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第15話:風雲児の帰還
#14
しおりを挟むクィンガ機の爆発を機に、ダンティス軍のBSI部隊とアッシナ家BSI親衛隊の戦闘も終息し、それぞれが離脱を開始した。守るべきマーシャルの『ゲッコウVF』もアッシナ家の総旗艦『ガンロウ』も先に離脱しており、もはや戦闘自体に理由がなくなったからである。
損害はダンティス軍がBSI『ショウキ』が3機、ASGUL『グラーザック』が9機に対し、アッシナ軍が親衛隊仕様『シノノメSS』が4機に攻撃艇3機と、やはり機体性能的にダンティス軍の方が大きかった。
「済まねーな。あんたのおかげで助かったぜ」
部下の乗る二機のASGULを両脇に抱え、引き上げようとするユノーの『ショウキ』と向き合ったノヴァルナは、素直に礼を言った。
「いえ。我等こそ、主君マーシャルの危機を救って頂き、感謝の言葉もございません」
「そう固い言葉を使うな…ってのも、面倒臭ぇ話だよな」
「はあ、まあ…」
本物のノヴァルナとは知らず、出逢った頃は批判的だったため、音声のみの通信であってもユノーが、『ショウキ』のコクピット内で苦笑しているのが、ノヴァルナには容易に想像出来る。
「あんたにパイクを投げたのはイチかバチかだったが、斬り掛からずに投げつけたのは、いい判断だったぜ。俺の部下なら、何か褒美をやりたいところだが―――」
「そのような…畏れ多い事で―――」
恐縮するユノーの言葉を遮り、ノヴァルナは「そうだ!」と、何かを思いついたらしい声を上げた。『センクウNX』をやってもいいが、この機体をこの時代に残していくと、厄介な事になるに違いない。それなら―――
「あんたに俺の使ってた名前をやるよ。ノバック=トゥーダの姓…トゥーダをやろう」
「トゥーダですか?」
「ああ。こいつは元々ウチのウォーダ家の庶流が使う場合がある姓でな。あんたもこれで密かに俺の身内ってわけさ」
ノヴァルナの言葉に「ケーシー=トゥーダ…」と呟いてみたユノーは、固い笑顔で礼を告げた。
「では、ありがたく頂戴致します」
「おう。じゃあ、俺も迎えが来たようだし、マーシャルとセシルねーさんに、宜しく伝えといてくれ」
そう言って振り向くノヴァルナの視線の先で、ノアの『サイウンCN』が接近して来る様子を、コクピットの全周囲モニターが映し出している。そしてそれにタイミングを合わせたように、ノアから通信が入った。
「ちょっとー、ノバくん! いつまでそこにいるのよ。急いで『デラルガート』とランデブーしないと、時間がなくなるわ!」
帰りの遅いノヴァルナにひどく不安を覚えて、迎えに来たノアであったが、『センクウNX』の無事な姿を発見した途端、普段の強気な態度の仮面を被る。そんなノアの心情を知ってか知らずか、ノヴァルナは快活に言い放った。
「おう、ノバくん言うな! てゆーか、あの戦艦はどうした?」
「そんなの、誘導弾の発射直後に、射出口を狙撃で破壊して、とっくに追い返したわよ。いいから早くして!」
やはりサイドゥ家のジャジャ馬姫君は、武将でもないのに専用BSHOを所有しているだけあって、手強いはずの宇宙戦艦とのタイマンを事もなげに言う。ノヴァルナは“やれやれ”と肩をすくめて「わかった、わかった」と応じた。そして立ち去り間際、最後にユノー達にもう一度声をかける。
「じゃ、あんたらも元気でな。死ぬなよ」
ノヴァルナとノアのBSHOが、カールセンと妻のルキナの乗る『デラルガート』に帰還したのは、それから四十分弱が経ってからであった。アッシナ家の本陣中枢部隊と遭遇し、コース変更をしたために予定時間を倍近くオーバーしている。
現在位置は、銀河標準座標76093345N。右舷の間近には目標のブラックホールが、ズリーザラ球状星団の乳白色の星間ガスを周囲に吸い込みながら、巨大な黒い穴をこちらに向けていた。時空を一気に超えるトランスリープ航法の入り口、『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心だ。ここまで来ると、本拠地星系へ敗走するアッシナ家と、それを追うダンティス家の艦艇は姿形も見えない。
ノヴァルナ達の乗る工作艦『デラルガート』の中では、トランスリープ航法の準備が急ピッチで進められていた。
トランスリープの方法はノヴァルナとノアがこの宙域へ来た時と同じだ。ブラックホール内で『デラルガート』の対消滅反応炉を暴走させ、自爆の衝撃で時空界面を突破、時間も空間も存在しないビッグバン以前の状態が残る、熱力学的非エントロピーフィールドを抜けて、元の時空へ帰還するというものである。
「最終的なシミュレーション結果は、成功率69パーセントね」
ノアは『デラルガート』の艦橋で、科学士官席から振り向いてノヴァルナとエンダー夫妻に告げた。それを聞いたカールセンとルキナのエンダー夫妻は心配顔をする。
