銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
298 / 422
第17話:道と絆と

#01

しおりを挟む
 


 長い、長い、長い橋を、沖に浮かんだ緑の島まで続く六千メートルにも及ぶ長い橋を、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの乗る反重力バイクが、ただ一台で駆け抜けて行く………



 十一月であっても、赤道に近いこの地方では。今日も終わらない夏が続いている。

 空は青く、海も紺碧で、浅瀬を渡る長い橋は、雲より白い塗装が目に眩しい。

 この星で普通に見かけるオナガカモメが二羽、両端が長く伸びた尾羽をなびかせ、心地よさげに海風をとらえている。



 空は青くとも、惑星ラゴンには暗雲が漂っていた。



 この惑星を共有するキオ・スーと、ナグヤの両ウォーダ家が政治的、軍事的に完全に敵対状態となり、互いに支配する大陸上空への侵入禁止を宣言。宇宙圏でも互いの家に属する星系防衛艦隊の砲艦同士が、睨み合っている状況だ。



 しかし今のノヴァルナは、明日両家の戦端が開かれる事になっても、それがどうした…という気持ちだった。今日が友人達の旅立ちの日だからである。

 ノヴァルナが目指している島は、地元の有力企業の保養施設が多くある、リゾート島であった。だがノヴァルナ自身の目的はリゾートなどではない。保養施設が並ぶ箇所とは島を挟んで反対側にある、十数年前まで漁民が住んでいた廃村である。
 ただ廃村である事には間違いないが、その村にある漁港の海中には、住んでいる者達がいた。ノヴァルナがこのラゴンに連れて来た、シズマ恒星群の海洋惑星に暮らす、水棲ラペジラル人だ。ノヴァルナが彼等に与えた居留地というのが、この廃村の漁港だった。

 漁港のある入り江の中は波も穏やかで、水温も安定しており、水棲ラペジラル人達が暮らし、主な収入源となるであろう高級真珠『シズマパール』の採れる貝の養殖には、最適な環境となっている。ノヴァルナはここをナグヤ家直轄地として召し上げ、一般人の立ち入りを禁止して水棲ラペジラル人達に与えたのであった。

 それは彼等を静かに暮らさせてやろうという、ノヴァルナの細やかな配慮だったのである。しかし、水棲ラペジラル人達のための召し上げなどと、わざわざ耳目を集めるような事を公表するようなノヴァルナではなく、日頃の傍若無人な振る舞いしか見ていない領民達に、“自分のプライベートビーチにするために召し上げたに違いない”と、また新たな批判の種を提供するに至った。まぁ本人はそれを聞いても、どこ吹く風なのだが。

 橋を渡り切ったノヴァルナの反重力バイクは、保養施設が美しく整備された区画を走り抜ける。前述の政情不安からか、どの施設も人影はほとんどない。

 やがて椰子の木と藪が占領しつつある廃村への道に入り、しばらく行くとナグヤ家直轄地の境界に設けられたフェンスに達した。最近設置されただけあって、廃れた道路に比べて全くの新品だ。様々な鳥達が囀り、唄う中でノヴァルナのバイクが近付くと、フェンスの制御コンピューターがNNLリンクで、ナグヤ家嫡男のパーソナルコードを確認し、ゲートが自動的にスライドして開く。

 スピードを落としてゲートを通り、潮の香りが強くなる方へバイクを走らせる。木々の向こうから、目指していた漁村が姿を現した。植民地開拓民用の色褪せた高床式のユニット住宅が整然と並んでいる。ラゴンに銀河皇国が入植を開始した初期のもののようだ。

 しかし漁村の中までは入らない。村の手前の十字路を右に折れ、湾曲した入り江に沿って走る。すると道路沿いの小さな黒い岩山の向こうから、黄緑の草原と白い砂浜が見えて来た。草原の上には一機の貨物用シャトルが、無骨な長方形の機体を着陸させている。垂直尾翼に描かれた家紋は『七曜星団紋』、宇宙海賊『クーギス党』の船だ。シャトルのタラップの傍らには、十名ほどの人間が固まって立っている。ノヴァルナはバイクのハンドルをその人間達の方へ向けた。

