けである。
ジーンザックの言葉を聞いたカーム提督は、自分が民間登用で相手が武家階級である事から、ややへりくだった口調で応じる。
「こちらはナグヤ=ウォーダ家第11宙雷戦隊司令官、カークス=カームであります。恐れ入りますが、貴艦隊からの要請には従えません」
「従えんだと!?」
脅すような口調で問い質すジーンザック。それに対してカームは、電探科から転送されたキオ・スー艦隊の、解析データのホログラムを司令官席の脇に浮かばせて、目を通しながら告げた。
「我々は、ナグヤ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダの命による、最優先外交任務に就いております。命令系統が違う貴艦隊からの要請には従えません」
解析データによると接近中のキオ・スー艦隊は、戦艦2、重巡4、軽巡2、駆逐艦8…こちらの一個宙雷戦隊とは比べ物にならない戦力だ。
それを確認したカームは舌打ちした。両家の宇宙戦力がこれほどまでに差があるのは、先日の戦いが影響しているからである。サイドゥ家とイマーガラ家艦隊のオ・ワーリ侵攻に対し、早々に撤収したキオ・スー艦隊は、最後まで戦闘を継続したナグヤ家ほど、戦力を消耗していない。ナグヤの宇宙戦力のほとんどがどこかしらに損害を受けており、修理中だった。
“だが、こうなる事は予測済み。奴らの目的が御用船の捕獲である以上、過度に手荒な真似も出来ないという事も…”
カーム提督が意を決し、肘掛けに乗せた右手で拳を作るその向こうで、メインスクリーンの中のジーンザックが、声に含まれる脅迫の度合いを上げながら言い放つ。
「勘違いするな。これは要請ではない、命令だ!」
しかしその言葉に、カームが応じる事はなかった。代わりに部下達に、強い口調で命令を発する。
「艦隊針路270度。マイナス角は任せる。合戦準備! 全艦、砲雷撃戦用意!」
各科のオペレーター達が即座に命令を復唱し、カームの旗艦は舵を大きく左側やや下方へと切った。艦橋の窓の外を遠くに浮かぶ第五惑星ベルムの黄色い姿が、四つの月を引き連れて左から右へと高速で横切っていく。囮ならばせいぜい大袈裟に動くまでだ…カームは軽く口元を歪めた。
カームの宙雷戦隊とナグヤ家御用船が大きく針路を変更し、それをキオ・スー家の艦隊が全速で追撃に移る一方、二隻の砲艦がラゴンの月の下側をすり抜け、暗黒の世界を突き進んでいた。惑星ラゴンの成層圏離脱まで御用船の護衛に付いていた、星系防衛艦隊ナグヤ支隊所属の砲艦四隻の中の二隻だ。
二隻は星系外縁部に向かう、規定の哨戒コースを取っている。一見すると惑星ラゴン上空で御用船を護衛していたのは、哨戒任務に付加させたもののように判断出来る。だが、その片方の一つにこそ、イェルサス=トクルガルが乗っていたのだ。カークス=カームの第11宙雷戦隊と彼等が護衛するナグヤ家御用船は、キオ・スー家の襲撃に備えた囮部隊だったのである。
砲艦に恒星間航行能力がないのはこれまでに述べた通りだが、それはあくまでも通常の単艦での運用状態の場合であり、準恒星間シャトルのように、超空間転移用のDFドライヴブースターをドッキングさせれば、恒星間を航行する事は可能であった。他の植民星系や新たに占領した恒星系に回航するためのものだ。
今回はその星系防衛用の砲艦は普段、恒星間航行は行わないという先入観を利用して、まずはヒディラスの弟で親ナグヤ派中立のヴァルツ=ウォーダが収める、モルザン星系へ向かい、ヴァルツ艦隊の護衛でイマーガラ家との邂逅点に向かう作戦だったのである。
ただラゴンの衛星軌道上でDFドライヴブースターとドッキングしてしまうと、キオ・スー家に意図を気付かれるため、ブースターはオ・ワーリ=シーモア星系の外縁部に、先行して置かれていた。
仕官用ラウンジで、イェルサスはキノッサ相手に、ホログラムのカードゲームで気晴らしを行っている。するとそこに艦内放送で、第11宙雷戦隊がキオ・スー家の艦隊と遭遇して、回避行動に入った事が告げられた。それを聞いて頭を上げたイェルサスの表情が、俄かに曇る。
「………」
無言で固まるイェルサスの態度を怯懦と感じ取ったのか、キノッサが落ち着かせるように言う。
「なぁに。トクルガル様、ご心配には及びませんよ。敵が囮に喰らい付いたって事は、作戦が成功したって事なんですから」
ところがキノッサの判断は間違っていた。
「僕のために、ナグヤ艦隊の人達…無事ならいいけど」
イェルサスが表情を曇らせたのは、囮となった宙雷戦隊の兵の無事を、気遣った事によるものだったのである。
「トクルガル様はつくづく、人がいいですねぇ―――」
と、キノッサは半分感心し、半分呆れたように言った。
「これから星大名の当主になろうってお方が、そんな事をいちいち気にしてちゃ、この先なにかとしんどいだけですよ」
するとキノッサの言葉に、イェルサスは珍しく真剣な眼差しになって応じる。
「うん、それは分かってるよ。だけど、人の上に立って、人の命を左右する立場の者は、いつもその事を考えておかなくちゃいけない…と思うんだ。自分の地位が、何によって成り立っているのかをね」
それを聞いてキノッサは大きな目を見開いた。
「トクルガル様…」
ああ、やはりこの人はおとなしそうに思えても、星大名になるべき人なんだ…とキノッサは思った。自分からすれば、世間知らずのボンボンのようなイェルサスだが、そもそもの器の違いを気づかされる。ほぼ同年代でありながら、立身出世を考えるだけで精一杯の自分とは、思考の出発点が違うのだ。
“まだまだ遠いなぁ………”
自分が目指すものとの距離を思い知り、キノッサは「てへへ…」と苦笑いして指で頭を掻いた。その様子にイェルサスは不思議そうに首を傾げて尋ねる。
「どうしたの?」
「いやね、ノヴァルナ殿下がトクルガル様を見込んでおられるのが、今更のようにわかった気がしまして…」
「?」
キノッサが何を言っているのかよく分からず、イェルサスは今度はさっきと反対の方向に首を傾げた。
その二人を乗せたナグヤ家砲艦『グアナン15』の艦橋では、囮の御用船とカーム戦隊にキオ・スー家の艦隊が食らい付いた報告に、艦長以下の全員が安堵の表情を浮かべている。味方の接敵を喜ぶわけではないが、作戦としては成功だからだ。
「こちらの航路状況に異常はないか?」
艦長が確認を命じると、艦橋の中央に航行用ホログラムが浮かび上がる。艦は第五惑星ベルムの公転軌道をすでに通過して、正面に見える氷のリングを持つ第六惑星ガラブで、スイングバイを行う航路を進んでいた。進行方向右側に船団の反応がある。
「あの船団は何か?」
艦長が尋ねると、ホログラムに船団に関するデータが追加表示され、それに合わせてオペレーターが応える。
「ガルワニーシャグループ所属の民間船団です。第八惑星ルグラの鉱物採掘基地行きの、『プリーク』型貨物船が10隻で登録されています」
▶#09につづく
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