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第15話:風雲児の帰還
#15
しおりを挟むやがて艦長役であったアンドロイドがやって来て、カールセンに報告した。
「対消滅反応炉の暴走自爆の設定を完了致しました。これより艦を、ブラックホールの事象の地平に向けて自動航行させます。到着まで32分と18秒です」
頷いたカールセンはアンドロイドに告げる。
「ご苦労。ではアンドロイドは全員、脱出ポッドで艦を離れる事。急げ」
「了解致しました」
工作艦『デラルガート』を運用しているアンドロイド達を、全員脱出させようと言い出したのはルキナであった。理由は明解、「艦と一緒に自爆させるのは可哀想」だからだ。
ルキナの主張はともかく、『デラルガート』はマーシャル=ダンティスから供与されたものであるが、アンドロイド達は他の艦を運用するためにも、今後のマーシャルには必要なはずで、返還についてはノヴァルナやカールセンも異存はなかった。
ただ軍が運用するアンドロイドはその使用法から、人間側が思い入れを大きくして自身の生命を危険に晒すのを避けるため、あえて機械的な声とセンサーアイしか装備されていない頭部をしているのだが、それでも「可哀想」と言えてしまう辺りが、ルキナらしさと言える。
カールセンの命令でアンドロイド達が一斉に艦橋を立ち去ると、ノヴァルナ達の周囲はいよいよ静かになった。艦はすでにブラックホールの事象の地平に向け、自動航行を開始しており、全ては今の条件で最適なタイミングで、対消滅反応炉の暴走自爆を伴う超空間転移―――トランスリープ航法を行うようにプログラミングが完了している。
「じゃあ、私はルキナさんと一緒に、シャトルの最終チェックに行くから」
そう言って科学士官席を立ったのはノアだった。『デラルガート』は艦の後部に、連絡用の恒星間シャトルを1隻搭載しており、『デラルガート』がブラックホールに突入する前に、カールセンとルキナをそのシャトルで離脱させる計画である。
「おう。アンドロイドのやった事だから忘れてねぇだろうが、食料の積み込みが出来てるかの確認もな」
「ええ、もちろん」
「ルキナねーさん、10分前にはカールセンを行かせるから」
「うん」
ノアとルキナに声をかけたノヴァルナは、モニターの一つを、恒星間シャトル格納庫に切り替えた。ここから最短の植民星系はナヴァロン星系だが、エンダー夫妻にはそれより遠方の植民星系を目指すだけの食料が必要だった。
カールセンとルキナが望んだのは、至近のナヴァロン星系や住居のある惑星アデロンのあるクェブエル星系ではなく、その遥か先にある最果ての宙域、エゾンに新天地を求めるというものだった。そこは星大名カークゼーグ家の支配の元、大きな戦乱も起きる事無く植民星系の開拓を進めているらしい。
ノアとルキナがシャトルの格納庫に向かい、数分もすると、『デラルガート』の艦橋に僅かな震動が連続して伝わり始めた。アンドロイド達が脱出ポッドで艦を離れだしたのだ。ノヴァルナは戦術状況ホログラムに目を遣る。残り時間は25分あまり。すでに恒星間ネゲントロピーコイルを作り上げている六つの恒星系の惑星は、公転位置が限界を超えてコイルを解消しつつある。シミュレーションでは残り時間を過ぎると、1分あたり2パーセントずつ成功率が下がっていくという結果が出ていた。
“帰ったら調べなきゃなんねぇ事が、山ほど出来たぜ…”
ノヴァルナは艦橋の窓から見えるブラックホールを見詰めて、胸の内で呟く。秘密裡に建造されたと思われるこの『恒星間ネゲントロピーコイル』をはじめ、一般の銀河皇国民だけでなく星大名ですら知らない、“何か”が全銀河レベルで行われている気がする。
それはたとえ星大名の一族であっても、今の自分には手に負えないほどの規模かもしれない。だがそれでもそのような不穏な動きがある事を知ってしまった以上、探り求めねば気が済まない。なぜならトランスリープ航法を扱う技術が自分の元居た世界にあるなら、その技術を持つ者の元、戦国乱世は収束に向かっていていいはずだからだ。それが34年後のこの世界でも戦国が続いている事は、それ自体に、何らかの理由か目的があるに違いない。なぜなのか…ノヴァルナはそれが知りたかった。
ただそこでノヴァルナは不意に、まったく別の事を頭に思い浮かべてしまう。いやある意味それは、ノアという恋人が出来た今のノヴァルナ個人にとっては、より重要な案件である。
「そういやカールセン。この世界の俺は結婚してんのか?」
「おいおい。そういう事を知るのは御法度じゃないのか?」
「いいさ。ノアの話だとここはもう、俺がこれから生きる未来とは別の未来に、枝分かれしてるらしいし」
「ま、構わないなら…確か、この世界のおまえさんは政略結婚せずに、フォク―――」
そこまでカールセンが言いかけた時、艦がズシンと揺れた。
艦の揺れ自体はそれほど大きなものではなかった。しかし艦橋の機関制御エリアで、モニターの全てが赤い色に染まり、警報が鳴り始める。続いて航宙制御エリアでも同様の事が起き始めた。現在の『デラルガート』は自動航行と対消滅反応炉の自動暴走自爆プログラム制御下にあり、そのいずれかに異常が起きたのだ。
「なんだ!?」
ノヴァルナは機関制御エリアへ、カールセンは航法制御エリアへ駆け寄って、各々がコンソールへと手を伸ばした。素早くキーを操作して、異常個所を特定しようとする。
「予備航法室でトラブルだ。艦のコースが変わっている! 突入角度が深すぎる!」
とカールセン。予備航法室とは艦の後方にある、いわば予備艦橋で、通常の艦橋が戦闘で破壊されるなどして機能を喪失した場合、航行に関する臨時制御を行う設備で、軍艦やそれに準ずる船には標準的に設置されている。そこで何らかの事故が起きたらしい。するとそれに応じるようにノヴァルナも報告した。
「こっちも予定値より機関出力が上がっているぜ! このままじゃマズい!」
「直せそうか?」
「ああ。だが今から元の針路に戻して出力を下げても、一度狂った分、成功率は大きく下がるはずだ。むしろ今のコースと出力で、再計算した方がいい」
艦は準光速で航行しており、ほんの数分のコース変更でも大きなズレが生じる。最適な数値でトランスリープ航法を行うための速度と角度で、ブラックホール突入に向けて自動航行していたのであり、速度とコースを元に戻したところで、それにかかる時間でさらに成功率は低下してしまうだけだ。ノヴァルナの言葉にカールセンは頷いて応じた。
「わかった。すぐ再計算に入る。だが何が起きたんだ? ブラックホールに引き寄せられた何かがぶつかったのか…」
「さあな」
短く応えたノヴァルナは、クロノメーターを見る。残り時間の表示は18分ほど、だがこれは自動航行を順調に行った結果の数値で、もはやあてにならない。それより先にするべきはシャトルにいるノアとルキナに、状況の急変を知らせる事であった。ノヴァルナはインターコムのスイッチを入れシャトルを呼び出す。
「シャトル応答しろ。ノア、ルキナねーさん!」
だがスピーカーから聞こえて来たのは、野太くしわがれた男の下品な笑い声だ。
「ゲヘヘヘヘ…」
聞き覚えのあるそれは、オーク=オーガーの笑い声だった………
▶#16につづく
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