銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
260 / 422
第15話:風雲児の帰還

#07

しおりを挟む
 
「何をしている! 奴等を取り逃がすな! 逃走コースを塞げ!」

 艦砲射撃を悉く回避しながら離脱を図るノヴァルナとノアの機体を、メインスクリーンに映した総旗艦『ガンロウ』の艦橋でギコウ=アッシナが怒りの言葉を吐く。激情を沸騰させる主君に、一定時間の戦闘を認めて譲歩をしていた軍師役のサラッキ=オゥナムも、もはや限界を感じ、宥める口調で説得を試みた。

「ギコウ様。これ以上の時間の消費は危険です。そろそろ引き上げましょう」

「ならん! 奴等だけでも捻り潰さねば、気が済まん!!」

「ですが、このままではダンティス家の追撃部隊に追いつかれます」

「だから早く倒せと言っている!」

 これまでサラッキ=オゥナムの言葉に従っていたギコウだが、今回は頑なだった。勝てていた戦いを、関白ウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』で混乱させた上に、別動隊をもって第四陣の動きを封じて本陣左翼に突撃、味方の軍をこのような惨めな敗北に陥れた、その張本人が目の前に現れたのであるから、また何かを目論んでいるに違いないと情緒不安定になっていたのである。無論これは偶然の遭遇なのだが、それを告げても信じる心理状態のギコウではない。

「では、討伐部隊として一部の艦と、BSI親衛隊を残して参りましょう。まずは御身がご無事である事が、現在のアッシナ家の最も優先すべき事にございますれば…」

「ならん!!」

 オゥナムは妥協案を出すがギコウは頑として譲らない。意固地になっているようだ。

「敵の主立った武将の一人も討ち取れず、おめおめワガン・マーズ星系に逃げ戻っては、領民に対しても名家アッシナの面目が立たん! あの関白家の御家紋を悪用したる痴れ者だけでも討ち果たし、我等が気概を示すのだ!」

 なんと小さい事か…と、主君の主張を聞かされたオゥナムは胸の内で呻いた。今の言葉の中にあった“領民に対して”というのは、本心は実父のギージュ=セタークに向けた、“父上に対して”であろう事が容易に想像がつく。その程度の器量であるからこそ、アッシナ家を統治する傀儡としてセターク家から派遣されたのだ。

 とは言え、オゥナムもあまり諫言を繰り返して、ギコウの不興を買いたくはない。この男はこの男でアッシナ家に派遣されて来た事に対し、自分なりの野心を抱いていたからである。頑ななギコウに「そこまで深きご高察とは…御意にございます」と折れてみせた。

「であれば、高速の軽巡航艦と駆逐艦で追い込みをかけ、この『ガンロウ』とBSI部隊でとどめを刺しましょう。戦艦部隊と重巡部隊は、敵の追撃部隊が追いついて来た時の備えに置いておくのです」

 オゥナムが現実的な手を提案するとギコウはすぐさま頷いた。自分の意思を強く押し通していたものの、具体的な対応策はなかったらしい。

「う、うむ。許可する。すぐにかかれ!」

 すぐさま3隻の軽巡航艦と9隻の駆逐艦が、『センクウNX』と『サイウンCN』を追い始めた。そしてその後から、周囲に親衛隊仕様の『シノノメSS』を呼び寄せた『ガンロウ』が続く。そして親衛艦隊の戦艦と重巡の各4隻はその場で減速、分散してダンティス家の追撃部隊に備える動きをした。

 BSIユニットと宇宙艦艇の関係は特に速度的なものに関して、航空機と水上艦艇と同様のように捉えられがちなのだが、実際は少し違い、最高速度はBSIユニットも軽巡や駆逐艦もあまり差はない。これは重力子航行機関特有の現象で、機体または艦艇の総質量と重力子機関の出力が大きく反比例するほど、出せる速度も大きくなる事による。

 無重力の宇宙空間で、速度に総質量が関係するのは一見すると不思議に思えるが、重力子推進は進行方向の逆側に、重力場と反重力場を瞬時に連続して発生させ、その反発力で航行するため、質量が大きいものほど速くするには大きな重力子出力が必要で、逆に重力子出力は小さくとも、機体が小さければ高速が得られるのだ。したがってそのバランスにおいて、BSIユニットと軽巡や駆逐艦は均衡しているというわけである。

 そのような理屈はともかく、今のノヴァルナとノアにとって軽巡や駆逐艦が、厄介な敵である事は間違いない。二人の技量とBSHOの性能なら撃退出来ない相手ではないが、問題は時間だった。二人の目的は右前方の彼方に見える、銀河標準座標76093345N近くのブラックホールへ向かう事であり、これだけの敵を引き連れたまま『デラルガート』と合流する事は不可能だ。

 今の状況はノアも理解しているらしく、先ほどの少し冗談めかした物言いではなく、真面目な口調でノヴァルナに質問の通信を入れて来る。

「どうするの? 重力子ノズルを撃ち抜いて、敵艦の足を止める? 乱戦に持ち込めば、敵の旗艦からの攻撃は防げるでしょうけど…」

 言外に“さらに時間を浪費する事になってしまうわ”という台詞を匂わせ、語尾を濁すノア。敵艦が発砲を開始した主砲のビームを、機体にかけたスクロールで回避したノヴァルナは、敵との位置関係を戦術状況ホログラムで確認しながら、素早く思考を巡らせた。

“敵の軽巡と駆逐艦の後方に、単独で遅れながらついて来る総旗艦…そして護衛の戦艦や重巡はさらにその後方で停止か。敵の総旗艦を叩いて特に足回りに損害を与えれば、ダンティスの追撃を恐れる連中は、さすがに追って来れなくなるだろう”

 ただ敵の『ガンロウ』の周囲には、30機以上の親衛隊仕様BSIユニットがいる。

“俺がBSIを全部引き付け、ノアに旗艦の重力子ノズルを破壊させるか?…ノアは腕は天才的だが、実戦経験は少ないからな…しかしたぶん二人とも死ぬな、こりゃ”

 考えの最後の部分で、ノヴァルナいつもの不敵な笑みを浮かべた。まこと人…特に武篇の心理は異なもので、離れ離れになっていた時は胸を掻きむしるほど案じていた想い人の命を、一緒に死ねる可能性に触れた途端、それもまた良し…と感じたのだ。

「ねぇ、どうするの。ノヴァルナ?」

 敵が放った誘導弾を、クルリと振り返らせた『サイウンCN』の、超電磁ライフルで破壊したノアが、少しせっつくように再び問い質す。

「ノア。少々手荒くて、かなり危険だが、付き合ってくれるか?」

 ノヴァルナにしては慎重な言い方だが、ノアはさらりと応じた。

「あなたと逢って以来、今までだってやる事なす事、充分手荒くてメチャクチャ危険だったじゃない。今更驚かないわ!」

「そいつは悪かったな」

「あら、しおらしい」

 嫌味っぽく言い返した言葉も軽く受け流すノアに、ノヴァルナは不敵な笑みを苦笑いと入れ替え、軽く肩をすくめる。前方には新たな雲海、というより今度は壁を並べたような形状の星間ガス雲が接近していた。丁度いい。あの中に突入し、敵が再び例の奇妙な兵器―――重力子弾らしきものを撃ち込むタイミングを見計らって、入れ替わりに軽巡と駆逐艦をやり過ごす。そして敵の総旗艦を急襲するのだ。

「オッケー。じゃノア、俺とタイミングを合わせて動けよ。死んでも恨みっこなしだ」

「了解!」

 ところがそのノヴァルナの思惑は、想いも寄らぬ形で妨げられた。飛び込もうとしていた雲の壁の向こうから、ダンティス軍の艦隊が出現したからである。



▶#08につづく
 
  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...