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第14話:天下御免のアイラブユー
#20
しおりを挟む「撤退! 全軍撤退だ!!!!」
その頃、『デラルガート』から比較的離れた位置にいる、アッシナ軍総旗艦の『ガンロウ』では味方が総崩れとなった状況に、軍師役のサラッキ=オゥナムが艦橋で撤退命令を叫んでいた。
アッシナ軍本陣中央部隊には第四陣のセターク家応援部隊が合流したものの、ダンティス軍副将セシル=ダンティスが指揮する本隊の攻撃で、もう一つ合流するはずであったスルーガ=バルシャー率いる本陣左翼部隊とは完全に分断されてしまっている。
そしてその状態では、ダンティス軍総司令官マーシャル=ダンティス自らが搭乗した、BSHO『ゲッコウVF』率いるBSI全部隊の突撃を、支え切れなくなっていた。
総旗艦『ガンロウ』艦橋の外部映像スクリーンはどれも、艦隊の間を飛び回るダンティス軍主力BSI『ショウキ』が映し出されており、味方の艦船に次々と爆発の閃光が発生している。
もはや緒戦で勇戦した先鋒部隊や第二陣の状況も全く分からず、後詰の第四陣では離反したウル・ジーグ艦隊が独断で先に撤退を開始しているような有様だ。
それに対し、ダンティス軍は今やBSI部隊だけでなく、セシルの中央艦隊、さらには緒戦の苦闘を生き延びた残存艦艇の全てが、アッシナ軍への全面攻勢に出ていた。その中には出鼻をくじかれたものの、再編を完了した独立管領ナヴァロン家のモルック艦隊や、潰滅同然の第4艦隊の生き残りも含まれている。
決戦の場から、敗軍に対する狩場となった『ズリーザラ球状星団』において、それでもアッシナの『ム・シャー』―――武家たる上級兵士達は退路を確保し、反撃しつつ撤退を行っていた。
悲惨なのは民間徴用などの下級兵士である。幼少の頃から己の死への覚悟を叩き込まれている―――ある種、洗脳とも言える教育を施されて来た『ム・シャー』とは違い、生存本能にしがみつくあまり、退路を巡って味方のASGUL同士で殺し合うような事態まで発生していた。
だが覚悟を決めた『ム・シャー』であっても、哀れなまでに命に執着して足掻く下級兵士であっても、ダンティス軍のブラスタービームや対艦誘導弾、あるいは宇宙魚雷に姿を変えた死神は、等しく彼等に死を与えていく………
このような惨憺たる状況にあって、敗走を始めたギコウのアッシナ家本陣の盾となったのは、大部分がアッシナ家の艦艇やBSIではなく当主ギコウの生家、セターク家からの応援部隊であった。
ギコウの父はセターク家当主ギージュ=セタークであり、そのギージュが派遣する応援部隊に対し、万が一の時は身命を賭してギコウを守るよう命じていたからであるが、一方で主君を守るべきアッシナ家の部隊が、それを見捨てて逃亡を図っている辺りは、そもそもこの戦い、最初からアッシナ家の勝ち目が薄かった事を皮肉っているようであった。
「どけぇええええーーーッ!!!!」
叫び声を上げたマーシャル=ダンティスの操縦する、BSHO『ゲッコウVF』がポジトロンパイクを繰り出し、セターク家の主力量産型BSIの『ヤヨイ』を両断する。『ヤヨイ』はアッシナ家にも供与されており、セターク家のアッシナ家との同盟―――いいや、傀儡の象徴とも呼べる機体だ。
その『ヤヨイ』が30機以上も立ち塞がる壁に対し、ダンティスの『ゲッコウVF』は6機の親衛隊機『ショウキSC』を率いてぶつかって行った。
『ヤヨイ』の壁の向こうには、遠ざかって行く光の一団がある。ギコウの座乗するアッシナ家総旗艦『ガンロウ』と本陣親衛艦隊である。
ポジトロンパイクを激しく振るう『ゲッコウVF』の、艶やかな黒い機体に乗るマーシャルが、強い口調で部下達に命じる。
「ギコウを逃がすな! 総旗艦を仕留めれば戦いは終わる!」
マーシャルの斬撃で爆発した『ヤヨイ』の閃光を背に受ける『ゲッコウVF』に、後方から追いついて来た親衛隊の『ショウキSC』2機が意見具申する。
「閣下。我等のみが突出し過ぎです! 今の速度では量産型BSIやASGULがついて来れません!」
「包囲される危険もありますれば、ここは一旦、隊を立て直した方が!」
