銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
279 / 422
第16話:回天の大宣言

#06

しおりを挟む
 
「カダールの奴がクーデター…謀叛だと?」

 初めて聞く話にノヴァルナは目を見開いた。モルタナを見遣るが、そこまで事情は分からないモルタナは、片眉を吊り上げて肩をすくめるだけだ。すると今度は男性キャスターが、くちばしのついた口を開く。

「ではここで、モルザン星系のウォーダ艦隊からの超空間中継です。現地リポーターの、プリム=プリンさん。そちらの状況はいかがでしょう?」

 画面が切り替わって映し出されたのは、金髪に蟻のような触角を持つアントニア星人の女性リポーター、NNLの『ニヤニヤ動画』でも人気のプリム=プリンだった。ノヴァルナが『クーギス党』と共同戦線を張って、カダールとロッガ家の部隊を撃破した二ヵ月前の戦いでは、ノヴァルナの専用戦艦『ヒテン』に乗り込み、戦闘を生中継して大好評を博していた。
 ただ今回は、その時のような能天気なキャラクターではなく、神妙な顔つきで中継を始める。そしてそれ以上に表情が曇っているように見えるのは、彼女がNNL放送サイトのオ・ワーリ支局員であるから、ウォーダ家の敗北は自分の立場にも影響して来るためかもしれない。

「………はい。現地リポーターのプリム=プリンです。現在、ウォーダ艦隊はイル・ワークラン部隊の離脱により、ここモルザン星系外縁部で陣形の再編中です―――」

 プリム=プリンがそこまで言うと、カメラがパンして背後の窓の外に浮かぶウォーダ軍の戦艦を捉えた。だがそれ以上の遠景は見せない。戦術上の理由で撮影を禁止されているのだろう。

「陣形等の戦術的な報告は差し控えますが、ここモルザン星系はウォーダ家にとって宙域防衛上の最重要拠点の一つであり、約二十五億人の人口を擁する主要植民星系です。したがってこの地での敗北は、事実上のウォーダ家の敗北に繋がると予測されます」

 その言葉にハルピメア星人の女性キャスターが質問した。

「プリンさん。それはつまり、ここでウォーダ家が敗退した場合、サイドゥ家に対して、何らかの和平交渉を求める可能性があるという事でしょうか?」

 超空間通信で時差が起こるため、大昔の惑星上の文明の衛星中継のように間が開く。

「………そうですね。ウォーダ家の二つある首都星系を両方占領するには、サイドゥ家侵攻部隊の規模は足りません。ウォーダ家も体制の維持を考えれば―――」

 中継のあとの部分を聞き流してノヴァルナは舌打ちした。

「やれやれ―――」

 呆れた口調でそう言ったノヴァルナは、両腕を高く突き上げて言い放つ。

「何度も無茶して、死にかけて、やっとの思いで帰って来たってのによぉ! 仕事が山積みとか、ありがたくって涙が出るってもんだぜ、ったく!!」

 それはノヴァルナが、ウォーダ家とサイドゥ家の戦いに、自分から割って入る気でいる事を示していた。だがそうしなければ、ノヴァルナとノアに帰る場所がないのも確かだ。今更無事に帰って来た事をただ告げても、事態は簡単に収束するとは思えない。

