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第17話:道と絆と
#07
しおりを挟むやがて翌日、ナグヤ宇宙港は雨模様であった。イェルサスをルヴィーロとの交換に送り出すナグヤ=ウォーダ家の御用船が、宇宙港のナグヤ家専用ハンガーから、離着陸場へ引き出されていく。その上空にはすでに護衛の砲艦が四隻、反転重力子フィールドを展開して浮かんでいた。
保安上の理由から宇宙港は臨時閉鎖されており、何処にも民間人の姿はない。いるのはナグヤ家の関係者と宇宙港の職員、それに僅かばかりの報道陣だけである。さらにここから直に見る事は出来ないが、市街の向こうの小高い山の上で、雨に白く霞んで見えるナグヤ城では、相当数の対空・対宙火器が稼働して空を睨んでいるはずだ。
このように物々しいのは、キオ・スー家の動きを警戒しての事だった。イマーガラ家、そしてナグヤ家との交渉材料とするため戦力を派遣して、イェルサスを強奪する可能性は充分考えられる。キオ・スー家からすれば、もはや完全に敵となったナグヤ家のルヴィーロの生死など、気にする必要はないからだ。
とは言え、しとしとと雨のそぼ降る灰色一色の離着陸場は、見送りのナグヤ家関係者が少ないのも、心寂しい感がある。発進位置に移動していく御用船が横切る、ナグヤ家関係者の一団は僅か十名程で、見知った顔と言えば次席家老のセルシュ=ヒ・ラティオと、マリーナ、フェアンの姉妹ぐらいであった。おまけに昨日、イェルサスに見送りに行くことを力強く言い放ったはずの、ノヴァルナの姿はどこにも見当たらない。
「ノヴァルナ様、見送りに来るって言ってたのに…」
見送りの一団を映し出しているモニターを見詰め、座席に身を沈めたイェルサスは寂しそうに呟いた。すると交換地点までの同行をノヴァルナに命じられているキノッサが、そんなイェルサスの呟きを聞いたのか、それとも表情から察したのか、ホットミルクの入ったカップをトレーに乗せてやって来て、自分の主君を咎めるように言う。
「ウチの殿下ときたら、あのあとバイクでお屋敷を飛び出して行ったきりですからねぇ…どこまで行ったのやら。まったく、いい加減なもんですよ」
カップを座席のホルダーに入れるキノッサに、イェルサスは微笑んで振り向いた。
「仕方ないよ。ノヴァルナ様だってお忙しいんだし。たぶん、何か急な用事でも出来たんだよ。昨日来てくれただけでも、感謝しなくちゃ」
いつもながらのイェルサスの人の好さに、キノッサは苦笑いを返して冗談を言う。
「そうスかぁ~?…わたしゃ、殿下は今頃、あの美人のノア姫様とメールすんのに夢中になってて、時間を忘れてるだけのような気がするんスけど」
それを聞いて、イェルサスは幾分気が紛れた様子で、軽い笑い声を上げた。そうしてモニター画面に映る、ノヴァルナの妹達に視線をやる。フェアンは離着陸場に降る冷たい雨にもかかわらず、こちらに向けて元気に手を振っていた。そしてマリーナは、家老のセルシュの隣で行儀よく佇んでいる。
許可もしていないのに隣に座り、あれやこれやとノヴァルナの我儘への愚痴を並べ始めるキノッサを放置し、イェルサスはモニター画面に指先で触れ、マリーナの映像をそっと拡大した。中立宙域の惑星ザナドアでの冒険が、イェルサスの脳裏に甦る。
“マリーナ様…”
行ってきます…と言うべきだったのだろうか?
さようなら…と言うべきだったのだろうか?
