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第16話:回天の大宣言
#06
しおりを挟む「カダールの奴がクーデター…謀叛だと?」
初めて聞く話にノヴァルナは目を見開いた。モルタナを見遣るが、そこまで事情は分からないモルタナは、片眉を吊り上げて肩をすくめるだけだ。すると今度は男性キャスターが、くちばしのついた口を開く。
「ではここで、モルザン星系のウォーダ艦隊からの超空間中継です。現地リポーターの、プリム=プリンさん。そちらの状況はいかがでしょう?」
画面が切り替わって映し出されたのは、金髪に蟻のような触角を持つアントニア星人の女性リポーター、NNLの『ニヤニヤ動画』でも人気のプリム=プリンだった。ノヴァルナが『クーギス党』と共同戦線を張って、カダールとロッガ家の部隊を撃破した二ヵ月前の戦いでは、ノヴァルナの専用戦艦『ヒテン』に乗り込み、戦闘を生中継して大好評を博していた。
ただ今回は、その時のような能天気なキャラクターではなく、神妙な顔つきで中継を始める。そしてそれ以上に表情が曇っているように見えるのは、彼女がNNL放送サイトのオ・ワーリ支局員であるから、ウォーダ家の敗北は自分の立場にも影響して来るためかもしれない。
「………はい。現地リポーターのプリム=プリンです。現在、ウォーダ艦隊はイル・ワークラン部隊の離脱により、ここモルザン星系外縁部で陣形の再編中です―――」
プリム=プリンがそこまで言うと、カメラがパンして背後の窓の外に浮かぶウォーダ軍の戦艦を捉えた。だがそれ以上の遠景は見せない。戦術上の理由で撮影を禁止されているのだろう。
「陣形等の戦術的な報告は差し控えますが、ここモルザン星系はウォーダ家にとって宙域防衛上の最重要拠点の一つであり、約二十五億人の人口を擁する主要植民星系です。したがってこの地での敗北は、事実上のウォーダ家の敗北に繋がると予測されます」
その言葉にハルピメア星人の女性キャスターが質問した。
「プリンさん。それはつまり、ここでウォーダ家が敗退した場合、サイドゥ家に対して、何らかの和平交渉を求める可能性があるという事でしょうか?」
超空間通信で時差が起こるため、大昔の惑星上の文明の衛星中継のように間が開く。
「………そうですね。ウォーダ家の二つある首都星系を両方占領するには、サイドゥ家侵攻部隊の規模は足りません。ウォーダ家も体制の維持を考えれば―――」
中継のあとの部分を聞き流してノヴァルナは舌打ちした。
「やれやれ―――」
呆れた口調でそう言ったノヴァルナは、両腕を高く突き上げて言い放つ。
「何度も無茶して、死にかけて、やっとの思いで帰って来たってのによぉ! 仕事が山積みとか、ありがたくって涙が出るってもんだぜ、ったく!!」
それはノヴァルナが、ウォーダ家とサイドゥ家の戦いに、自分から割って入る気でいる事を示していた。だがそうしなければ、ノヴァルナとノアに帰る場所がないのも確かだ。今更無事に帰って来た事をただ告げても、事態は簡単に収束するとは思えない。
「ノヴァルナ…」
状況の深刻さに見詰めて来るノアの眼を見返し、ノヴァルナは冗談めかして応えた。
「ま。そうじゃなきゃ帰ってから、おちおちデートもしてらんねぇからな」
そんなノヴァルナのいつもの調子の言葉を聞かされて、ノアも肩の力が抜けたのか、小さなため息をつく。
「もう、しょうがないわね」
…あなたについて行くから、というノアの言葉を言外に感じて、モルタナは“やってられない”といった表情で告げた。
「いやはや、見せつけてくれるじゃないのさ。わかったよ、あたいらも手伝うよ」
「いいのかよ?」とノヴァルナ。
