銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第16話:回天の大宣言

#17

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 イマーガラ家第2艦隊を直率し、その指揮下にブルート=セナの第8艦隊、ムスネイル=クーノの第9艦隊を置いて、オ・ワーリ宙域に侵攻したセッサーラ=タンゲンは勝利を目前にしていた。

 ヒディラス・ダン=ウォーダとドゥ・ザン=サイドゥの本陣部隊は、モルザン星系防衛艦隊やそれと戦闘中であった本陣巡航艦部隊、さらにサイドゥ家のジューゲン=ティカナやナグヤ家のウォルフベルド=ウォーダ、デュセル=カーティスの艦隊共々、第八惑星を後背にして包囲されつつある。

 夜の部分をこちらに見せたモルザン星系八番目の巨大なガス惑星は、その黒く塗られた夜の部分に、幾つもの稲光を輝かせていた。そしてその数倍もの輝きを放ち、いずれかの宇宙艦が爆発を起こす。

 タンゲンは直率第2艦隊とセナの第8艦隊で擂り鉢状の包囲陣を敷き、クーノの第9艦隊で少し離れた位置にいたヴァルツ=ウォーダとコーティ=フーマの両艦隊を、本陣の救援に近寄らせずにいた。
 ヒディラスの艦隊もドゥ・ザンの艦隊も隊列が交錯したままで包囲を受け、すでに戦力は半減している状態だ。両軍とも交戦しながら、なおかつタンゲン艦隊にも応戦するという非効率な現状を打開出来ないでいるため、タンゲン艦隊からすれば一艦ずつ潰していけばいい。

「両家の旗艦はどうか?」

 タンゲンは艦隊参謀に問い掛けた。

「は。ヒディラス殿の『ゴウライ』、ドゥ・ザン殿の『ガイライレイ』共に、周囲を防御力の高い戦艦が固めており、いまだ大きな損害は…」

「よし。ならばBSI部隊を敵の奥まで突入させ、両旗艦周囲の戦艦に集中攻撃を加えて引き剥がさせろ。さらに一部でも防御陣に穴が開けば、そこから旗艦へ仕掛けて、いぶり出すのだ」

 タンゲンが冷徹な目で告げると、別の参謀が尋ねる。

「密集した敵からの迎撃砲火は侮れません。BSI部隊の被害が拡大する恐れがありますが、よろしいですか?」

 参謀の意見に対して、タンゲンは微かな笑みを浮かべて応じた。

「それは敵の陣形が有機的に連携した密集状態である場合である。今の奴等はもはや烏合の衆に同じ。機能しているのは旗艦周囲の戦艦部隊だけだ。BSIの数で押し込めよ」

 タンゲンの言葉に参謀は「御意」と応えて命令を伝達する。無論、部下達に危険な命令を出したタンゲン自身も、安全な後方に留まるつもりはない。

「旗艦を前進させよ」

「イマーガラのBSI部隊が突っ込んで来ます!」

 ナグヤとサイドゥの艦が入り乱れる宇宙空間を易々と掻い潜り、イマーガラ家BSIの『トリュウ』が大挙して、ヒディラスの座乗する旗艦『ゴウライ』に向かって来る。タンゲンの予想通り、『ゴウライ』を囲んで防衛する8隻の戦艦以外に、まともに迎撃しようとする艦はいない。

「迎撃防御! 敵を旗艦に近づけるな!」

「艦の間をもっと詰めろ!」

 各戦艦の艦長が叫び、迎撃誘導弾が立て続けに撃ち放たれ、連装ポジトロンキャノン砲塔の自動追尾用サーボモーターが唸りを上げる。

「さらにイマーガラ艦隊本陣、戦艦部隊が接近。探知方位ゼロ、ゼロ。真正面です!」

 ヒディラスの『ゴウライ』でオペレーターが報告する。それを聞いたヒディラスは声を嗄らして命じた。

「全戦艦、敵本陣に向け主砲射撃!」

 だが総参謀の筆頭家老シウテ・サッド=リンが、それを止める。

「駄目です、ヒディラス様!」

「なぜだ!!??」

「主砲射線上にはサイドゥ家はともかく、我が方の艦も多数おります!」

「うぬぅ!!」

 このような状況はドゥ・ザンも同じであった。“マムシのドゥ・ザン”としては味方の艦ごと、ナグヤの艦もイマーガラの艦も吹き飛ばしたいところだが、それをしたところで味方の動揺ばかりが大きくなるだけで、勝ち目がないのは同じだ。

“このわしとした事が…ぬかったわ!”

 ドゥ・ザンは参謀やオペレーターの切迫した声が飛び交う中で苦笑を浮かべた。直接国境を接する事がないイマーガラ家の存在は、一定以上に警戒した事はなかったのだ。それがこんな形で初めて戦端を開き、窮地に追いやられるとは思いもしなかった。自分からはイマーガラ家は見えていなかったが、イマーガラ家のセッサーラ=タンゲンはウォーダ家だけでなく、その先にいる自分達サイドゥ家の事まで見据えていたとは…

