296 / 422
第16.5話:動く星、佇む星
#02
しおりを挟む皇国暦1555年10月に、オ・ワーリ宙域モルザン星系外縁部で生起した、ナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家、そしてイマーガラ家による戦闘は、それぞれの星大名にとって少なからず影響を残した。
中でも大きな変動があったのが、領域に侵攻を受けたウォーダ家である。
イル・ワークラン家、キオ・スー家、ナグヤ=ウォーダ家が完全に分裂状態に陥り、特にこの侵攻に乗じてナグヤ家の勢力を削ぐ事を画策し、ナグヤ家の直轄領地であるヤディル大陸に水陸両用部隊を派遣までしたキオ・スー家と、それを撃退したナグヤ家との間は完全に敵対関係となり、惑星ラゴンはいつ内乱が起きてもおかしくない状況だ。
そしてウォーダの総宗家であるイル・ワークラン家でも、サイドゥ家への迎撃戦中に、当主ヤズル・イセスの長男カダールが謹慎を破り、反ヤズル派の重臣達の支持を受けて、謀叛を起こした。
その謀叛はサイドゥ家迎撃戦に出陣していた、艦隊将兵の家族を人質にする事で成功、ヤズル・イセスに代わり、カダールがイル・ワークラン家当主の座に就くという波乱の結末を迎えたのである。
このような混乱した状況であるために、皇国暦1589年のムツルー宙域までトランスリープで飛ばされたというノヴァルナの話も、どの程度まで信用してよいか、詳しい聞き取りも、それに準じた領民への公式発表も行われず。やはりというか、日頃の行いというか、“ノヴァルナがノア姫を誘拐して身を隠していた”、“誘拐したノア姫を洗脳して無理矢理婚約させた”という、良からぬ噂ばかりが巷には流れている。
そんな中でもノヴァルナはナグヤ家の次期当主で、ナグヤ城の城主だけあって、なかなかに忙しい。一か月以上留守にしていたため、仕事が溜まりに溜まっていたのだ。
「これとこれと、それ。爺がやっといてくれ!」
執務机にこれでもかと浮かび上がる、無数の書類ホログラムにうんざりした表情で、ノヴァルナはその中の幾つかを指差し、傍らにいる後見人のセルシュ=ヒ・ラティオに言い放った。だがセルシュはきっぱりとそれを拒否する。
「なりません! 若ご自身でお目を通して、ご決裁して頂かねば」
「いーじゃねーか。指差したの、大した内容じゃねーし」
「なりません!」
ふてくされた表情でホログラムに指先で触れ、城主の指紋認証を書類ホログラムの一つに与えるノヴァルナ。
「なぁ、爺」
「なんでございましょう?」
「このホログラム。ずらして十枚重ねて、十本の指でまとめて承認印を与えても…」
「なりません!」
「ちぇえ。なんだ爺は、さっきから“なりません”ばっか。いっそ名前も“なりま・せんぞう”になったらどうだ?」
「お断りします」
「いや。だからそこは、“なりません”て言おーぜ!」
それは馬鹿馬鹿しいやり取りであったが、ノヴァルナもセルシュも、また日常が帰って来たという実感を得る瞬間でもあった。
ただその一方で、今のノヴァルナは物足りなさも感じる。ほんの二週間前まで、いつも傍らに感じていたノアの存在が、今は無いからだ。
出逢いは最悪…未開惑星での二日間は苛立たしいだけの女…それが傍にいるのが当たり前の女になり、惑星アデロンでオーク=オーガーに奪われた時は、胸をかきむしりたくなる程の焦燥を覚え、自分の命と引き換えにしても取り返したいと感じた………
そして今は―――
ノアは婚約者であってナグヤ家の人質ではない。であるから、ノアがミノネリラのサイドゥ家に帰るのも当然の成り行きである。そしてノヴァルナの父ヒディラスも、ノアの父ドゥ・ザンも表立っては、戦場のど真ん中でぶちかました二人の結婚宣言に、反対はしていなかった。ノアと連絡を取り合うのも止められてはいない。
だが今のノヴァルナには内心、ノアをオーク=オーガーにさらわれた時と似た焦燥感がくすぶっていた。両家ともその結婚宣言を危機的状況の回避のための、方便と考えているのは察するところだからだ。
書類ホログラムに承認印を与えるために伸ばした自分の指に目をとめ、ノヴァルナはあの時ノアに言った言葉を思い出した。手の平を返し指を軽く握る。
“おまえはもう、二度と俺の手を離すんじゃねぇ!!”
