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第15話:風雲児の帰還
#10
しおりを挟む一方、『リュウジョウ』とマーシャルの『ゲッコウVF』の出現に、ギコウ=アッシナの『ガンロウ』では大きな混乱が起きていた。彼等の予想では、ダンティス家の追撃部隊は自分達の真後ろにおり、追いつかれるまで今しばらくの猶予があったつもりだったのだ。
それゆえ、撤退途中で『流星揚羽蝶』の家紋を持つ機体―――ノヴァルナの『センクウNX』を発見した際、敗戦の元凶と激昂し、無用な追撃を命じた主君、ギコウ=アッシナに妥協して見せたのである。
それがノヴァルナの逃げた方向からマーシャルの総旗艦『リュウジョウ』と、BSHO『ゲッコウVF』があらわれたのだから、ギコウ=アッシナにすればまたもやノヴァルナの罠に嵌められた…と考えるのも無理はなかった。
「おのれ! おのれ!! おのれぇぇぇっ!!!!」
「お、お鎮まりを! ギコウ様!」
司令官席で文字通り地団駄を踏んで喚くギコウを、艦長に宥めさせておき、事実上の指揮官であるサラッキ=オゥナムは、急速に接近して来るマーシャルの『ゲッコウVF』と、配下のBSI部隊の反応が表示される戦術状況ホログラムを指さし、憔悴した表情で参謀達に詰問する。
「このままでは、マーシャルのBSHOに取りつかれるぞ! 先行した軽巡と駆逐艦は、何をやっている!!??」
アッシナ家の総旗艦『ガンロウ』では、星間ガスの雲海による長距離センサーへの障害で、ノヴァルナとノアを追って先行した軽巡航艦と駆逐艦の部隊状況が、戦術状況ホログラムに反映されていないのだ。
諸科のオペレーター達に問い質し、そこから報告される断片的な情報をまとめた参謀の一人が、緊張した面持ちでオゥナムに告げる。
「どうやら敵の総旗艦と激戦中で、動けないようです」
「なんだと?」
その参謀の言葉を聞いたオゥナムの顔は、さらに強張った。“激戦中”という言葉は、軍事的な隠語で実際には“苦戦中”を意味しているのだ。おそらく壊滅的打撃を被っているに違いない。この参謀は“苦戦中”とそのまま告げては、ギコウの耳に入りでもすると狂瀾がさらに激しくなるのではないかと気を回したのである。そこにセンサー担当のオペレーターから、死神の到着を知らせるような報告が発せられる。
「ダンティス軍BSI部隊接近。接触まで、約2分!」
「我が方のBSI親衛隊で迎撃せよ! 『ガンロウ』は後退だ!」と叫ぶオゥナム。
オゥナムの「後退」という言葉を聞き、オペレーターが懸念した通り、ギコウはオゥナムを振り向いて怒声を発する。
「オゥナム! 後退とは何事だ!! マーシャルめが自ら現れたのであれば、これを討ち果たし、形勢を一気に覆せばよかろう!!」
激昂している割にはギコウの言い分は間違っていない。確かに敵の君主であるマーシャル=ダンティスをここで屠れば、最終的な勝利はアッシナ家のものとなる。だがそれは充分な戦力があってこそだ。オゥナムもここは譲れない。
「なりませぬ! 敵の追撃部隊は、マーシャルの旗艦とBSHOだけではございません!撃滅に手間取れば、他の敵部隊までが群がって参りましょう! ここはお退き下さい!!」
「臆したか、オゥナム!!!!」
なおも感情に走ろうとするギコウに、オゥナムはもはや堪忍袋の緒が切れたとばかり、威圧感のある声で諫言した。
「御身はアッシナ家とセターク家のためにあるのでございます。弁えられよ!!」
「む…」
サラッキ=オゥナムとて元はセターク家の武将である。それが威圧感に満ちた態度に出ると、温室育ちのギコウはたじろぐしかない。そこにオペレーターからBSI部隊が交戦に入った旨の報告が入る。さらに別のオペレーターは後方に防御部隊として残していた、4隻ずつの戦艦と重巡からの入電を告げる。
