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第16.5話:動く星、佇む星
#01
しおりを挟むナグヤ=ウォーダ家及びサイドゥ家との戦闘中に人事不省に陥り、また本国からの緊急の帰還命令で、撤退せざるを得なくなったイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンは、その本拠地であるスルガルム星系第四惑星シズハルダの、スーン・プーラス城内にある医療施設にいる。
照明を抑えめにした病室の中、タンゲンは医療用ベッドに体を起こした姿で、データホログラムの画面を前に、医師の報告に耳を傾けていた。相手の言葉に軽く何度か頷いて、重々しく口を開く。
「SCVIDで…間違いないのだな?」
何等感情を感じさせない口調で尋ねるタンゲンに、医師は「はい…」と沈痛な面持ちで答えた。
SCVID(劇変病原体性免疫不全)は、現代のヤヴァルト銀河皇国でも不治の病として恐れられている感染症で、その致死率は92パーセントに及ぶ。
星大名家や恒星間企業など、宇宙空間で長期活動する人間の間で発生率が高いが、その理由には確実なものが未だになく、感染経路も不明である。
それはこの感染症の病原体が、“シャドウ病原体”と呼ばれている通り、普段は風邪のウイルスや腸炎のウイルスをはじめとする、他の病原体に擬態しているためであった。自らの遺伝子を次々に組み替え、次々に他の病原体になりすまし、正体が判明した時は罹患者はすでに免疫機能が破壊されて手遅れになっているのだ。
「…で、どれぐらい生きられる?」
「タンゲン様はドラルギル人であらせられますので、我々ヒト種よりは…」
「単刀直入に申せ」
「一ヵ月程度かと」
「そうか…」
ヒト種であれば“シャドウ病原体”が正体を現してからは、長くても一週間程度の命であるのだが、タンゲンは東洋の龍のような頭を持つドラルギル星人であり、ヒト種よりは長く生き長らえる事が出来る。しかしそれでも一ヵ月とはあまりにも短い。
医師を下がらせたタンゲンはデータホログラムも消し、正面の何もない壁を見詰めた。床からの間接照明に照らされたその壁は、山吹色のグラデーションがほんのりと掛かっている。
“あと一歩であったものを………”
確かにあと一歩であった。二週間前のあの日、イマーガラ家の立場を盤石のものとする二つ目の三国同盟。イマーガラ家・ウォーダ家・サイドゥ家三国同盟の成立が、目前まで来ていたのだ。
“それをあの大うつけめ、よくも………”
ナグヤ=ウォーダ家のヒディラスと、サイドゥ家のドゥ・ザンを一挙に屠り、自分の息のかかった者にオ・ワーリとミノネリラの両宙域を支配させ、これと三国同盟を結ぶ。そしてすでに締結しているホゥ・ジェン家とタ・クェルダ家との、もう一つの三国同盟と合わせ、イマーガラ家はその中心として安泰を得る構想…セッサーラ=タンゲンが人生の最後の仕事として奔走していた構想だ。
だがブラックホールに飲み込まれて死んだと思っていた、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの生還が全てを台無しにした。
いや、戦場に舞い戻って来てノア姫との婚約という大放言が、イマーガラ家にとって最悪のタイミングで行われたのは事実だが、それでも数的優位を考えれば、ナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家が共同戦線を張ったところで勝利出来たはずだった。タンゲンが倒れても配下の艦隊司令官には、個々の判断でそれをやり遂げるだけの能力があったからだ。
問題は本国からの緊急の帰還命令である。
ヤヴァルト銀河皇国の国政を宰相ハル・モートン=ホルソミカが壟断していると主張、その辞任を求めるアーワーガ宙域星大名、ナーグ・ヨッグ=ミョルジの強硬策による皇都宙域への武力侵攻は、以前から懸念されていた事態ではあるが、それが現実のものになるには、ミョルジ家が軍備拡張を終えるおよそ半年後から先であろうというのが、タンゲンを含む皇都宙域周辺諸国の執政者の大方の予想であった。
