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第17話:道と絆と
#04
しおりを挟むホログラムの中のノヴァルナは、まるでサーカスのピエロのような奇抜な着衣で、仲間―――おそらく若手の家臣達と反重力バイクを集団走行させていたり、どこかの広場に大きなステージを組み立てて、みすぼらしい身なりの男女をその上で何人も踊らせ、それを仲間達と指差して大笑いしていたり、ノアもよく知る専用BSHOの『センクウNX』を街の大通りで浮上走行させ、その両手の上に乗って小さなビラのような紙片を、大量にばら撒かせていた。
ノヴァルナの暴れん坊ぶりは噂には聞いていたが、実際に目にするのは初めてで、どれを見てもノア自身、内心で“あのバカ。何やってんのよ、もぅ!”と、眉をひそめたくなる映像だ。しかしそんな舌打ちしたくなるような感情は顔には出さず、そうあって欲しいという願望も含んで、平静を装ったノアはドゥ・ザンに告げた。
「ノヴァルナ様は何の意味もなく、こういった事をなさるような方ではありません」
それを聞いてドゥ・ザンは意地悪く尋ねる。
「ほほぅ。ではその意味とやらは、どういったものか?」
「…その意味を読ませぬ深きところに、意味がございますのでしょう」
娘の禅問答のような受け答えに、ドゥ・ザンは苦笑いを浮かべた。
「ふん。上手く逃げたの」
とは言え、そのような問答で納得するようなドゥ・ザンではない。
「確かに…あの若造の普段の奇行は、世間の目を欺くためかも知れん。ウォーダの一族は内訌が絶えぬゆえ、身内を欺く必要もあるであろう。おまえにとって、命の恩義がある相手であれば惚れもしよう―――だが、そうやって世間や身内を欺かねばならぬ事自体が、あの者の限界を示しておる。そのような者が次期当主の、いつ滅びるやも知れんナグヤ家におまえをくれてやって、我がサイドゥ家にどのような利があると申すか」
口調に厳しさが増し、諭すように言うドゥ・ザン。しかしノアも、そのドゥ・ザンの娘だけあって譲らない。
「ナグヤ家は滅びませぬ。あの方はいずれ大成される、大々名の器にございます」
そう言いながら、ノアはそこまで言い切ってしまう自分自身が可笑しくなった。出逢った頃は、存在自体が煩わしかったあの生意気な年下が、今ではたまらなく愛おしい…この身と命は、時が来ればサイドゥの家のためにと考えていた、これまでの自分がまるで他の誰かのように思える。
一方のドゥ・ザンは、そんな娘を忌々しそうな目で睨み付けた。星大名の娘がどういうものか、ノアが知らないはずがない。ドゥ・ザンにすれば事実これまで娘は、サイドゥ家のための政略結婚という宿命を受け入れており、一時の恋愛感情でその宿命を拒もうとするほどに、心変わりするものではないと考えていたからだ。
“それがどうした事か、あの大うつけをあれやこれやと、庇い立てするほどにのめり込みおって…小娘でもあるまいに、そこまで男に免疫がなかったとは。いや、男を見る目が無かったとは…と言うべきか”
民間人上がりで世間ずれしたドゥ・ザンと違い、ノアはドゥ・ザンがミノネリラ宙域の星大名としての座を完全に手中に収めてから誕生し、星大名の姫として育てられた。そのため市井の女子のように、年頃になるまで誰かと恋愛関係になった事はない。皇都キヨウの大学へ留学させていた間も、警護兼監視役の者からは、そのような浮いた話を聞きはしなかった。
「おまえがどう言おうと―――」
ドゥ・ザンはノアに対し、突き放すような口調で告げる。
「わしが首を縦に振らねば婚約は進まぬし、横に振れば婚約は破棄じゃ!」
その言葉にノアはキッ!と父親を見据えた。
「横にお振りになれば、お父様はきっと後悔なさいますでしょう!」
「………」
「………」
無言の睨み合いが十秒近くも続いたあと、ノアは席を立った。そのままテラスを去ろうとするノアに、ドゥ・ザンは冷たく言い放つ。
「大うつけとのやり取りは、次が最後と心得ておけ」
NNLメールの送受信に検閲を掛ける事を警告する父の言に、後ろ姿のまま一瞬立ち止まったノアだったが、振り返る事なくすぐに歩き去って行った。
すると入れ替わるように、反対側の通路から上品そうな一人の女性が、薄紫色の細かな花と白い蘭に似た花が生けられた小さな花瓶を手に、ゆったりとした足取りで姿を現す。現在のドゥ・ザンの妻、ノアの母であるオルミラだった。娘の去った通路を振り返り、オルミラは穏やかに尋ねる。
「姫と喧嘩ですか?…お珍しい」
「少しは頭が切れると思うておったが…やはりあれも女であったわ」
「姫は余程、ナグヤの若君がお気に召したのね」
目を細めて静かに言ったオルミラは、テーブルに花瓶をコトリと置いた。ドゥ・ザンは妻の言葉に仏頂面で応じる。
「ふん…他愛無いものよ」
「貴方様こそ、もう少し肩の力をお抜きあそばりませ…」
そう言ってオルミラは、椅子に座る夫の肩を背後から揉み解してゆく。後妻であるこの女性はドゥ・ザンよりも二十歳以上も歳が離れていた。前ミノネリラ宙域星大名トキ家の支流にあたる、アルケティ家出身の穏やかな女性だ。
死別した前妻のミオーラは追放した元主君、前ミノネリラ宙域星大名リノリラス=トキの妻であったものを、ミオーラの類まれなる美しさに惹かれ、己が征服欲に任せて夫の助命と引き換えに奪い取ったのであり、当然ながらその結婚生活は、到底円満とは言い難いものであった。
それに比べ、オルミラとの生活はその温厚な性格もあり、年齢を重ねて来たドゥ・ザンにとって、今では得難いものとなっている。ドゥ・ザンは、肩の凝りが解されてゆく心地よさに身を任せながら、幾分気を落ち着かせた様子で言った。
「あれが、あのように意固地になるとはの…」
「勝ち気な気性ゆえ、一度、恋に身を焦がしてしまうと、自分の気持ちにひたむきになるのでしょう」
「それほどの男と申すか、ノヴァルナとやらが」
「二人が飛ばされたという未来の世界では、ノヴァルナ殿は銀河皇国の関白に、お成りであったのでしょう?」
「そのような与太話、どこまで信じてよいものか分からぬ…もしかすると婚約の口実に、あの者と二人で口裏を合わせているのやも知れぬぞ」
そんなドゥ・ザンの言いように、オルミラは「ホホホ…」と軽やかに笑い声を上げた。そしてからかうように言葉を続ける。
「もしかすると、意固地になられているのは、殿の方かも知れませぬな」
「なに?」
「誰を伴侶とするかは、およそ賭け事のようなもの。殿の望まれる方と姫が結ばれても、それが後々、サイドゥ家にとって殿の望まれる結果の通りになるとは限らない…」
「それはそうだが…」
「ならば姫は、すでに“当たりくじ”を引いているのかも知れませぬ」
「あの大うつけが当たりくじか?」
「さて、姫が夢中になるほどの大うつけ。当たるとすれば、さぞ大当たりでしょう」
「………」
オルミラに諭されたドゥ・ザンは黙りこくり、考える目をした。オルミラは夫の肩を揉む手を止め、「如何です、少しは楽になりましたか?」と柔らかく尋ねる。ふっ…と息を抜いたドゥ・ザンは小さく呟いた。
「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ…か」
▶#05につづく
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