「ああ。あんたの星には、ウチの水棲ラペジラル人達も世話になってるからね。下手に負けてもらっちゃ困るんだよ」
モルタナのその言葉を聞いて、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。じゃあ今回は貸し借りなしって事でいいな?」
「いいさ。だけど、いろいろと掛かった経費は、請求させてもらうからね」
「おう。それでこそさすがは、モルタナのねーさんだぜ!」
すかさず言い放つモルタナに、ノヴァルナの笑みは大きくなった。今は宇宙海賊とは言え、元々は漁業で生計を立てていた中小企業の経営者の娘である。
「で?…どうするつもりだい?」とモルタナ。
「さあな。向こうに行ってみりゃ、なるようになんだろ。どれぐらいで着く?」
「その辺は相変わらずだねえ。ここからだと鈍くさい『ビッグ・マム』じゃあ二日以上はかかる。だけど、アレを使えば一日とチョイてとこだね」
そう言ってモルタナが顎をしゃくって示したのは、後方モニターに映る旧ロッガ家の輸送艦の片方だった。
「あれは?」とノヴァルナ。
「アレは分捕ったあとで機関部をいじっててね。シズマ恒星群との間の、ヤバい密貿易用の高速輸送船に改造してあるんだよ」
モルタナの話では、カーズマルス=タ・キーガーと彼の陸戦隊が、惑星サフローのロッガ家秘密駐屯基地から奪い取った輸送艦は三隻。その内の一隻は解体し、大半を二十年もまともなメンテナンスを行っていなかった、『ビッグ・マム』の修理に使用したのであるが、対消滅反応炉と重力子ジェネレーターは規格が違い過ぎて転用出来なかったらしい。
そこで『クーギス党』は、残った輸送艦の一つにこれらの設備を移植し、高速輸送艦に改造したのだった。長年の海賊稼業で、違法改造はお手のもとなった『クーギス党』の高い技術力で、改造を受けた輸送艦は、当然積載量は減ったものの、並みの巡航艦以上の重力子チャージ間隔の短縮と準光速航行速度に加え、一回あたり百五十五光年の転移距離が可能となっている…はずとの事である。
「結構日にちが掛かってね。こないだようやく完成したトコさ。試験航行を兼ねて連れて来たんだが、あの船でモルザンまで送ってやるよ」
試験航行と聞いてノヴァルナは眉をひそめた。今モルタナが説明した性能は、まだ発揮させた事がない可能性が高い。
「おいおい。試験航行とか大丈夫なのかよ。全力航行してねーんじゃねーのか?」
怪しむノヴァルナにモルタナは人差し指を立て、左右に揺らしながらチッチッ…と舌を鳴らした。
「生まれ変わったあの船の“初めて”を、あんたに捧げようってんだ。女に恥をかかせるもんじゃないだろ? それにあたいも一緒にイッてやるってんだから、天国にいる気分になる事、請け合いさ」
十七歳の少年に対するには些か度が過ぎる艶っぽい例えに、ノヴァルナに寄り添うノアは迷惑そうな顔をする。ただノヴァルナ自身に動じた素振りはなかった。
「それでマジに天国行きにされちゃ、かなわねーがな。オッケー。他に手はねぇ事だし、ここは一つ、ねーさんに頼らせてもらうぜ」
「ああ。任せな」
モルタナは笑顔で大きく頷く。すると頷き返したノヴァルナは、カールセンとルキナに向き直って、少々真面目な面持ちで詫びの言葉を口にした。
「済まんカールセン、ルキナねーさん。無理やり連れて来ちまった上に、とんだゴタゴタだが…もう少し俺達に付き合ってくれるか?」
ノヴァルナがそう言うと、カールセンとルキナは頷き合って笑顔で応じる。
「おまえさん達と出逢ってから、冒険の毎日で退屈せずに済んでるからな。事の成り行きを見届けさせてもらうさ」
▶#07につづく
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