それが予想に反し、ミョルジ家の電撃作戦による皇都宙域侵攻が発生したため、本国に帰還しなければならなくなったのだ。
イマーガラ家は名門皇国貴族であり、先の皇国星帥皇継承を巡る大規模内戦オーニン・ノーラ戦役では、イマーガラ家が支配するスルガルム宙域は、戦場となった皇都ヤヴァルト星系から難を逃れた貴族達の疎開先となった。その関係上、ミョルジ家と開戦した皇国貴族連合が、潤沢な経済力と大きな軍事力、そして高い政治力を有するイマーガラ家に、支援を要請して来るのは当然だった。
老練なタンゲンであるからそのような道理は百も承知で、勝利を目前にしながらの主君ギィゲルトからの緊急の帰還命令も、諦めがつく。
だがそのタンゲンをしてなお腹立たしいのは、調査の結果、ミョルジ家の電撃侵攻に、どうやらノヴァルナ・ダン=ウォーダが間接的に関係しているらしい事だ。
ミョルジ家の電撃侵攻とノヴァルナ・ダン=ウォーダ…一見すると、まるで繋がりがないように思えるのだが、情報部が再調査したところ、ミョルジ家に早期の武力侵攻を決断させたのが、今からおよそ二ヵ月前に起きた、ノヴァルナとイル・ワークラン=ウォーダ家及びロッガ家との衝突によって発覚した、ロッガ家の特殊鉱物『アクアダイト』の不正産出だという。
『アクアダイト』は特殊な環境下の海洋惑星のみで産出され、対消滅反応炉から重力子を抽出する際、重力子ジェネレーター内を覆う事で、重力子の抽出量を大幅に上げる事が出来る、現代のヤヴァルト銀河皇国でも最重要戦略物質の一つであった。
この『アクアダイト』を巡り、イーセ宙域星大名キルバルター家は、領内のシズマ恒星群で暮らす水棲ラペジラル人を捕らえ、イル・ワークラン=ウォーダ家の中継貿易で秘密裡にロッガ家に送っていた。ロッガ家はその水棲ラペジラル人を領内の『アクアダイト』を産出する惑星で、採掘の強制労働に従事させていたのである。
そしてそれで産出した『アクアダイト』は、公表されない裏資材としてヤヴァルトの皇国貴族連合に送られ、対ミョルジ家戦用の艦艇やBSIユニットの建造に使用されていたのだった。キルバルター家もロッガ家も、反ミョルジ家の貴族連合の一員である事は言うまでもない。
だがこの秘密の人身売買を知り、水棲ラペジラル人と同郷の宇宙海賊『クーギス党』と手を組んで、妨害したのが他ならぬノヴァルナ・ダン=ウォーダだ。
その戦いはNNLのニヤニヤ動画の生中継で衆知の事態となった。表向きはノヴァルナとイル・ワークラン=ウォーダ家のカダールの海賊退治だが、少し軍事に詳しい者であれば、海賊と呼称されていたものがロッガ家の艦隊である事は一目瞭然で、これを見たミョルジ家は一連の経緯を調査、銀河皇国が交渉を引き延ばしながら、裏で軍備増強を行っていた事を知り、今回の電撃侵攻に踏み切ったのだ。
しかしどうであろう、この因果。ノヴァルナ・ダン=ウォーダが行った私闘とも言えるロッガ家との戦闘が、回り回ってあの瞬間、セッサーラ=タンゲンが今まさに掴もうとしていた勝利の果実を、その手の寸前で奪い取ったのである。
“なんとも忌々しきは、大うつけとナグヤ=ウォーダ家…このままでは済まさん”
拳を握り締めたタンゲンは、NNLの通信ホログラムを立ち上げた。
タンゲンが呼び出したのは、自分の後継者にと考えている三十代半ばの女性武将、第3艦隊司令官のシェイヤ=サヒナンと、古参の武将、白髪頭の第5艦隊司令官モルトス=オガヴェイだった。二枚のホログラムスクリーンにそれぞれの武将の顔が映り、「お呼びでしょうか?」と声を揃える。
「うむ。人質交換の件、どうか?」
タンゲンが尋ねたのはアージョン宇宙城の戦いで生け捕りにした、ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラスのクローン猶子ルヴィーロ・オスミ=ウォーダと、そのウォーダ家に人質となって暮らしているミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の嫡男、イェルサス=トクルガルとの交換交渉だった。