「やれやれ…タンゲン殿。噂に違《たが》わぬ、恐ろしい御仁よの」

 声に出して呟いたドゥ・ザンは、戦術状況ホログラムに表示されている、ヒディラスの本陣へと目を向けた。

「さて。ヒディラス殿はどう出るか…これまでの因縁ゆえ今更共闘も出来ぬであろうし、せいぜいミノネリラへ撤退するための、盾代わりになってもらうとしようか」

 長年の宿敵ヒディラスの戦《いくさ》の癖を知るドゥ・ザンは、参謀に指示を出した。

「おそらく追い詰められたヒディラスは、本陣部隊のみでタンゲンの本陣へ突進するはずだ。我等はそれに乗じて敵陣の側面を食い破り、ミノネリラ宙域まで撤退する。撤退命令は出すな。従うのは本陣の動きを見て、ついて来られるものだけでよい」

「はっ…」

 撤退はついて来られるものだけでよい…という非情ともとれる命令に、参謀は声を低くして承服する。

 はたしてイマーガラ軍BSI部隊の猛攻に耐えかねたヒディラスは、ドゥ・ザンの予想通りに、自分達に向かって来るタンゲン本陣の戦艦部隊に対し、前進を開始した。付近にいて意図を理解した十数隻の巡航艦と駆逐艦も、個々の判断でそれに随伴しようとする。

 だがやはり針路上には、いまだ混乱状態の味方とサイドゥ家の艦艇もおり、それが障害となって前進を妨げていた。そこにタンゲンの本陣艦隊からの艦砲射撃が襲い掛かったのである。巡航艦や駆逐艦はたちまち粉々にされ、『ゴウライ』の前方にいた二隻の戦艦にも、多数のビーム射撃が加えられる。さらに周囲からは、艦砲射撃に巻き込まれない距離にまで下がったBSI部隊が、超電磁ライフルを撃ち込んで来る。
 ヒディラスの『ゴウライ』も二弾、三弾と敵戦艦から命中弾を喰らい、段々と動きが鈍くなった。

 そしてドゥ・ザンをして“恐ろしい御仁”と言わしめたタンゲンは、ヒディラスの前進を利用して撤退を目論むサイドゥ家に対しても抜かりがない。すでに別動隊を用意して、包囲陣の一部をわざと薄くし、そこを突破しようとしたドゥ・ザン本陣に、攻撃を集中させたのだ。さらなる窮地に追い詰められたヒディラスとドゥ・ザンに対し、旗艦『ギョウガク』に座するセッサーラ=タンゲンは、酷薄な笑みで呟いた。

「フフ…全ては織り込み済みよ」

 とどめを刺す時が…我が長年の計が、成就する時が来た―――そう感じたタンゲンが、司令官席から身を乗り出し、全部隊に突撃を命じようとする。

 だがそこに、オペレーターが新たな敵の出現を報告した。ナグヤ家次席家老セルシュ=ヒ・ラティオの第2艦隊が、右舷後方に追いついて来たのだ。こればかりはタンゲンにも予想外だった。高々度ステルス艦―――潜宙艦隊の待ち伏せで、足止め出来たものだと考えていたのだ。

 しかし更なる報告を受けて、タンゲンはこれも誤差の範囲だと納得した。出現したナグヤ家第2艦隊は大した数ではなく、戦艦5隻を主力とした総勢20隻の混成艦隊であり、潜宙艦隊の攻撃を生き延びた艦をまとめ、DFドライヴを強行したのだ。

「いかがいたしますか?」

 通信スクリーンからそう問うて来たのは、タンゲンの本陣と共に包囲陣形を組んでいる第9艦隊の司令官、ムスネイル=クーノだった。

「セルシュ殿は、我のBSI親衛隊に相手をさせる。貴公はドゥ・ザン殿の首を取れ」

 冷静に応じるタンゲンに、クーノは「かしこまりました」と告げて通信を切る。万事が万事、予定通り、予想通りに進み過ぎるのも面白みに欠けるというものだ…と内心で独り言ち、タンゲンはBSI親衛隊の出撃を命じた。



 一方のセルシュ=ヒ・ラティオは、残存艦隊に早くも突撃を命令を出している。ともかく今は、敵と本陣の間に割って入り、主君に立て直しの時間を与えるのが先決だからだ。

「合戦に備え! 両舷砲雷撃戦用意! BSI部隊発進!」

 年齢を感じさせない凛とした声で命令を下すセルシュに、オペレーターが告げる。

「敵本隊…本陣と思われる集団よりBSI部隊発進。こちらへの迎撃コースを取る模様。反応数16!」

 それに次いで、傍らに立つ参謀が意見を述べた。

「おそらく、タンゲン殿の親衛隊のBSIです」

 16機もの親衛隊仕様BSIと戦うには、自分達の打撃母艦2隻分43機―――実際にはこれまでの戦闘で定数を割っている、では心もとない。それに自分達が相手にするべきはBSI部隊ではなく敵の本陣だ。

 セルシュは眉間に皺を寄せて、ゆっくりと参謀に言った。

「我のBSHOを…『シンザン』の発進準備をしておくように」

 それを聞いた参謀は、僅かに両目を見開いて尋ねる。セルシュ=ヒ・ラティオの専用BSHO『シンザンGH』は、今回の指揮官がセルシュだという事で旗艦『ヒテン』に搭載はされたが、三十年近く昔の機体で、しかも相当年数実戦には出ていなかった。

「次席家老様、御自ら出られるおつもりですか?」

 するとセルシュは、痛痒いような表情を向けて応える。

「なに、些か錆つきはしておるが、まだ数の内ぐらいには入るであろうて。それにタンゲン殿を驚かせて、腰を抜かせる事が出来るやもしれんぞ」

 それは生真面目なこの老臣には珍しい冗談だった。




▶#18につづく
 
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