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第15話:風雲児の帰還
#19
しおりを挟む帰りには何も起こらなかった―――
一瞬の真っ白な閃光のあと『センクウNX』は、バーテンダーの振るシェーカーの中の氷のように激しく揺さぶられて、他の機体と離れ離れに漆黒の宇宙空間に飛び出した。
ムツルー宙域へ転移した時には、ノヴァルナだけがカミヨコトバらしき謡(うた)を唄う男の声を聞き、星の光もない暗黒の空間で白銀に輝く、奇妙な神殿のような建造物が、何処からか吊り下げられている光景を見たのだが、今度は全く、何も感じる刹那もなかったのだ。つまりムツルー宙域へ転移した時のノアと同じというわけだ。
いや、今はそんな事をノアと論じている場合ではない。我に返ったノヴァルナは、すぐに機体状況をチェックした。アッシナ軍との戦闘で受けたもの以外の、新たな損傷はどこにもない。そして機体チェックと並行して、ノヴァルナは仲間に呼び掛けた。
「ノア。カールセン、ルキナねーさん。みんな無事か?」
ノアからは「こちら『サイウン』、無事よ。機体はたぶん異常なし」と、すぐに応答がある。だがエンダー夫妻の脱出ポッドからは応答がない。トランスリープ前にルキナが口にした、“体の転移は出来ても、命があるかは半々”という言葉に、ノヴァルナは胸騒ぎを覚えた。
「カールセン、ルキナねーさん。応答してくれ!」
もう一度呼び掛けたノヴァルナは、トランスリープに備えて停止していた、通常空間用のセンサー類を立ち上げる。その間に『サイウンCN』が左後方から合流して来た。
「ノア、脱出ポッドと連絡が取れねぇ」
「落ち着いて、ノヴァルナ」
性急さが悪い方へ顔を覗かせたノヴァルナを、ノアが宥める。すると長距離センサーが起動した途端、脱出ポッドの反応が捉えられて全周囲モニターに位置が表示され、その直後にカールセン自身から通信が入った。
「こちらカールセン。済まない、転移の際にポッドのコントロールシステムが停止して、再起動に時間が掛かった。ルキナも無事だ」
カールセンの言葉に続いて、ルキナがいつもと変わらぬ朗らかな声で「ごめんねー。ノバくん、ノアちゃん」と通信に出ると、ノヴァルナは肩を揺らすほど大きく、安堵の息をついた。全周囲モニターの画面で確認すると、脱出ポッドは『センクウNX』の右上前方約2千メートル先に浮かんでいる。
「行くぞ」
ノヴァルナが促すと、ノアは「了解」と応じてあとに続いた。
すぐに脱出ポッドと合流したノヴァルナとノアは、休む間もなく、現在位置の把握を始める。四人の無事が確認出来たからには、自分達がどこにトランスリープしたのか、今が皇国暦何年であるのかの調査が重要なのは、言うまでもない。
ノヴァルナは意識下でNNLを外部接続―――銀河皇国のネットワークに接続しようとしたが、どこにも接続出来なかった。周辺に公設NNLポートを有する、銀河皇国の植民星系が存在していないのだ。状況はムツルー宙域に飛ばされた時と同じである。
ただあの時はいきなり、未開惑星パグナック・ムシュの成層圏近くに転移したために、不時着態勢に入る必要があったが、今回はそのような緊急事態ではないようだ。そこでノヴァルナは座席の前にホログラムキーボードを浮かべると、緊急時対応プログラムの幾つかを立ち上げ始めた。
するとそれより早く、ノアが何かに気付いて通信を入れて来る。
「ノヴァルナ。八時/十一時の方向!」
言われるままにノヴァルナは、全周囲モニターの左後ろ上方を振り返った。NNLでサイバーリンクしている『センクウNX』も、同じように行動する。その視界に入って来たのは、彼方に小さく浮かぶ白とオレンジと紫のガス星雲。ムツルー宙域でトランスリープを行うためにブラックホールに飛び込んだ、『ズリーザラ球状星団』のガス星雲ではない。ただそれはノヴァルナとノアにとって、見覚えのあるガス星雲だった。
「あれは…『ナグァルラワン暗黒星団域』か!」
ノヴァルナはセンサーアイの捉えた画像を、メインコンピューターの解析にかけた。結果はすぐに出る。やはりノヴァルナとノアが出逢った地、『ナグァルラワン暗黒星団域』に間違いない。距離的には数光年は離れているようだ。あとは今が皇国暦何年かだ。
そしてそれも不意に判明する時が来た。ノヴァルナはノアに告げる。
「長距離センサーに反応。前方の暗黒星団域の方から、何か来るぞ」
全周囲モニターの真ん中やや下方に輝点が表示され、同時に“未確認飛行物体”の文字が表示される。真っ直ぐこちらに向かって来るようだ。ノヴァルナは腰のQブレードを起動させた。
「あれがうちの…サイドゥ家の船だったら、私が絶対あなたを守るから」
そう告げて『サイウンCN』を並ばせるノアに、ノヴァルナは不敵な笑みで応えた。
「そいつは頼もしい話だ」
【第16話につづく】
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