ノアがあの時、手を離した理由はノヴァルナを助けるためだ…それはノヴァルナ自身も分かっている。
“それでも俺のために手を離すってんなら、俺はその手をもう一度握ってやるさ…”
自分の手を見ながら胸の内でそう呟いたノヴァルナに、セルシュが声を掛ける。
「いかがなされましたか?」
ノヴァルナが「いんや、別に」と言葉を濁した直後、インターホンが電子音声で来訪者を告げる。
「トゥ・シェイ=マーディン殿が見えられました」
「おう、待ってたぜ。入れ」
ノヴァルナがそう応じると、執務室の扉が開き、長身の美丈夫が入って来た。ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』筆頭の、トゥ・シェイ=マーディンである。
「殿下」
マーディンはノヴァルナの前に進み出ると、軽くはあるが恭しさを感じさせる会釈をした。ノヴァルナは机の上に大量に浮かべていた書類ホログラムを、腕をひと振りして消し去ると、セルシュに目配せする。セルシュはきちんと頭を下げ、執務室から立ち去った。
マーディンと二人になると、ノヴァルナは座ったままで「うーん」と背伸びをし、椅子の背もたれにだらりと上体を預ける。
「ちょうど書類の山にうんざりしてたとこだ。いいタイミングだぜ、マーディン」
相も変らぬ主君の態度に、マーディンは苦笑いを浮かべた。二週間前、フルンタール城を襲撃して来た、ダイ・ゼン=サーガイ率いるキオ・スー家の水陸両用部隊を撃退した直後に、ノヴァルナの生還を知り、その場で『ホロウシュ』全員が安堵のあまり、腰砕けに崩れた光景を思い出す。
「殿下が真面目に書類のご決裁とは、珍しいですな」
マーディンが感心して見せると、ノヴァルナは大袈裟に肩をすくめて言い放った。
「爺の奴、近頃ノアの名前を使うようになりやがってよぉ。“少しは真面目にして下さらないと、ノア姫様が恥をおかきになりまするぞ!”だとか、“そのような若を好かれた、ノア姫様がお可哀想と思われませぬか!”だとか、きたねーと思わねぇか?」
と、セルシュの堅物な口調を真似て不平を並べるノヴァルナに、マーディンの苦笑は大きくなる。ただそんな不平は並べても、誰かの名前を持ち出されて言う事を聞いているのは、以前のノヴァルナにはなかった変化だと気付いて驚いた。
いや、“変化”ではない…自分達『ホロウシュ』が知る、傍若無人を装う我等が主君の本質が、ノア姫の前では無防備になるのだろう。
ほとんどの人間が我等が主君お得意の、その場しのぎの悪ふざけの類いだと思ったノア姫との結婚宣言だが、たぶんこの二人にとっては大真面目な気持ちだったに違いない。
「まぁ、そいつは置いといて…だ」
ノヴァルナはそう言い捨てて、話を本題に移らせた。
「辞表は受け取った…望み通り、おまえはクビだ」
その言葉にマーディンは深く頭を下げた。
マーディンが辞表を出した理由は、ノヴァルナの三人のクローン猶子の保護を名目に、フルンタール城を占拠しようと目論んだ、キオ・スー家のダイ・ゼン=サーガイの部隊に対し、独断で『ホロウシュ』を指揮して出陣、これと交戦した事に対する責任であった。
キオ・スー家はイル・ワークラン家と並ぶウォーダ一族宗家の一つで、ナグヤ家の上位にあり、形骸化しているとは言え、ナグヤ家に対する指揮権を有している。つまり形の上では、ダイ・ゼンの部隊がフルンタール城を“警護”するのは正当な行動で、マーディンが指揮した『ホロウシュ』の妨害は、反逆行為にあたる。
「本来なら辞表どころか、軍法会議ものだがな。キオ・スーが事実上の敵になった以上、そいつはどうでもいい。だが軍には規律ってもんがある。そっちの方で、おまえはクビになるってわけだ」
「承知しております」
マーディンが硬い面持ちで応じると、ノヴァルナはそこでガラリと態度を変え、またいつもの砕けた調子に戻る。
「…とまぁ。コイツは建前だ」
「はあ?」
「おまえみてぇな有能なイケメンが、よその国にでも雇われちゃあ、大損失だからな」
「それはご心配に及びません。ナグヤを出る事になっても、私が忠誠を誓うお方はノヴァルナ殿下ただお一人にございます」
「おう、なら話が早い」
「?」
階段を一段飛ばしに駆け上がるような主君の物言いに、マーディンは話が飲み込めずに首を傾げた。するとノヴァルナはようやく意味の分かる言葉を告げる。
「おまえには、身分を隠して皇都に行ってもらう」
「!」
「モルタナねーさんには頼んである。『クーギス党』の船でヤヴァルト宙域まで送ってもらえ…向こうでカーズマルス=タ・キーガーと接触し、例の件の情報を集めろ」
「殿下が仰せになった、トランスリープに関わる謎の組織…ですね?」
「そういうこった!」
満足げに言ったノヴァルナは、不意に悪だくみをする人相に変わる。
「さぁて。んじゃ、俺もズラかるとするか」
「どこへ行かれるので?」
「爺がいなくなったこの隙に城を抜け出て、コイツを届けに行くのさぁ」
そう言ってノヴァルナが見せたのは、以前クローン猶子達に約束した『閃国戦隊ムシャレンジャー』の映像データ…今はもう会えぬ友人の、マーシャル=ダンティスから貰ったデータパックだった………
【第17話につづく】
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる