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第15話:風雲児の帰還
#07
しおりを挟む「何をしている! 奴等を取り逃がすな! 逃走コースを塞げ!」
艦砲射撃を悉く回避しながら離脱を図るノヴァルナとノアの機体を、メインスクリーンに映した総旗艦『ガンロウ』の艦橋でギコウ=アッシナが怒りの言葉を吐く。激情を沸騰させる主君に、一定時間の戦闘を認めて譲歩をしていた軍師役のサラッキ=オゥナムも、もはや限界を感じ、宥める口調で説得を試みた。
「ギコウ様。これ以上の時間の消費は危険です。そろそろ引き上げましょう」
「ならん! 奴等だけでも捻り潰さねば、気が済まん!!」
「ですが、このままではダンティス家の追撃部隊に追いつかれます」
「だから早く倒せと言っている!」
これまでサラッキ=オゥナムの言葉に従っていたギコウだが、今回は頑なだった。勝てていた戦いを、関白ウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』で混乱させた上に、別動隊をもって第四陣の動きを封じて本陣左翼に突撃、味方の軍をこのような惨めな敗北に陥れた、その張本人が目の前に現れたのであるから、また何かを目論んでいるに違いないと情緒不安定になっていたのである。無論これは偶然の遭遇なのだが、それを告げても信じる心理状態のギコウではない。
「では、討伐部隊として一部の艦と、BSI親衛隊を残して参りましょう。まずは御身がご無事である事が、現在のアッシナ家の最も優先すべき事にございますれば…」
「ならん!!」
オゥナムは妥協案を出すがギコウは頑として譲らない。意固地になっているようだ。
「敵の主立った武将の一人も討ち取れず、おめおめワガン・マーズ星系に逃げ戻っては、領民に対しても名家アッシナの面目が立たん! あの関白家の御家紋を悪用したる痴れ者だけでも討ち果たし、我等が気概を示すのだ!」
なんと小さい事か…と、主君の主張を聞かされたオゥナムは胸の内で呻いた。今の言葉の中にあった“領民に対して”というのは、本心は実父のギージュ=セタークに向けた、“父上に対して”であろう事が容易に想像がつく。その程度の器量であるからこそ、アッシナ家を統治する傀儡としてセターク家から派遣されたのだ。
とは言え、オゥナムもあまり諫言を繰り返して、ギコウの不興を買いたくはない。この男はこの男でアッシナ家に派遣されて来た事に対し、自分なりの野心を抱いていたからである。頑ななギコウに「そこまで深きご高察とは…御意にございます」と折れてみせた。
「であれば、高速の軽巡航艦と駆逐艦で追い込みをかけ、この『ガンロウ』とBSI部隊でとどめを刺しましょう。戦艦部隊と重巡部隊は、敵の追撃部隊が追いついて来た時の備えに置いておくのです」
オゥナムが現実的な手を提案するとギコウはすぐさま頷いた。自分の意思を強く押し通していたものの、具体的な対応策はなかったらしい。
「う、うむ。許可する。すぐにかかれ!」
すぐさま3隻の軽巡航艦と9隻の駆逐艦が、『センクウNX』と『サイウンCN』を追い始めた。そしてその後から、周囲に親衛隊仕様の『シノノメSS』を呼び寄せた『ガンロウ』が続く。そして親衛艦隊の戦艦と重巡の各4隻はその場で減速、分散してダンティス家の追撃部隊に備える動きをした。
BSIユニットと宇宙艦艇の関係は特に速度的なものに関して、航空機と水上艦艇と同様のように捉えられがちなのだが、実際は少し違い、最高速度はBSIユニットも軽巡や駆逐艦もあまり差はない。これは重力子航行機関特有の現象で、機体または艦艇の総質量と重力子機関の出力が大きく反比例するほど、出せる速度も大きくなる事による。
