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第14話:天下御免のアイラブユー
#10
しおりを挟むセシルのバルシャー艦隊への攻撃は、ノヴァルナに対する援護というだけでなく、それ自体が理にかなったものだった。アッシナ家本陣中央部に攻撃を継続中の、マーシャル率いるBSI部隊を横合いから狙撃しようという、バルシャーの左翼部隊の意図を正確に見抜き、その戦力を削り取る役に回ったのである。
そしてノヴァルナだが、ここでまたも傍若無人の本領を発揮させた。旗艦『ヴァルヴァレナ』のエネルギーシールドを消し去り、装甲板に穴を開け、中の装置を破壊したそこはBSI格納庫の扉であったのだ。
破壊した装置は開閉機構部であり、その機能を停止させたノヴァルナは、『センクウNX』の超電磁ライフルを一旦ウエポンラックに戻すと、空いた両手で格納庫の扉を強引に引きはがした。
『ヴァルヴァレナ』のBSI格納庫内に警報が鳴るが、『センクウNX』が扉をこじ開けると、瞬時に格納庫内の空気が艦外に抜け、備品類が吸い出されて警報音が途切れる。それと共に近くにいた護衛の戦艦が迎撃砲火を再開するが、ノヴァルナはこじ開けた格納庫の扉を盾代わりにしてビームを防ぎ、格納庫の中に転がり込んだ。
驚いたのは『ヴァルヴァレナ』の乗員である。格納庫自体に人はいなかったが、監視モニターの画面に、あろう事か敵のBSHOが乗り込んで来る映像が映し出されたのだから、愕然となって当然だ。
「てっ!…てて、敵のBSHOが本艦格納庫に侵入!」
予想外の出来事に『ヴァルヴァレナ』のオペレーターも舌をもつれさせた。
「なっ!…なんという無茶を!!」
ワドラン星人のバルシャーは、酸味のきつい臭いでも嗅いだように、コウモリのそれに似た鼻をひくつかせて叫ぶ。
「護衛の戦艦に攻撃をやめさせろ! 格納庫の中は無防備だ!」
副長が慌てて命令し、通信士が同じように慌てて僚艦に伝達する。迎撃のビームが格納庫の中に命中した場合は勿論、それ以上に恐ろしいのは、侵入したBSHOがビームを喰らって爆発した場合だ。格納庫には隣接して作業員の詰所が設けられてたが、そこにいた全員が泡を喰って逃げ出していた。当然それだけでなく、格納庫の周囲の人員は我先にそこから離れようと駆け出している。
一方、敵戦艦に『センクウNX』ごと乗り込んだノヴァルナは、格納庫の中をぐるりと見回し、呑気そうに言った。
「ふーん。俺の『ヒテン』より広いじゃねーか」
ただノヴァルナが呑気そうなのはその口調だけで、『センクウNX』はウエポンラックからポジトロンパイクを掴み取って身構える。そして格納庫の壁に、ザクリとその刃先を突き刺した。
「敵が! 格納庫の敵がポジトロンパイクで壁を突き刺し始めました!!」
警報が鳴りやまない艦橋で、オペレーターが悲痛な声を上げる。
「奴め! この艦を中から破壊する気か!!」と副長。
「応戦する手立てはないのか!!??」
バルシャーは表情を強張らせて副長に詰問した。副長は困惑した顔で応じる。
「それが、全くの想定外の事ですので…陸戦隊を向かわせて、ビームランチャーで攻撃する程度の手段しかありません」
「なら、そうするのだ。急げ!!」
「ですが、これだけ暴れられては、迂闊に近付けは…」
「構わん! やれ!!」
バルシャーが声を荒げて命じた直後、すると今度は電探士官が叫び声を上げた。
「敵接近! 探知方位162マイナス6。ダンティス軍別動隊です! 急速接近中!!」
「なんだと! どこにいたのだ!?」
