銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第16話:回天の大宣言

#13

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 あからさまなノヴァルナと、初々しいノアのやり取りにあてられたルキナに、「あたし達もイチャイチャする?」と言われたカールセンが、苦笑と共に頭を掻いたのと同じ頃、セッサーラ=タンゲンが残した高々度ステルス艦部隊―――潜宙艦8隻の襲撃を受けた、セルシュ=ヒ・ラティオのナグヤ第2艦隊は、ようやく危機を脱していた。

 ステルスモードでの包囲待ち伏せ攻撃、いわゆる“群狼戦術”で多数の宇宙魚雷を受けたナグヤ第2艦隊は、戦艦2、重巡2、駆逐艦8、打撃母艦2が撃破され、その半数が完全破壊という大損害を受けている。
 それまでにも、オ・ワーリ宙域深くまで侵攻したタンゲン艦隊を急追したため、何隻かの脱落艦を出しており、第2艦隊の現戦力は戦艦5、重巡8、軽巡6、駆逐艦4、打撃母艦2しかない。

 幸いにもここまでほとんど無傷の旗艦『ヒテン』では、報告される艦隊の状況を、司令官代理のセルシュが沈痛な面持ちで聞いていた。艦橋の右舷側の窓の外では、宇宙魚雷を喰らって外殻が弾けたように裂けた戦艦が、よろめくように並走していたが、ほどなくして機関が停止したらしく。慣性であらぬ方向へ漂い始める。

「…で、敵の潜宙艦は何隻撃破した?」とセルシュ。

「確実なのは1隻のみです。あと2隻に損害は与えた可能性がありますが…」

 応じる参謀の声も沈みがちだ。「酷いものだな…」と呻くように呟いたセルシュは、気を取り直して言葉を続ける。

「宇宙魚雷を撃ち尽くした以上、もはや襲撃はあるまい。ナルミラ星系独立管領のヤーベングルツ殿に、掃討部隊の要請をしておけ。潜宙艦隊のミ・ガーワへ帰還途中を叩かせるのだ。我等はこれよりタンゲン艦隊を追って、モルザン星系へ向かう。すぐさま統制DFドライヴの準備にかかれ!」

 思わぬ足止めを喰らった上に、艦隊に少なからず損害を受けたセルシュだったが、諦めるわけには行かなかった。ナグヤ=ウォーダ家に忠節を尽くし、人生を捧げて来た身には主君の命も、主家の存亡も、そして自らが後見人を務める嫡男ノヴァルナの生存も、到底諦めきれるものではない。

 やがて十数分後、脱落艦をその場に残し、セルシュ=ヒ・ラティオ率いるナグヤ第2艦隊の残存部隊は、統制重力子投射で発生させた巨大ワームホールの中へ、次々と飛び込んで行った。目指すはタンゲン艦隊の乱入が予想され、風雲急を告げるモルザン星系外縁部である。


 
 モルザン星系外縁部に出現した、セッサーラ=タンゲンの三個艦隊を一番最初に発見したのは、ヒディラス・ダン=ウォーダ指揮下のナグヤ=ウォーダ艦隊でも、ドゥ・ザン=サイドゥ指揮下のサイドゥ艦隊でもなく、意外にも両軍の交戦を中継し続けていたNNLニュースサイトのアントニア星人リポーター、プリム=プリンが乗る報道用恒星間シャトルであった。

 プリム=プリンは安全を考慮し、戦場からかなり離れた位置にシャトルを置いて、交戦状況を超望遠映像で捉えながら実況していたのだったが、その肩を背後に立つヒト種のADが指先で、二度三度と軽く叩いたのだ。

「…によって、詳細な状況は分かりませんが、第八惑星付近で何か新たな―――」

 と実況中だったプリム=プリンはしつこく肩を叩いて来るADに、ヘッドセットのマイクを指で包んで声を拾わないようにし、振り返って煩わしそうに告げた。頭の金髪から生える、蟻のそれと似たアントニア星人の黒い触角が、互い違いに上下に動いて、不快感を表す。