「遅いじゃないのさ」

 ようやく合流したノヴァルナに文句を垂れたのは、『クーギス党』の女副頭領モルタナである。小麦色の肌と黒いショートカットの髪が、“海の男”ならぬ“海の女”を連想させるグラマラス美人だ。紫と黒の“見せブラ”を大胆に見せて、はだけさせた白いシャツは裾をへそ出しスタイルに前で縛り、デニムのショートパンツと、オークブラウンのハーフブーツは、“海賊”を意識した感じだ。

「すまねーな。今回は“お忍び”だからなぁ。抜け出すのに苦労したぜ」

 そう言って止めたバイクを降りるノヴァルナに、モルタナは両手を自分の腰に当てて、呆れたように返す。

「その格好のどこがお忍びなんだい」

 モルタナの指摘したノヴァルナの姿と言えば、ジャケットは愛用の真紅のカラーで背中に大きく『流星揚羽蝶』の家紋。Tシャツはピンクと黄色のチェック柄。スリムパンツは白地に黒の水玉。頭にはヒョウ柄のバンダナに、スニーカーは金のラメだった。

「あんたまさか、そのド派手な衣装を選んでて、来るのが遅れたんじゃないだろね?」

 相手が星大名の嫡男であろうと遠慮なく、ズバリと斬り込んで来るモルタナに、ノヴァルナは身じろぎして「う…」と一瞬言葉に詰まる。

「ん!…んなワケねーだろ!」

 明らかに図星を突かれた表情のノヴァルナに、冷めた目のモルタナは小さく息をつき、「どうだか」と言い捨てた。するとそのモルタナの陰から姿を現したルキナが、「わぁ、ノバくん。今日も凄いファッションセンスね」と笑顔で告げる。さらにその後ろに控えていた夫のカールセンが苦笑交じりに述べた。

「俺はまだ、おまえさんのそういう格好に、慣れられていないけどな」

 ムツルー宙域にいた時のノヴァルナは、パイロットスーツを着ていたか、カールセンから借りた地味目の衣服を着ていたのだが、オ・ワーリに戻って初めて、ノヴァルナの個性的過ぎるファッションセンスを知ったのである。

 そう言うカールセンはカジュアルなベージュのジャケット姿であり、ルキナは浅黄色のワンピースに白い帽子を身に着けていた。二人共旅行者の出で立ちだ。
 そして彼等からやや離れた所に立つのは、濃緑のスーツ姿のトゥ・シェイ=マーディンであった。いつもの軍装ではないのは、すでに『ホロウシュ』の職を解かれているからである。ただマーディン家は官僚の血筋であり、スーツ姿もまたしっくり来ていた。

 ノヴァルナがこの島にやって来たのはマーディンとエンダー夫妻が、『クーギス党』の船でこの惑星を離れるのを見送るためだった。

 マーディンを待たせておき、ノヴァルナはカールセンとルキナに向き直る。

「あんたらが行っちまうと、寂しくなるぜ」

 他人に本心を見せないノヴァルナにしては、珍しく素直な言葉であった。だがノヴァルナ自身がこの夫妻に感じている恩義を考えれば、そのような素直な言葉も至極当然と言える。彼等が厚意の手を差し伸べてくれなければ、ノヴァルナとノアは未知のムツルー宙域で、路頭に迷うところだったのだ。

 であるから、このオ・ワーリ宙域まで二人を連れて来てしまった責任もあり、ノヴァルナはカールセンとルキナに、ナグヤ家で望む地位を与え、生涯を困らないだけの充分な保証を約束したのである。

 ところが夫妻が話し合って決めたのは、ムツルー宙域へ帰るという事であった。




▶#02につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...