「後衛部隊から、敵発見の報告です。数は百を超えるとのこと!」
「なにっ! 百隻以上だと!!??」
目を見開くオゥナム。このような無秩序な大規模追撃戦で、百隻以上が集まっているのは本陣部隊に間違いない。本来ならここにマーシャル=ダンティスがいるはずの部隊だ。そのオゥナムの推測は正しく、現れたのは副将セシル=ダンティスが指揮する、追撃部隊主力だった。これには散々喚き散らしていたギコウも顔色を失った。そしてオゥナムに縋るように言う。
「オッ、オゥナム。敵だ、敵が百隻も!…」
主君の軟弱さに内心で舌打ちしつつ、オゥナムは即座に命令を下した。全軍の指揮には鈍さが目立ったが、一個艦隊程度の指揮は経験もあって、それなりにこなせるようだ。
「全速で退避だ。ブラックホールの重力圏からの離脱を急げ、後衛部隊とBSI親衛隊には死守を命じろ!」
その命令を待ち兼ねていたように、ギコウの『ガンロウ』は急いで左に舵を切り始め、同時に加速の重力子リングを艦尾に輝かせる。
左に回頭を始めるアッシナ家の総旗艦『ガンロウ』を視界に捉え、BSHO『ゲッコウVF』のコクピットに座るマーシャル=ダンティスは、スロットルを全開にして機体を緩やかに右旋回させる。それに合わせ敵のBSI親衛隊も軌道を変え、間合いを詰めて来る。
戦力的には敵は親衛隊仕様『シノノメSS』が35機、宇宙攻撃艇が3機、対するこちらはマーシャル自身の『ゲッコウVF』に、親衛隊仕様『ショウキSC』が6機、通常の量産型『ショウキ』が4機、ASGUL『グラーザック』が20機と、敵がやや有利な状況だ。反対方向から追撃中のセシルの本隊が、BSI部隊を発進させるにはまだ遠い。
マーシャルは『ゲッコウVF』に超電磁ライフルを構えさせ、配下のBSI部隊に命令を下した。
「全機、敵のBSI親衛隊を排除しろ。俺は旗艦をやる!」
しかし部下達、特にマーシャルを護衛する事が任務の、親衛隊機は抗議の声を上げる。
「それは危険すぎます。いくら『ゲッコウ』でも総旗艦に単機で挑むのは―――」
それに対してマーシャルは「わかっている!」と応じて続けた。
「ヤツの重力子ノズルを撃ち抜いて、速度を落とすだけだ。あとはセシルの本隊か『リュウジョウ』が追いつくのを待つ。いいからおまえ達は敵機を排除しろ!」
「了解…」
量産型BSIとASGULでは、敵のBSI親衛隊を凌ぐ事は不可能であり、各個撃破される結果になりかねない。それならば手持ちの戦力を、すべてBSI親衛隊の排除に向けた方が良いというマーシャルの判断は正しく、部下達は不安を残しつつも命令に従って『ゲッコウVF』と別れて、こちらの針路に割り込もうとしている敵のBSI親衛隊に突撃を仕掛けていった。たちまち両者が接触した位置で閃光が煌き始める。
“よし。頼んだぜ、おまえら”
交戦を開始した部下達に胸の内で呼び掛けたマーシャルは、追跡コースに捉えた『ガンロウ』を隻眼で睨み据えた。ロックオン警報が鳴り、『ガンロウ』から迎撃のビームが飛んで来るが、機敏な操縦桿さばきですべて回避する。
「当たるかよ!」
そう言ったマーシャルの超電磁ライフルが、照準器に『ガンロウ』の艦尾を収めた。だがそこで再び被弾警告音が鳴り始める。音からすると誘導弾、しかも今度は背後からだ。
「またさっきの奴か!!」
叫びながら振り向くマーシャルに、多数の誘導弾が迫って来た。
▶#11につづく
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