“もっと強くなれ!”そう言ったノヴァルナの言葉を思い出し、イェルサスはいま口に出来る言葉を、画面の中のマリーナに小さな声で送った。
「また会いましょう…」
離昇したナグヤ家の御用船が、護衛艦を伴って雨雲を突き抜けたその頃。周囲を様々な装置や機械類で埋め尽くされた、狭い座席シートに座ったまま、大口を開けて爆睡しているパイロットスーツ姿のノヴァルナがいた。通信機が呼出音を鳴らし、若い男女の言葉を吐き出す。
「殿下! 起きてください。トクルガル様、出発しましたよ!」
「殿下! 殿下ってば!」
声は二つとも若く、ノヴァルナと同年代っぽく、どこか気安い口調だ。しかしノヴァルナに起きる気配はない。さらに別の若い男の声が呼び掛ける。
「殿下ぁ! 起きて下さいって!」
すると今度は聞き覚えのある、若い男の声が割り込んで来た。ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』のヨリュ―ダッカ=ハッチの声だ。
「おまえらなぁ。殿下は昨日、徹夜だったんだから、寝かしといてやれよ」
「徹夜って?」
それは先程とはまた別の女性の声だった。二人共ランの声とは違う。
「知らねーのかよ? イェルサス様のお別れ会に出られたあと、そのまま城に戻られて、エンダー様の紹介状を直筆で書いて、今度はその紹介状にヒディラス様の承認印を押して頂くために、スェルモル城に飛ばれたんだぜ」
ハッチが解説した通り、昨日のノヴァルナはまさに東奔西走、八面六臂であった。午前中にヤディル大陸北半球の温帯地方中央部に位置するナグヤ城で、今日の準備を終わらせると、赤道部西海岸まで輸送機で移動し、午後にはエンダー夫妻とマーディンの見送りを行った。そして夕刻にはナグヤに戻って、イェルサスのお別れ会に出たのだが、本来ならノヴァルナの予定はここまでだったのである。
ところがカールセンが、ムツルー宙域で仕官先を見つけるのを有利にしようと、ナグヤ=ウォーダ家からの紹介状を欲したため、仕事が増えてしまった。
そこでノヴァルナはイェルサスのお別れ会を夜中まで付き合い、その後再びナグヤ城に戻ると、自筆で紹介状を書き上げ、父親のヒディラスが住む、東海岸のスェルモル城に飛んだ。紹介状を正式なものにするためには、現当主のヒディラスの承認印が必要だったためだ。
時差の関係で先に夜が明けるスェルモル城に降り立ったノヴァルナは、朝食中のヒディラスの元に押しかけた。そしてヒディラスに半ば強引に承認印を押させると、ナグヤにとんぼ返りし、紹介状をデータ化し終えてエンダー夫妻の乗る『クーギス党』の船に転送。現在の爆睡中の状況に至っている。紹介状をわざわざ自筆にしたのは、ノヴァルナのエンダー夫妻に対する誠意の表れだった。
そんな経緯をハッチが告げると、その場にいるらしい若者達が口々に言う。
「殿下、かっけー!」
「さすがは、俺らの御大将だぜ!」
「やっぱ、殿下はそうでなくちゃなぁ」
若者達はどうやら全員、ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』のメンバーであるらしい。スラム街育ちの荒くれ者ばかりだが、主君ノヴァルナへの忠誠心は厚い。それは彼等が、ノヴァルナという人間の本当の中身を知っているからだ。
「分かったら、寝かせといて差し上げろ」
ハッチのその言葉に、誰かがからかう。
「おお? なんだハッチ。マーディン様が辞められた途端、リーダー気取りか?」
「はぁ!? んなワケねーだろ! ササーラ様が居んのに!」
「そーそー、憧れのフォレスタ様もいるしなぁ」
「なっ!…憧れてねーし。天敵だし!」
それを機に、通信機のスイッチが入ったままなのも忘れて、『ホロウシュ』達は無駄口を叩き始める。だがそのような喧騒にも関わらず、ノヴァルナは座席シートに身を沈め、高笑いならぬ高いびきを続けていた………
▶#08につづく
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