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第14話:天下御免のアイラブユー
#12
しおりを挟む「カールセン!」とノヴァルナ。
「いま完了した。艦のシステムはこっちのもんだ」
カールセンは『ヴァルヴァレナ』を解体する一方、『デラルガート』の修理機能を応用して、『ヴァルヴァレナ』の主要なシステムを、直接『デラルガート』の端末と繋げてしまった。ハッキングなどの電子戦の類いではなく、“工事”によってバイパス回線を繋げたのだから、『ヴァルヴァレナ』もすぐに手立ては打てない。事実上の乗っ取りだった。
工作艦が修理機能を使って戦艦に戦いを挑むなど、前代未聞の話である。これもまたノヴァルナ得意の悪ふざけ、悪だくみの延長線上にあるやり口なのだろう。
しかもその間に『ヴァルヴァレナ』の解体は進み、『センクウNX』がいる格納庫付近は外殻が全て取り払われ、肉が削げ落ちて骨が剥き出しとなった魚の腹のような姿にされている。これでは到底、陸戦隊で制圧するどころの状況ではない。
「ノバック。ノアの収監情報がないぞ」
『デラルガート』の艦橋でアンドロイドのオペレーターが上げて来る、『ヴァルヴァレナ』の保安記録を検索したカールセンは、訝しげな声でノヴァルナに告げた。前述の通り、レブゼブがノアの存在を自己の利益を目的に、主家にも秘密にしているため、どこの保安施設に収監されているかの情報がなくて当然だ。
ノアを救出するにしても、実際にこの艦にいる事を確認するのが先決である。だがその辺りはノヴァルナも機転が利いた。ノアをさらったのが星大名の関係者だとすれば、やはりサイドゥ家の家紋をパイロットスーツに描く、ノアの出自を調べようとするはずである。
「じゃあ、医療記録を調べてくれ。昨日からこっち、身体検査をしたヒト種の女で」
「わかった」
その間にノヴァルナは『センクウNX』のコクピット内で席を立ち、床にしゃがんでゴソゴソと何かを始めた。程なくカールセンから連絡が入る。
「いいぞ、ビンゴだ。名前は伏せてあるが一人いる。遺伝子検査を行ったようだ」
「おう。たぶんそいつで間違いねえ。独房区画はこの艦に幾つある?」
「一つだけだ」
答えたカールセンに、体を起こしたノヴァルナは「なら、位置をコイツに転送してくれ」と、不敵な笑みを浮かべながら腕に抱きかかえた丸い金属体を掲げる。それは未開惑星パグナック・ムシュでノヴァルナとノアを手助けした、SSP(サバイバルサポートプローブ)であった。
「総員退艦!…総員退艦急げ!…総員退艦!…総員退艦急げ!」
アナウンスと共に『ヴァルヴァレナ』の通路の天井から、赤い警報ホログラムが列を成して提がり、パトカーの赤色灯のように回転する。その下をアッシナ家の乗員達が、切迫した表情で何人も駆けて行く。彼等が目指すのは最寄りの脱出ポッドエリアである。自分達の艦の最期が近いのであるから、そのような表情になっていて当然だ。
だがその艦橋にいる者達は、また別の意味で表情を強張らせていた。
「誰だ!? 誰が勝手に総員退艦を発令した!!」
アッシナ家側近、本陣左翼部隊司令官スルーガ=バルシャーは、席から立ち上がって怒声を発する。勿論艦橋からそのような命令は出していない。出そうにも接舷した工作艦に、主要なシステムの制御が奪い取られていては不可能だ。という事は必然的に、誰が退艦命令を出したか知れて来る。
「わかりませんが、おそらく敵艦が退艦命令を出したものと…」
「撤回させろ!!」
怒声混じりのバルシャーに、副長が「無理です!」ときっぱりと言い、さらに続けた。
「艦のこの状況です。一度出た総員退艦の命令は、たとえ撤回出来ても兵が止まりません!!」
その言葉が正しい事は『ヴァルヴァレナ』の艦橋の窓の外で、すでに多数の脱出ポッドが射出され始めた光景が証明している。ここに来てもはやこれまで、と一人の参謀がバルシャーの前に進み出て具申した。
「バルシャー様。この艦は司令部機能を失っております。現状を鑑み、旗艦を移動すべきかと」
「なんだと?」
さらに別の参謀も進言する。
「まだ同クラスの戦艦として『ラヴェラーグ』が健在です。比較的近くにおりますので、これを旗艦とし、部隊の立て直しを図るべきです」
「ぐく…」
バルシャーはコウモリのような容姿のワドラン星人の口に並ぶ、細かい犬歯を剥き出しにして喰いしばった。『ヴァルヴァレナ』型のネームシップ(一番艦)を与えられた栄誉も、退艦となれば地に墜ちる事になる。その気持ちを察した副長が重々しく告げた。
「艦は私が身命を賭して処理致します。ここは大局のためにも、どうかご退去を」
その言葉を聞いてバルシャーは、僅かにうなだれながら「わかった…」と同意する。次の瞬間にはもう、傍らの参謀がオペレーター達に振り向いて命じていた。