トクルガル家は前当主ヘルダータがイーゴン教団の教徒に暗殺され、現在、当主の座が空位となっている。トクルガル家の後ろ盾であるイマーガラ家のアージョン宇宙城への攻撃は元々、城主ルヴィーロを捕らえ、ナグヤ=ウォーダ家にいるイェルサス=トクルガルとの交換で、トクルガル家に新たな当主を与えるためのものなのだ。
「はい。早ければ来週にでも本交渉に…」
オガヴェイがそう言いかけると、タンゲンは「遅い」と告げて遮った。
「来週には交換が行えるぐらいにせよ」と続けるタンゲン。
それを聞いてシェイヤは「来週には交換ですか?」と尋ね直す。だが無言で頷くタンゲンの様子に、シェイヤとオガヴェイはハッ!と息を呑んだ表情をした。タンゲンの死期が近い事を感じ取ったからである。タンゲンの病がSCVIDなのではないかという噂は、すでにイマーガラ家の各将兵の間に広まっていたのだ。オガヴェイは「御意」と応じ、深く頭を下げた。そこにタンゲンの言い聞かせるような声が響く。
「人質交換が為った際は…両名とも分かっておるであろうな?」
「は…仰せになられた手筈通りに」とシェイヤ。
「うむ…頼んだぞ。では下がれ」
「ははッ」
二人の家臣との通信を終えたタンゲンは、発熱を覚え、苦し気に小さく呻いた。意識こそ取り戻しはしたが体調は不安定で、今の通信も早めに切り上げた形だ。
すると病室の扉が開き、一人の若者が顔を覗かせた。
「タンゲン」
親しげにイマーガラ家宰相の名を呼ぶ若者は、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの嫡男、ザネル・ギョヴ=イマーガラであった。うつむいたままで歯を食いしばったタンゲンは、自らの苦悶の表情を飲み下し、にこやかに顔を上げる。
「おお、これはザネル様。どうぞお入りください」
タンゲンの柔和な表情を見て、ザネルも心配そうにしていた顔を和らげ、病室に入って来た。SCVIDは病原体による感染症だが、人体間の感染は症例がなく、体内に侵入したシャドウ病原体は感染力を失うという研究結果が出ているため、別段隔離措置は取られていない。
ベッドの上のタンゲンに歩み寄ったザネルは、元気そうに見えるタンゲンに安心した様子で語りかけた。無論、この純粋培養の素朴な若者に、タンゲンが隠した体の不調を見抜く目などは持ち合わせがない。
「良かったぁ。側近達がなかなか会わせてくれなくて、心配してたんだよ」
「それは誠に申し訳ございません」
「うぅん。気にしなくていいよ。思ったより元気そうで安心した」
屈託のない笑顔を向けて来るザネルに、タンゲンは目尻を下げ、心底申し訳なさそうに詫びる。ただその口が告げる言葉は事実とは異なっていた。
「遠征が思ったより長引きまして、疲労が溜まっただけにございますれば、しばらくの静養で回復するとの事。若君にご心配をお掛け致しましたるは何卒ご寛恕下さりますよう、お願い申し上げます」
そう言って深々と頭を下げようとするタンゲンを、ザネルは動揺気味に「あああ、だからいいって、いいってば~」と引き留める。そして着衣の懐から、透明で細い六角柱をしたメモリースティックを取り出して、タンゲンに手渡した。
「タンゲン、これ見てよ」
「これは…なんでございますか?」
「タンゲンの遠征中にあった、僕が出場したスコークの試合の動画データ。遠征に出る前に教えてあげたあの試合だよ。僕、二本もシュートを決めたんだ」
「おお。それは凄いですな」
タンゲンにはスコークという足を使って行う球技がどのようなものなのかは、詳しくは分からなかったが、ザネルの誇らしげな表情から察して感心してみせた。するとザネルは全く毒気のない表情で嬉しそうに応じる。
「でしょ? だからこれで僕の活躍を見て、タンゲンにも早く元気になってもらおうと、持ってきたんだよ」
それを聞いてタンゲン、メモリースティックを恭しく押し頂いて声を詰まらせ、「あ…ありがたく頂戴いたしまする」と頭を下げる。そして胸の内では余命幾何もないこの命、残り全部をイマーガラ家のために燃やし尽くさんと、心に誓っていた………
▶#02につづく
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