銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
267 / 422
第15話:風雲児の帰還

#14

しおりを挟む
 
 クィンガ機の爆発を機に、ダンティス軍のBSI部隊とアッシナ家BSI親衛隊の戦闘も終息し、それぞれが離脱を開始した。守るべきマーシャルの『ゲッコウVF』もアッシナ家の総旗艦『ガンロウ』も先に離脱しており、もはや戦闘自体に理由がなくなったからである。
 損害はダンティス軍がBSI『ショウキ』が3機、ASGUL『グラーザック』が9機に対し、アッシナ軍が親衛隊仕様『シノノメSS』が4機に攻撃艇3機と、やはり機体性能的にダンティス軍の方が大きかった。



「済まねーな。あんたのおかげで助かったぜ」

 部下の乗る二機のASGULを両脇に抱え、引き上げようとするユノーの『ショウキ』と向き合ったノヴァルナは、素直に礼を言った。

「いえ。我等こそ、主君マーシャルの危機を救って頂き、感謝の言葉もございません」

「そう固い言葉を使うな…ってのも、面倒臭ぇ話だよな」

「はあ、まあ…」

 本物のノヴァルナとは知らず、出逢った頃は批判的だったため、音声のみの通信であってもユノーが、『ショウキ』のコクピット内で苦笑しているのが、ノヴァルナには容易に想像出来る。

「あんたにパイクを投げたのはイチかバチかだったが、斬り掛からずに投げつけたのは、いい判断だったぜ。俺の部下なら、何か褒美をやりたいところだが―――」

「そのような…畏れ多い事で―――」

 恐縮するユノーの言葉を遮り、ノヴァルナは「そうだ!」と、何かを思いついたらしい声を上げた。『センクウNX』をやってもいいが、この機体をこの時代に残していくと、厄介な事になるに違いない。それなら―――

「あんたに俺の使ってた名前をやるよ。ノバック=トゥーダの姓…トゥーダをやろう」

「トゥーダですか?」

「ああ。こいつは元々ウチのウォーダ家の庶流が使う場合がある姓でな。あんたもこれで密かに俺の身内ってわけさ」

 ノヴァルナの言葉に「ケーシー=トゥーダ…」と呟いてみたユノーは、固い笑顔で礼を告げた。

「では、ありがたく頂戴致します」

「おう。じゃあ、俺も迎えが来たようだし、マーシャルとセシルねーさんに、宜しく伝えといてくれ」

 そう言って振り向くノヴァルナの視線の先で、ノアの『サイウンCN』が接近して来る様子を、コクピットの全周囲モニターが映し出している。そしてそれにタイミングを合わせたように、ノアから通信が入った。

「ちょっとー、ノバくん! いつまでそこにいるのよ。急いで『デラルガート』とランデブーしないと、時間がなくなるわ!」

 帰りの遅いノヴァルナにひどく不安を覚えて、迎えに来たノアであったが、『センクウNX』の無事な姿を発見した途端、普段の強気な態度の仮面を被る。そんなノアの心情を知ってか知らずか、ノヴァルナは快活に言い放った。

「おう、ノバくん言うな! てゆーか、あの戦艦はどうした?」

「そんなの、誘導弾の発射直後に、射出口を狙撃で破壊して、とっくに追い返したわよ。いいから早くして!」

 やはりサイドゥ家のジャジャ馬姫君は、武将でもないのに専用BSHOを所有しているだけあって、手強いはずの宇宙戦艦とのタイマンを事もなげに言う。ノヴァルナは“やれやれ”と肩をすくめて「わかった、わかった」と応じた。そして立ち去り間際、最後にユノー達にもう一度声をかける。

「じゃ、あんたらも元気でな。死ぬなよ」




 ノヴァルナとノアのBSHOが、カールセンと妻のルキナの乗る『デラルガート』に帰還したのは、それから四十分弱が経ってからであった。アッシナ家の本陣中枢部隊と遭遇し、コース変更をしたために予定時間を倍近くオーバーしている。

 現在位置は、銀河標準座標76093345N。右舷の間近には目標のブラックホールが、ズリーザラ球状星団の乳白色の星間ガスを周囲に吸い込みながら、巨大な黒い穴をこちらに向けていた。時空を一気に超えるトランスリープ航法の入り口、『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心だ。ここまで来ると、本拠地星系へ敗走するアッシナ家と、それを追うダンティス家の艦艇は姿形も見えない。

 ノヴァルナ達の乗る工作艦『デラルガート』の中では、トランスリープ航法の準備が急ピッチで進められていた。

 トランスリープの方法はノヴァルナとノアがこの宙域へ来た時と同じだ。ブラックホール内で『デラルガート』の対消滅反応炉を暴走させ、自爆の衝撃で時空界面を突破、時間も空間も存在しないビッグバン以前の状態が残る、熱力学的非エントロピーフィールドを抜けて、元の時空へ帰還するというものである。