「旗艦を移す。シャトルを用意しろ!」
そして当たり前であるが、バルシャーとその参謀達がどのような心境で艦を後にしたかなど、『センクウNX』から降りてノアを迎えに行こうと通路を進むノヴァルナには、どうでもいい事であった。
旗艦『ヴァルヴァレナ』の内部は、主要システムを乗っ取ったカールセンが発令させた、偽の総員退艦命令を真に受けて、乗員達が右往左往していた。誰もが脱出ポッドエリアに向かうのに必死で、龍の絵を描いた真っ青なパイロットスーツ姿の、派手なノヴァルナを見掛けても、立ち止まって誰何を行うような余裕はない。
カールセンから、ノアがいると思われる独房区画の位置を口頭でも聞きはしたが、初めて乗る巨大な戦艦の内部が分かるわけがない。おそらく今、自分がいる場所から左前方百メートル強の三階層上辺りのはずだ。と言っても頭の中で直線的に想像しているだけで、実際の頼りは三メートルほど目の前の空中を進む、SSP(サバイバルサポートプローブ)である。
未開惑星パグナック・ムシュでノヴァルナとノアの手助けをしてくれたSSPは、『センクウNX』が回収された際、機内に戻してエネルギーチャージをしていたのだが、また大いに役に立ってくれる事となった。
“待ってろよ、ノア”
はやる気持ちを抑えつつノヴァルナは歩みを急ぐ。そうしながら、今回は自分でも無茶な作戦を立てた…と自省した。特にカールセンとルキナのエンダー夫妻には、命まで賭けさせている。
この事をノアが知れば、怒るに違いなかった。ノアからすればノヴァルナや、エンダー夫妻を助けるために自分を犠牲にしたのだから、それが無駄になるような真似を怒らないはずがない。
だが、“そんなもん、クソくらえ!”とノヴァルナは思う。
“半端な理屈もウォーダ家も、銀河系もクソくらえだ。ノアが怒ろうが、泣こうが、喚こうが、俺の隣にいるならそれでいい!”
しかし現実には不確定要素が存在する。独房に入れられていたノアを、ノヴァルナより先に連れ出そうとする者が彼女の元にやって来た。アッシナ家武官のレブゼブ=ハディールである。
レブゼブ=ハディールは『ヴァルヴァレナ』の総員退艦命令を聞き、脱出行にノアを連れて行こうとしていた。今後の身の振り方にノアの、正体はいまだ不明だがサイドゥ家の血筋に繋がっているらしい素性が、利用できると踏んでいるからだ。
「出ろ! 急げ!」
開いた独房のドアの向こうの両側に、ブラスターライフルを構えた二人の警備兵がおり、その背後にいるレブゼブが、やや身をかがめるようにしてノアに命じた。二人の警備兵は、医務室でノアが遺伝子検査を受けた時にいた二人である。レブゼブに買収された行きがかりで、そのまま従っているらしい。
「そうですか。どうやら…この艦は、危ういようですね」
「いいから、急げと言ってるだろう! 早く出ろ!!」
ノアはレブゼブを苛つかせるように、わざとゆっくり独房から出て来た。警備兵の一人が進み出て、ノアの両手首に荒々しく手錠を掛ける。
「一緒に来い! シャトルでこの艦を離れる!」
レブゼブが言っているのは、惑星アデロンを離れる時に使用した、恒星間シャトルであった。宇宙を漂って救助を待つだけの、脱出ポッドよりかは全然快適だ。なるほど二人の警備兵がレブゼブに従っているのは、その恩恵に預かりたいといったところか。
このまま生きていても、この男にいいように利用されるだけ―――それならば脱出を遅らせ、道連れにこの艦がダンティス家に破壊されるに任せるのも、星大名の娘として己が身の処し方の一つであろうか…レブゼブに連行されて通路を歩き始めるノアは、ふとそんな事を考えた。
しかしその直後、レブゼブはノアが驚くべき独り言を口にする。
「まったく…BSHOが単機で格納庫に突入して来るなど、正気の沙汰とは思えん! おまけに関白ウォーダ家の家紋を機体に描くとは…」
“えっ………”
レブゼブの言葉を聞いたノアは、その場で棒立ちになった。
関白ウォーダ家の家紋を描いたBSHO…いや、それよりも単機で敵戦艦の格納庫に突入して来るような、そんな馬鹿な真似をする人間はノアの知る限り、この世に一人しかいない。
唇が震え、胸が締め付けられる―――
背後の警備兵の「おい、何をしている。早く歩け」という声が、彼方から発せられたように聞こえて来る。
“ああ…そうよ、わかっていた。本当はわかっていたのよ…ノヴァルナが私を好きでいてくれる事を…絶対に私を助け出そうとする事を。私のために無茶をするノヴァルナを見たくないから、自分に対して諦めた振りをしていただけなのを………”
生きなくては―――
そう思った刹那、ノアの気力を蘇らせた双眸が鋭く光った。
▶#13につづく
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