「ノヴァルナ…」

 状況の深刻さに見詰めて来るノアの眼を見返し、ノヴァルナは冗談めかして応えた。

「ま。そうじゃなきゃ帰ってから、おちおちデートもしてらんねぇからな」

 そんなノヴァルナのいつもの調子の言葉を聞かされて、ノアも肩の力が抜けたのか、小さなため息をつく。

「もう、しょうがないわね」

 …あなたについて行くから、というノアの言葉を言外に感じて、モルタナは“やってられない”といった表情で告げた。

「いやはや、見せつけてくれるじゃないのさ。わかったよ、あたいらも手伝うよ」

「いいのかよ?」とノヴァルナ。

「ああ。あんたの星には、ウチの水棲ラペジラル人達も世話になってるからね。下手に負けてもらっちゃ困るんだよ」

 モルタナのその言葉を聞いて、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべる。

「ふん。じゃあ今回は貸し借りなしって事でいいな?」

「いいさ。だけど、いろいろと掛かった経費は、請求させてもらうからね」

「おう。それでこそさすがは、モルタナのねーさんだぜ!」

 すかさず言い放つモルタナに、ノヴァルナの笑みは大きくなった。今は宇宙海賊とは言え、元々は漁業で生計を立てていた中小企業の経営者の娘である。

「で?…どうするつもりだい?」とモルタナ。

「さあな。向こうに行ってみりゃ、なるようになんだろ。どれぐらいで着く?」

「その辺は相変わらずだねえ。ここからだと鈍くさい『ビッグ・マム』じゃあ二日以上はかかる。だけど、アレを使えば一日とチョイてとこだね」

 そう言ってモルタナが顎をしゃくって示したのは、後方モニターに映る旧ロッガ家の輸送艦の片方だった。

「あれは?」とノヴァルナ。

「アレは分捕ったあとで機関部をいじっててね。シズマ恒星群との間の、ヤバい密貿易用の高速輸送船に改造してあるんだよ」

 モルタナの話では、カーズマルス=タ・キーガーと彼の陸戦隊が、惑星サフローのロッガ家秘密駐屯基地から奪い取った輸送艦は三隻。その内の一隻は解体し、大半を二十年もまともなメンテナンスを行っていなかった、『ビッグ・マム』の修理に使用したのであるが、対消滅反応炉と重力子ジェネレーターは規格が違い過ぎて転用出来なかったらしい。

 そこで『クーギス党』は、残った輸送艦の一つにこれらの設備を移植し、高速輸送艦に改造したのだった。長年の海賊稼業で、違法改造はお手のもとなった『クーギス党』の高い技術力で、改造を受けた輸送艦は、当然積載量は減ったものの、並みの巡航艦以上の重力子チャージ間隔の短縮と準光速航行速度に加え、一回あたり百五十五光年の転移距離が可能となっている…はずとの事である。

「結構日にちが掛かってね。こないだようやく完成したトコさ。試験航行を兼ねて連れて来たんだが、あの船でモルザンまで送ってやるよ」

 試験航行と聞いてノヴァルナは眉をひそめた。今モルタナが説明した性能は、まだ発揮させた事がない可能性が高い。

「おいおい。試験航行とか大丈夫なのかよ。全力航行してねーんじゃねーのか?」

 怪しむノヴァルナにモルタナは人差し指を立て、左右に揺らしながらチッチッ…と舌を鳴らした。

「生まれ変わったあの船の“初めて”を、あんたに捧げようってんだ。女に恥をかかせるもんじゃないだろ? それにあたいも一緒にイッてやるってんだから、天国にいる気分になる事、請け合いさ」

 十七歳の少年に対するには些か度が過ぎる艶っぽい例えに、ノヴァルナに寄り添うノアは迷惑そうな顔をする。ただノヴァルナ自身に動じた素振りはなかった。

「それでマジに天国行きにされちゃ、かなわねーがな。オッケー。他に手はねぇ事だし、ここは一つ、ねーさんに頼らせてもらうぜ」

「ああ。任せな」

 モルタナは笑顔で大きく頷く。すると頷き返したノヴァルナは、カールセンとルキナに向き直って、少々真面目な面持ちで詫びの言葉を口にした。

「済まんカールセン、ルキナねーさん。無理やり連れて来ちまった上に、とんだゴタゴタだが…もう少し俺達に付き合ってくれるか?」

 ノヴァルナがそう言うと、カールセンとルキナは頷き合って笑顔で応じる。

「おまえさん達と出逢ってから、冒険の毎日で退屈せずに済んでるからな。事の成り行きを見届けさせてもらうさ」





▶#07につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...