「もう、何ですか!? いま大事なとこなのに!」

 するとそのADは、シャトルのキャビンの反対側の窓を指差して、ぼんやりとした口調で問い掛けた。

「いや、あれ。どこの艦隊だと思う?」

 その言葉につられ、プリム=プリンはハンディカメラを持ったカメラマンと共に、ADが指差した窓を覗き込んだ。視界に無数の小さな光が雲霞の如く大集団を形成し、薄い群青色をしたガス雲を背後に、こちらにやって来ようとしている。

「な、なんなの?…あれ」

 目を見開くプリム=プリンだが、それに答えられる者はシャトルには乗っていない。軍用シャトルではないため、長距離センサーの反応を軍事データとリンクさせて解析する事も不可能だ。

「とりあえずカメラ回して…それと報道フロアに至急連絡して下さい。臨時ニュースで割り込ませてくれるように!」

 同系列の『ニヤニヤ動画』ではお気楽キャラを演じたりもしているが、こういった辺りはさすがにプロ意識があるらしく、正体不明の艦隊の出現に即応してゆく。

「あと、通信傍受もお願い」とプリム=プリン。

「暗号文なんか受信出来ても、意味不明なだけだぞ」

 そう答えるADにプリム=プリンは首を振って告げた。

「問題は通信の数がどれだけ増えるかです。それにあの艦隊の出現がどちらかに予想外の場合、慌てて平文で通信するかもでしょ?」

 見かけに寄らない…とは本人に失礼だが、プリム=プリンの矢継ぎ早に出した指示は的確であった。報道シャトルに続いて、サイドゥ家艦隊の一部の艦が正体不明の艦隊の出現に気付き、緊急電を平文で旗艦『ガイライレイ』に向けて発信し始めたのだ。

 それより少し前、ヒディラス率いるナグヤ艦隊は弟ヴァルツの艦隊の奮戦もあり、目論み通りにドゥ・ザンの本陣を含むサイドゥ艦隊を、星系防衛艦隊が潜むモルザン星系第八惑星ビザングの方向へ誘引していた。時系列的には、プリム=プリンが実況を中断させられる直前の状況である。

 いや、目論み通りと言うならドゥ・ザン自身も第八惑星の伏兵を、予想していなかったわけではない。それでもドゥ・ザンにすれば、ここは多少の無理はしても、ヒディラスを討ち取りたいところであった。ウォーダ家の急先鋒であるヒディラスさえ潰せば、ミノネリラの内政に専念出来るからだ。

 サイドゥ艦隊旗艦『ガイライレイ』の艦橋でオペレーターが、第八惑星ビザングの裏側から接近する、モルザンの星系防衛艦隊らしきものを告げる。それに対し、ドゥ・ザンは即座に反応した。

「本陣の巡航艦部隊を全て迎撃に回せ。戦艦部隊とBSI親衛隊で、ヒディラスの本陣を力押しする!」

 ドゥ・ザンの本陣艦隊と行動を共にしているジューゲン=ティカナの第9艦隊は、ナグヤのデュセル=カーティス、ウォルフベルド=ウォーダの両艦隊を相手取っており、とても援護させられる状況ではない。となれば戦力差を利用しての力押しが正しい選択だ。それにドゥ・ザンにはまだ切り札があった。
 接近して来た星系防衛艦隊が一斉射撃を行う。恒星間航行能力はないが、そのぶん艦のサイズは小さくとも火力は侮れない。迎撃に向かった軽巡が二隻、主砲のビームを複数本まともに喰らってエネルギーシールドごと爆砕される。主砲出力が戦艦級の艦も何隻かいるようだ。

「さすがにやる。総合火力的には、互角近くまで盛り返したか」

 ドゥ・ザンは猛禽類を思わせる鋭い目を細め、白い歯をむき出しにして攻撃的な笑みを浮かべた。艦橋中央の戦術状況ホログラムでモルザン星系防衛艦隊と、本陣巡航艦部隊の交戦開始を一瞥し、視線を前方から迫るヒディラス本隊の二列縦隊に変えて命じる。

「コース変更036マイナス28。敵護衛の宙雷戦隊はBSI親衛隊に任せ、ヒディラスの旗艦を狙うのだ」




▶#14につづく
 
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