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第15話:風雲児の帰還
#06
しおりを挟む「くっ、遅れを取ってはならん! 本陣親衛隊の名折れぞ!」
一人の『シノノメSS』のパイロットが叫び、超電磁ライフルをノアの『サイウンCN』に放つ。さらに2機の『シノノメSS』が超電磁ライフルを撃ちながら、ポジトロンパイクを手に取って突撃をかけた。だが『サイウンCN』もすぐさま退避行動に移って、姿が見えなくなる。
すると今度はノアを見失って停止した、2機の『シノノメSS』の片方が、左下方の雲の谷間に出現したノヴァルナの『センクウNX』の狙撃で、頭部を吹っ飛ばされた。そして直後に『センクウNX』も再び雲海に姿を消す。
「おのれ、ちょこまかと卑怯な!」
パイロットの罵声と共に、『シノノメSS』が個々に二手に分かれ、ノヴァルナとノアを追って、渦巻く雲海の間に機体を飛び込ませた。ここで重要なのはアッシナ家BSI部隊が指揮官を失って、次席指揮官を立てないまま、個々にノヴァルナとノアを追跡し始めた事である。
なまじベテランパイロットばかりの親衛隊であるがゆえに、個々でも連携が取れるはずと考え、実際その通りであったが、なにぶん戦闘環境は前述の通り最悪で、各センサーの精度が落ちている。そのためもあってしきりに相互に通信を行うため、親衛隊仕様機より高性能の『センクウNX』と『サイウンCN』に発信位置を特定され、視界の悪い雲海の中で急襲を受けて各個撃破されだしたのだ。
先ほどはノーマルな環境下でベテランパイロットの連携に苦しんだが、雲海の中で一対一で戦うのであれば、BSHOの単機性能をもってベテランパイロットの乗る親衛隊仕様BSIすら、力でねじ伏せる事も可能となる。
次々と通信が途絶えだす僚機に、複数の『シノノメSS』のパイロットが焦りを滲ませて言葉を交わす。
「くそ! 捕捉出来ない!」
「このままでは駄目だ!」
「仕方ない。雲海から離脱しよう!」
「ああ。位置的には艦隊との挟み撃ちも可能だ!」
結局のところ8機もの『シノノメSS』が撃破され、残った親衛隊は雲海から脱出した。雲海の中ではノヴァルナとノアが勝利したと言っていい。しかし、事態はそれほど甘くはない。ノヴァルナとノアが戦っている間に、アッシナ家の本陣艦隊は速度を上げ、二人が中にいる雲海の周囲を大きく取り囲んでいたのだ。総旗艦『ガンロウ』の誘導弾発射管が開き、艦長が命令を発する。
「重力子弾、撃ち方はじめ!」
【改ページ】
艦長の命令を受けて、『ガンロウ』の発射管から30発の誘導弾が発射された。その誘導弾は先端部に球体を取り付けた、特異な形状をしている。
それらは雲海の中で広範囲に散らばると、それぞれが先端の球体を切り離した。するとその直後、球体は弾けて砕け、中からさらに小さな球体が二十個あまり飛び出す。そしてその小型の球体が破裂すると、ピンポン玉にも満たない大きさの超重力の塊―――人工マイクロブラックホールが出現したのだ。
その人工マイクロブラックホールは、十秒程度で蒸発してしまう不安定なものだが、周囲のあらゆるものを吸い込む性質は本物と変わらない。
そんなものが大量にバラ撒かれた雲海は、重力バランスが大きく崩れて星間ガスが嵐のように荒れ狂い始める。当然それは内部に潜んでいたノヴァルナとノアの機体を、荒海の中の小舟のように激しく翻弄した。さしものノヴァルナも驚きを隠さず、『センクウNX』の姿勢制御に必死になる。
「なっ! なんだコイツは! どうなってやがる!?」