部下の具申の通りであった。ギコウの乗るアッシナ家総旗艦『ガンロウ』が手の届く距離となって、マーシャルの闘争心は頂点にまで達しており、その結果、彼と彼の親衛隊の合わせて7機のみが突出して、30機の『ヤヨイ』を相手取っている状況となっている。ダンティス家の残りのBSI隊とASGUL隊は、いまだ後方に踏みとどまって戦闘を継続しているアッシナ家のBSI部隊や、艦艇群と交戦中だ。
だがマーシャルは親衛隊の意見を突っぱねた。
「駄目だ! それは奴等にとっても、立て直す時間を与える事になる!」
マーシャルからすれば、戦局が逆転して今は勝っているが自分達の消耗も激しく、攻勢限界点が近いという判断があったのだ。
しかしその直後、『ゲッコウVF』のコクピット内に、ロックオン警報が激しく響いた。しかも一つや二つではない。マーシャルの意識と接続したNNLの識別数は、三十を超えている。いずこからか放たれた誘導弾だ。
「クッ! なんだと!!」
完全に不意を突かれた形のマーシャルは、咄嗟に操縦桿を引いた。ただ明らかに遅い。2機の親衛隊機と共に回避行動を取りつつ、超電磁ライフルを構えて被弾確実な誘導弾を狙い撃つが、狙撃に失敗した二発が『ゲッコウVF』を襲った。一発はマーシャルが反射的に振り抜いた、超電磁ライフルの銃身で弾き飛ばす。だが残り一発はもう間に合わない。
するとその時、親衛隊の一機が『ゲッコウVF』を突き飛ばした。
「マーシャル様!!!!」
身を挺してマーシャルを守ったその親衛隊機は、バックパックに誘導弾の直撃を喰らって爆発する。不覚を取ったマーシャルに向けて、セターク家のBSI部隊が反攻に転じ、二十機近い『ヤヨイ』が襲撃行動に入った。5機になった親衛隊機が『ゲッコウVF』の周囲を固める。
窮地に陥ったマーシャル。とその時、背後から無数のビームと誘導弾が飛来し、二十機の『ヤヨイ』を次々と粉砕し始めた。全周囲モニターのコクピット内で背後を振り返ったマーシャルの視線が捉えたのは、彼等を援護するために急行してきた、セシル=ダンティスの宇宙戦艦『アング・ヴァレオン』と、指揮下の直属艦隊だ。さらにその後方にはマーシャル自身の総旗艦『リュウジョウ』が続いている。
「セシルか!!」
愁眉を開くマーシャルの言葉に応えるように、『アング・ヴァレオン』が主砲を放つ。『ゲッコウVF』を狙っていた2機の『ヤヨイ』が直撃を受け、瞬時に蒸発する。だがその直後に、マーシャルの危機を救った『アング・ヴァレオン』のセシルが通信で言い放ったのは、マーシャルに対する叱責だった。
「くぉの馬鹿っ!!!! なに血迷って突出してるのよっ!!!!」
口調からセシルの激怒を感じ、思わず首をすくめるマーシャル。ただそれがダンティス家の若き当主に、冷静さを取り戻させる。
「む…ぅ」
「いつからそんな猪武者になったっ!! 自分の立場を忘れるなっっ!!!!」
怒鳴るセシルを乗せた『アング・ヴァレオン』は『リュウジョウ』と共に、『ゲッコウVF』の直前で停船した。その左右をダンティス軍のBSI部隊と本隊の艦艇が、航過していく。
セシルの言う通りだった。敵の司令官を討ち取るチャンスとはいえ、目先の獲物に執着して返り討ちに遭っては、元も子もない。特にBSHOで前線に出て戦うタイプの司令官は、自分が乗っている機体がいかに高性能であっても、戦艦ほどの防御力はない事を、常に念頭に置いておかなければならない。
そのような基本中の基本をも忘れるほど、頭に血が昇っていた辺りは、マーシャルのまだ二十二歳の若者らしさとも言える。ただその生死が、一つの宙域国を左右するともなれば、若さを言い訳に出来ないのも確かだ。
「わ…わかったって」
バツが悪そうに応えるマーシャルに、セシルはようやく口調を和らげて告げる。
「わかったら『リュウジョウ』に一旦戻って、補給と修理。これからギコウの本陣部隊の追撃に移るから、もう一度『ゲッコウ』で出撃する機会はあるはずよ」
「へいへい」
軽口で応答し、親衛隊を引き連れて総旗艦に向かいながら、マーシャルは表情を引き締めた。
“だが、さっきの誘導弾で狙撃して来た奴…油断出来ねえな”
▶#21につづく
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