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第17話:道と絆と
#05
しおりを挟むノヴァルナにとっての別れは、エンダー夫妻とマーディンだけではなかった。
同じ日の午後、輸送機で反重力バイクごとナグヤに戻ったノヴァルナが向かった先は、城ではなくダクラワン湖畔にある、ナグヤ=ウォーダ家の別荘―――人質であるトクルガル家のイェルサスが住まわされている屋敷である。
温帯地方のナグヤは、時候も皇国標準暦とほぼ合致しているため、湖畔の木々は色づいた広葉樹の黄色と赤色に、針葉樹の濃緑が見事なコントラストを醸し出していた。
太陽はすでに傾きかけており、陰影がはっきりとしたそれらの木々の風景が、中世風のナグヤ家別荘の共に鏡面状態となった湖面に映る様は、“静寂”という名が相応しい一枚の写真のようにも見える。
だがその静寂は、ノヴァルナがイェルサスを呼ぶ、いつもの大声で破綻した。
「イェルサーーース!! いるかぁーッ!!?? イェルサーーーース!!!!」
「もう、兄様! うるさい!!!!」
「今日はイェルサス様のお別れ会ですから、いるのは当たり前でしょうに!」
そう口々に文句を言いながら、当のイェルサス=トクルガルに代わり、屋敷の広いエントランスまで迎えに出て来たのは、ノヴァルナの二人の妹の、フェアン・イチ=ウォーダとマリーナ・ハゥンディア=ウォーダだった。フェアンはいつもの赤白ピンクの取り合わせの衣服であり、マリーナもまたいつもの“ゴスロリ”である。
「おう。ここに来ると、でけぇ声出すのが習慣になってっからな!」
「またそのように、適当な…」
白い目で睨み付けたマリーナは軽くため息をつく。するとフェアンはノヴァルナにしがみつくように腕を組んで告げた。
「イェルくん、奥で待ってるから、行こ」
強引に引っ張って行こうとするフェアンの、相変わらずの兄の独占ぶりに、マリーナは僅かに唇を尖らせる。兄がトランスリープ現象で飛ばされていたという、別世界から帰って来て以来、その独占ぶりは増していた。一緒にいる際は片時も離れない。
姉として、甘えん坊の妹に兄を譲ってやろうという気持ちはある…あるが、やはり面白くないものは面白くない。するとそんなマリーナに、ノヴァルナは空いている方の腕を差し出した。
「え…?」
意外そうに小さく声を漏らすマリーナに、振り向いたノヴァルナは「ほれ」と言って手を軽く振り、早く繋ぐように促す。顔を赤らめながら兄の手を握ったマリーナだったが、同時にこれまでの兄とは、やはりどこか違うと感じた。
“兄上…変わられた”
以前から兄ノヴァルナが、本当は優しい性格である事は知っている。ただあのトランスリープ騒動を生還してから何度か顔を合わせるうちに、その優しさの質が変わったように思えて来ていたのだ。
例えば今の状況もこれまでなら、兄は視界にいるイチだけにその優しさを注いで、自分は置いて行かれる流れであった。自分からついて行かなければ、その優しさに触れる事は出来なかったのである。それが兄の方から、ごく自然に手を差し伸べて来てくれたのは、変わったと思わざるを得ない。
その兄は自分の手を引く一方で、腕を組んだイチと取り留めのない話をしながら、廊下を歩いて行く。
“あの人が…ノア姫という方が、兄上を変えられたのですか?”
胸の内でそう問い掛けたマリーナは、嬉しさと羨望と嫉妬の入り混じった、何とも奇妙な自分の感情に、戸惑いの表情で兄の背中を見詰めた………
すると廊下の奥から、小柄な少年が小走りに駆けて来る。イェルサスの世話係として側につけている、トゥ・キーツ=キノッサだった。
「これは殿下。ようこそお越し下さいました」
ノヴァルナの前で立ち止まり、ペコリと頭を下げるキノッサに、ノヴァルナは傲然と胸を反らして応じる。
「おう。キノッサ! 準備は出来てっか!!??」
「ちょうど整ったトコです。はい」
トゥ・キーツ=キノッサは約四か月の、イル・ワークラン家の陰謀を暴きに向かう際、旅の途中から配下として加わった十四歳の少年であった。オ・ワーリ宙域の中を職を探して転々としていたらしく、年齢以上に世間ずれしており、何かにつけ抜け目がない。
ノヴァルナはキノッサがイェルサスと歳が近い事もあり、また世間知らずのイェルサスを導かせるためその世話係、実際には話し相手としてこの屋敷に置いていたのだ。
「さささ、どうぞどうぞ」
キノッサの妙に大人びて腰の低い先導で、ノヴァルナと二人の妹が着いたのは、屋敷の広いリビングだ。中央に据えられたテーブルには数々の料理にスイーツ、様々な飲み物が所狭しと並んでおり、その前には金髪のふくよかな少年が温厚そうな笑顔で立っていた。
ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の次期当主、十五歳のイェルサスである。
「ようこそお出で下さりました。ノヴァルナ様」
にこやかな表情でそう言うイェルサスは、ノヴァルナ達と一緒に中立宙域で冒険した時より、僅かながら背が伸びていた。それでもまだノヴァルナの肩ほどまでしかない。
「おう、イェルサス。来たぜ! さっそく始めっか!」
ノヴァルナは明るく言い放ち、テーブルを囲むように置かれたソファーの上座に、大股開きでドカリと腰を下ろした。その傍らに腰を落ち着けたマリーナが、きつい目をして兄を窘める。
「兄上。今日の主役はイェルサス様なのですよ」
それに対してノヴァルナはどこ吹く風、「アッハハハ!」と高らかにひと笑いすると、炭酸飲料のボトルを手に取って続けた。
「こまけー事は気にすんな!」
そして全員がソファーに座るのを待つと、イェルサスに向かって無作法にボトルを突き出し、強い口調で告げる。
「イェルサス! 挨拶アンド乾杯の音頭だ!!」
「ははは、はいっっ!!」
せっかく座ったところにノヴァルナに命じられ、イェルサスはソファーのスプリングでバウンドしたように立ち上がって返事した。周囲ではキノッサがせわしなく動き回り、ボトルの栓を開けたり、料理を小皿に取り分けたりしている。
「キノッサ! んなつまんねー事やってねーで、てめーも座れ!」
するとキノッサは、不意に背筋を伸ばしてノヴァルナに振り向き、ニタリと笑った。
「はいっ! そのお言葉を、待っておりましたです!」
そう言ってイェルサスの隣にちょこんと座ると、誰もそこまで言ってはいないのに、空いているグラスに飲み物を注いで、両手で包むように持つ。その様子にノヴァルナは、調子のいい奴だ…と言いたげに苦笑いを浮かべた。そんな中で、イェルサスは緊張した面持ちで挨拶を始める。
「あ…あの、え…と、本…本日は、僕のトクルガル家への復帰をいわ…祝って頂き…あり…あり…ありがとうございます―――」
そう、このささやかな宴会は明日、ナグヤ=ウォーダ家のルヴィーロ・オスミ=ウォーダとの人質交換で、本国のミ・ガーワ宙域へ向けて出発する、イェルサスを送り出すための祝いの会だったのだ。
屋敷には広い食堂もあるのだが、ごく身近な者だけで気楽に行いたいというノヴァルナの意向で、このリビングで行われる事となったのである。
▶#06につづく
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