「それが、味方の重巡航艦を捕えて盾代わりにしていたため、発見が遅れたようで…」
オペレーターの報告をほとんど聞かず、バルシャーは血相を変えて命じる。
「言い訳などいい! 迎撃だ。盾にされている重巡ごと撃破して構わん!」
それは明らかにバルシャーを含む左翼部隊司令部の怠慢の結果であった。本陣からダンティス軍別動隊の撃破を命じられていながら、後衛部隊に任せておけば大丈夫だろうとたかをくくり、その動きに大して注意を払わなかったのである。おまけにノヴァルナの『センクウNX』が艦内に飛び込んだ騒ぎで、完全に気を取られていた隙を突かれた形だ。
バルシャーの命令で、『ヴァルヴァレナ』の護衛に就いていた六隻の戦艦が、その場で回頭を始める。周囲の巡航艦や駆逐艦も、進路上に立ち塞がる行動をとった。だがそれに先んじてカールセン率いる第36宙雷戦隊は、工作艦『デラルガート』を残し、盾にしていた重巡航艦の陰から飛び出した。12隻の艦が時計の文字盤のように円を描いて、ピタリと美しく並ぶのは、全ての艦がアンドロイドで運用しているからであろうか。
「宙雷戦隊、全魚雷、全誘導弾発射!!」
カールセンの号令と共に、二隻の軽巡航艦と十隻の駆逐艦が、ここまで使用をなるべく控えていた宇宙魚雷と、対艦誘導弾の全てを撃ち出した。その数は合わせて三百を超えている。
「なんだ、あの数は!」
「迎撃! 迎撃急げ!!」
ここに辿り着くまで魚雷や誘導弾をそれなりに消費しているであろう、と考えていたアッシナ艦隊の乗員達は、36宙戦が放った魚雷と誘導弾の数に慌てた。36宙戦のアッシナ家本陣左翼部隊突入時に、ノヴァルナが『センクウNX』で敵艦の重力子ノズルを撃ち抜き、航行能力を奪ったのも、このための布石であったのだ。
宇宙が真空でなければ、唸りを上げるのが聞こえて来そうな数の宇宙魚雷と誘導弾に、各艦は旗艦の『ヴァルヴァレナ』より、自分の身を守る事に集中する羽目になった。
しかも36宙戦が巧妙であったのは、周囲の巡航艦や駆逐艦を狙ったのが対艦誘導弾で、より高性能で迎撃の困難な宇宙魚雷の全てが、『ヴァルヴァレナ』を護衛する六隻の戦艦に殺到した事である。
自律思考AIを搭載した宇宙魚雷に、一隻当たり三十発前後もの数で襲われては、いかに多数の兵器を搭載している宇宙戦艦といえど防ぎきれるものではない。
「駄目です! 防ぎきれません!」
「総員、何かに掴まれ! 被弾に備えよ!!」
モニターを凝視するオペレーターの叫び声に、艦長が表情を強張らせて指示を出す。旗艦を護衛しなければならない立場上、6隻の戦艦は回避運動もままならず、迎撃システムとアクティブシールドを掻いくぐって来た宇宙魚雷に、次々と艦腹を喰い破られた。
ただ第36宙雷戦隊にも被害が出ている。3隻の駆逐艦が戦艦の主砲射撃をまともに喰らい、一撃でエネルギーシールドごと粉々に吹き飛ばされたのだ。宙雷戦隊とは肉迫してこそ戦艦部隊とも互角に戦い得るが、遠距離砲戦では勝ち目がない存在である事の好例だった。
陽電子ブレーカーによって艦の表面を防御するエネルギーシールドを消滅させ、装甲板に食い込んだ小型の反陽子弾頭が大爆発を起こして、その際に対象物の内部に強力な電磁パルスを放出する宇宙魚雷が、三本、四本と命中すれば、戦艦とてただでは済まない。巨大な岩石が大地震に揺らぐように、複数の火柱を噴き出した6隻の戦艦が身震いを引き起こし、射撃をはじめとするあらゆる機能を麻痺させて漂いだしだ。
▶#11につづく
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