ノヴァルナが戸惑うのも無理はなかった。『ガンロウ』が放った重力子誘導弾、通称MBMは皇国暦1580年代になって実用化された兵器で、本来なら1555年に生きているノヴァルナには、未知の兵器だったからである。MBMはこの1580年代では地上攻撃や超空間転移の阻止、さらには密集した攻撃艇などの敵編隊に対する、迎撃兵器として使用されていた。それを今回は星間ガスの雲海から、ノヴァルナとノアをいぶり出す目的に発射したのだ。無論、機体そのものがマイクロブラックホールによって破壊されれば、勿怪の幸いという意味合いもある。
「ノア、大丈夫か!!??」
ノヴァルナはノアに通信で呼び掛けたが、元々通信状況が悪い上にMBMの影響で、完全に連絡が取れない。爆縮を繰り返す幾つものマイクロブラックホールの間を、高度な操縦技術ですり抜けるノヴァルナの胸に不安が…いや、えぐられるような痛みが沸き起こった。ランデブービーコンも反応がない…このような局面ではあるが、改めて誰かを好きになるとは、こういう事なのかと自覚させられる。
“死のうは一定”と、己と他人の死に達観していたはずだった。それでもなお、失いたくない命があるという事は認めざるを得ない。そもそも達観しているのであれば、最初からノアを助けようと、これほどまでに必死にはならなかったのであるが。
【改ページ】
ところがそんなノヴァルナの視界に、不意にノアの『サイウンCN』が現れた。後方から追いついて来て、コクピットのノヴァルナに向け、からかううように機体の右手を気易げに振ってみせる。これほどの近距離であれば通信も可能で、ノアは「はぁい!」と声をかけて来た。それに対し、ノアの安否が気掛かりだったノヴァルナは思わず本音を漏らす。
「馬鹿てめぇ! 何度も心配させんじゃねぇ!!」
その言葉を言い終える前に“しまった!”と顔をしかめるノヴァルナと、自分の想い人から真剣に怒られている事に、むしろ口元が緩んでしまうノアは表情が好対照だった。
「ふぅん…心配なんだぁ」
「うるせ! いいから今は操縦に集中しろ!!」
「うふ」
「だから、“うふ”じゃねーって!」
無駄口を叩きながらも二人のBSHOの動きは鋭い。重力子と反転重力子の光のリングを次々に煌かせて、複雑な軌道を描き、猛スピードで宇宙を駆け抜けた。
周囲はマイクロブラックホールが星間ガスを吸収して、雲海が消滅を始めている。位置が特定されて来た『センクウNX』と『サイウンCN』に向けて、包囲態勢を取った敵艦隊が射撃を行い、離脱していたBSI部隊の生き残りが、再び襲撃行動に入ろうとしていた。ノヴァルナとノアの目的はそれら全てを回避し、先に離脱した『デラルガート』に追いついて、恒星間ネゲントロピーコイルの中心部であるブラックホールに向かう事に他ならない。
ノヴァルナは敵を引き離そうとする一方で、腑に落ちない事があった。撤退中であるはずの敵本陣部隊が、なぜここまで自分達に固執するのかという事だ。アッシナ家が優先すべきは、本拠地星系へ引き上げて一刻も早く態勢を立て直す事であり、手遅れになると本拠地のワガン・マーズ星系まで失陥し兼ねない。そのようなリスクを負う意味が理解出来なかったのだ。
だが、対するアッシナ家本陣の回答は明白である。自分達の敗北の元凶となった、『流星揚羽蝶』の家紋を描くBSHOとその母艦を発見して、恨みを晴らす機会だと興奮した当主のギコウ=アッシナが譲らなかったためであった。
ノヴァルナがそれを理解出来ないのは、自分に近しい者以外の逢った事もない人間を、すべて理屈中心で動くものとして扱っていたからだ。そしてこの考え方が、のちにノヴァルナ自身を苦しめる事となるのだが、今のノヴァルナに分かるべくもなかった。
▶#07につづく
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