無重力の宇宙空間で、速度に総質量が関係するのは一見すると不思議に思えるが、重力子推進は進行方向の逆側に、重力場と反重力場を瞬時に連続して発生させ、その反発力で航行するため、質量が大きいものほど速くするには大きな重力子出力が必要で、逆に重力子出力は小さくとも、機体が小さければ高速が得られるのだ。したがってそのバランスにおいて、BSIユニットと軽巡や駆逐艦は均衡しているというわけである。
そのような理屈はともかく、今のノヴァルナとノアにとって軽巡や駆逐艦が、厄介な敵である事は間違いない。二人の技量とBSHOの性能なら撃退出来ない相手ではないが、問題は時間だった。二人の目的は右前方の彼方に見える、銀河標準座標76093345N近くのブラックホールへ向かう事であり、これだけの敵を引き連れたまま『デラルガート』と合流する事は不可能だ。
今の状況はノアも理解しているらしく、先ほどの少し冗談めかした物言いではなく、真面目な口調でノヴァルナに質問の通信を入れて来る。
「どうするの? 重力子ノズルを撃ち抜いて、敵艦の足を止める? 乱戦に持ち込めば、敵の旗艦からの攻撃は防げるでしょうけど…」
言外に“さらに時間を浪費する事になってしまうわ”という台詞を匂わせ、語尾を濁すノア。敵艦が発砲を開始した主砲のビームを、機体にかけたスクロールで回避したノヴァルナは、敵との位置関係を戦術状況ホログラムで確認しながら、素早く思考を巡らせた。
“敵の軽巡と駆逐艦の後方に、単独で遅れながらついて来る総旗艦…そして護衛の戦艦や重巡はさらにその後方で停止か。敵の総旗艦を叩いて特に足回りに損害を与えれば、ダンティスの追撃を恐れる連中は、さすがに追って来れなくなるだろう”
ただ敵の『ガンロウ』の周囲には、30機以上の親衛隊仕様BSIユニットがいる。
“俺がBSIを全部引き付け、ノアに旗艦の重力子ノズルを破壊させるか?…ノアは腕は天才的だが、実戦経験は少ないからな…しかしたぶん二人とも死ぬな、こりゃ”
考えの最後の部分で、ノヴァルナいつもの不敵な笑みを浮かべた。まこと人…特に武篇の心理は異なもので、離れ離れになっていた時は胸を掻きむしるほど案じていた想い人の命を、一緒に死ねる可能性に触れた途端、それもまた良し…と感じたのだ。
「ねぇ、どうするの。ノヴァルナ?」
敵が放った誘導弾を、クルリと振り返らせた『サイウンCN』の、超電磁ライフルで破壊したノアが、少しせっつくように再び問い質す。
「ノア。少々手荒くて、かなり危険だが、付き合ってくれるか?」
ノヴァルナにしては慎重な言い方だが、ノアはさらりと応じた。
「あなたと逢って以来、今までだってやる事なす事、充分手荒くてメチャクチャ危険だったじゃない。今更驚かないわ!」
「そいつは悪かったな」
「あら、しおらしい」
嫌味っぽく言い返した言葉も軽く受け流すノアに、ノヴァルナは不敵な笑みを苦笑いと入れ替え、軽く肩をすくめる。前方には新たな雲海、というより今度は壁を並べたような形状の星間ガス雲が接近していた。丁度いい。あの中に突入し、敵が再び例の奇妙な兵器―――重力子弾らしきものを撃ち込むタイミングを見計らって、入れ替わりに軽巡と駆逐艦をやり過ごす。そして敵の総旗艦を急襲するのだ。
「オッケー。じゃノア、俺とタイミングを合わせて動けよ。死んでも恨みっこなしだ」
「了解!」
ところがそのノヴァルナの思惑は、想いも寄らぬ形で妨げられた。飛び込もうとしていた雲の壁の向こうから、ダンティス軍の艦隊が出現したからである。
▶#08につづく
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