「最終的なシミュレーション結果は、成功率69パーセントね」

 ノアは『デラルガート』の艦橋で、科学士官席から振り向いてノヴァルナとエンダー夫妻に告げた。それを聞いたカールセンとルキナのエンダー夫妻は心配顔をする。

「69パーセントって、逆に言えば、3割近くは失敗する確率があるって事でしょ?…命を賭けるには危険過ぎない?」

 ノヴァルナに顔を向けたルキナは困惑気味に言う。

 惑星パグナック・ムシュを調査した結果から、この恒星間ネゲントロピーコイルの入り口となるブラックホールを使って、元の世界に帰るトランスリープ航法をノアが思いついて以来、ズリーザラ球状星団でノアの救出作戦を行っている間も、『デラルガート』のメインコンピューターは一万回以上のシミュレーションを行って、ブラックホールの事象の地平上の位置と、対消滅反応炉の暴走自爆の規模とタイミングの最適値を算出していた。

 その時の数値は成功率87パーセントに達していたのだが、今しがたのアッシナ家本陣中枢部隊との遭遇戦の発生が、そうでなくとも遅延していた、ブラックホールへの到着時間をさらに遅らせてしまい、すでに恒星間ネゲントロピーコイルの解消が始まってしまっていたのである。

 ブラックホールの重力場が不安定になっていく現状で、再シミュレーションを行って得られた成功率がこの69パーセントであり、しかも時間が経つにつれ、その率は急激に下がっていく。ルキナが不安がるのも無理からぬ事なのだ。するとノヴァルナは、そんなルキナに苦笑を浮かべて応じた。

「なぁに。俺とノアがこの宙域に来た時は、成功率10パーセント以下だったんだから、69パーセントもありゃあ、大したもんさ」

「そうじゃなくて。ノバくん、ノアちゃんを助けに行く時、“今は帰れなくてもいい”って言ったじゃない。次のネゲントロピーコイルが出現するまで七年掛かるけど、それまで待って、もっと確率が上がる好条件の時が来たら帰ればいいんだし、もしそれで帰れないようなら、私達と一緒に暮らせば…」

 説得を試みるルキナの表情と口調は切実だ。その彼女に寄り添うカールセンの眼にも、一点の曇りもない。ノヴァルナにはカールセンとルキナが、自分とノアを家族の一員だと思ってくれているのが伝わった。

“宇宙の彼方で、俺を家族と思ってくれる人がいたなんざ、ありがたいことさ…”

 父のヒディラスからは、まず星大名の家督を継ぐに相応しい武人である事を求められ、母のトゥディラには、次男のカルツェに対する溺愛から、存在自体を疎んじられているノヴァルナにとって、エンダー夫妻の気持ちは嬉しくもあると同時に眩し過ぎた。

 ルキナの言葉に一瞬はにかんだ表情を浮かべたノヴァルナだが、ノアと視線を交わして見つめ合うと、ルキナとカールセンに向き直って首を左右に振る。

「悪い、ルキナねーさん。これはノアと二人で決めた事なんだ」

「ノバくん…」

 ノヴァルナはエンダー夫妻には黙っていたが、ノアを救出して『デラルガート』に帰還し、さらに『センクウNX』と『サイウンCN』で出撃するまでの間に、敵艦に捕らえられていた時にノアが聞いた史実、皇国暦1555年―――つまり元の世界ではノアは、キオ・スー家に襲撃される事も、そこに乱入して来たノヴァルナと出逢う事もなく、『ナグァルラワン暗黒星団域』で事故死していたという史実に、どうしても戻らねばならない必要性を感じていたのである。
 ノアのさらなる話では、すでに二人が出逢う以前のどこかで、この世界とノヴァルナ達が本来存在する世界の分離が始まっていたらしく、例え七年待って次のネゲントロピーコイルに飛び込んでも、元の世界には戻れない可能性が圧倒的に高くなるという。



「気持ちは変わらんか?」

 そう尋ねたのはカールセンであった。それに対してノヴァルナは「ああ」と、静かに答えて言葉を続ける。

「なんのしがらみもねぇ一般人なら、ここでこのまま暮らしてもいいんだが。俺もノアも色々と背負ってるもんがある以上、責任は果たさねぇとな」


「………」


 それを聞いたカールセンは、無言で傍らに立つルキナの肩に手を置いて小さくため息をつき、僅かな苦笑を浮かべて応じた。

「わかった…最後までおまえさんの思うようにやりな、と言ったのは俺だ。俺もルキナももう言わん。ギリギリまで付き合うだけさ」

「悪い」と頭を下げるノヴァルナ。

 カールセンも元は武人であり、ルキナはその頃からの妻である。星大名の嫡流がどんなものかを知る二人は説得を諦め、ノヴァルナとノアの意志を尊重する事を決めたのだ。

「…しかしまぁ―――」とカールセン。

「んだよ、“もう言わん”のじゃねーのかよ?」



「いや、なに…おまえさん、やっぱり根は真面目なんだな」



 カールセンに素直に感心されたノヴァルナは、はにかんだ表情を浮かべ、ガシガシガシと長めの頭髪を指で掻いた。それを見てノアはさもありなんといった様子で微笑む。そんなノヴァルナであるから、自分に対して、この年下の若者を好きになる事を許したのだ。




▶#15につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...