「69パーセントって、逆に言えば、3割近くは失敗する確率があるって事でしょ?…命を賭けるには危険過ぎない?」
ノヴァルナに顔を向けたルキナは困惑気味に言う。
惑星パグナック・ムシュを調査した結果から、この恒星間ネゲントロピーコイルの入り口となるブラックホールを使って、元の世界に帰るトランスリープ航法をノアが思いついて以来、ズリーザラ球状星団でノアの救出作戦を行っている間も、『デラルガート』のメインコンピューターは一万回以上のシミュレーションを行って、ブラックホールの事象の地平上の位置と、対消滅反応炉の暴走自爆の規模とタイミングの最適値を算出していた。
その時の数値は成功率87パーセントに達していたのだが、今しがたのアッシナ家本陣中枢部隊との遭遇戦の発生が、そうでなくとも遅延していた、ブラックホールへの到着時間をさらに遅らせてしまい、すでに恒星間ネゲントロピーコイルの解消が始まってしまっていたのである。
ブラックホールの重力場が不安定になっていく現状で、再シミュレーションを行って得られた成功率がこの69パーセントであり、しかも時間が経つにつれ、その率は急激に下がっていく。ルキナが不安がるのも無理からぬ事なのだ。するとノヴァルナは、そんなルキナに苦笑を浮かべて応じた。
「なぁに。俺とノアがこの宙域に来た時は、成功率10パーセント以下だったんだから、69パーセントもありゃあ、大したもんさ」
「そうじゃなくて。ノバくん、ノアちゃんを助けに行く時、“今は帰れなくてもいい”って言ったじゃない。次のネゲントロピーコイルが出現するまで七年掛かるけど、それまで待って、もっと確率が上がる好条件の時が来たら帰ればいいんだし、もしそれで帰れないようなら、私達と一緒に暮らせば…」
説得を試みるルキナの表情と口調は切実だ。その彼女に寄り添うカールセンの眼にも、一点の曇りもない。ノヴァルナにはカールセンとルキナが、自分とノアを家族の一員だと思ってくれているのが伝わった。
“宇宙の彼方で、俺を家族と思ってくれる人がいたなんざ、ありがたいことさ…”
父のヒディラスからは、まず星大名の家督を継ぐに相応しい武人である事を求められ、母のトゥディラには、次男のカルツェに対する溺愛から、存在自体を疎んじられているノヴァルナにとって、エンダー夫妻の気持ちは嬉しくもあると同時に眩し過ぎた。
ルキナの言葉に一瞬はにかんだ表情を浮かべたノヴァルナだが、ノアと視線を交わして見つめ合うと、ルキナとカールセンに向き直って首を左右に振る。
「悪い、ルキナねーさん。これはノアと二人で決めた事なんだ」
「ノバくん…」
ノヴァルナはエンダー夫妻には黙っていたが、ノアを救出して『デラルガート』に帰還し、さらに『センクウNX』と『サイウンCN』で出撃するまでの間に、敵艦に捕らえられていた時にノアが聞いた史実、皇国暦1555年―――つまり元の世界ではノアは、キオ・スー家に襲撃される事も、そこに乱入して来たノヴァルナと出逢う事もなく、『ナグァルラワン暗黒星団域』で事故死していたという史実に、どうしても戻らねばならない必要性を感じていたのである。
ノアのさらなる話では、すでに二人が出逢う以前のどこかで、この世界とノヴァルナ達が本来存在する世界の分離が始まっていたらしく、例え七年待って次のネゲントロピーコイルに飛び込んでも、元の世界には戻れない可能性が圧倒的に高くなるという。
「気持ちは変わらんか?」
そう尋ねたのはカールセンであった。それに対してノヴァルナは「ああ」と、静かに答えて言葉を続ける。
「なんのしがらみもねぇ一般人なら、ここでこのまま暮らしてもいいんだが。俺もノアも色々と背負ってるもんがある以上、責任は果たさねぇとな」
「………」
それを聞いたカールセンは、無言で傍らに立つルキナの肩に手を置いて小さくため息をつき、僅かな苦笑を浮かべて応じた。
「わかった…最後までおまえさんの思うようにやりな、と言ったのは俺だ。俺もルキナももう言わん。ギリギリまで付き合うだけさ」
「悪い」と頭を下げるノヴァルナ。
カールセンも元は武人であり、ルキナはその頃からの妻である。星大名の嫡流がどんなものかを知る二人は説得を諦め、ノヴァルナとノアの意志を尊重する事を決めたのだ。
「…しかしまぁ―――」とカールセン。
「んだよ、“もう言わん”のじゃねーのかよ?」
「いや、なに…おまえさん、やっぱり根は真面目なんだな」
カールセンに素直に感心されたノヴァルナは、はにかんだ表情を浮かべ、ガシガシガシと長めの頭髪を指で掻いた。それを見てノアはさもありなんといった様子で微笑む。そんなノヴァルナであるから、自分に対して、この年下の若者を好きになる事を許したのだ。
▶#15につづく
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