銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第14話:天下御免のアイラブユー

#09

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「来るぞ! 迎え撃て!」

 ノヴァルナに先行して待ち構えていたのはBSI『ヤヨイ』が5機、ASGUL『アールゼム』が7機、それらが一斉に立ち向かって来る。旗艦『ヴァルヴァレナ』とその護衛艦からの迎撃砲火と合わせれば、相手がBSHOであっても一機だけならどうにか勝てる戦力だった。

 だがそのBSHOを操縦している人間が、尋常ならざる技量の持ち主であれば、また話は違って来る。例えば卓越した才能に加え、日頃を傍若無人に振る舞う事の見返りに、自分に人知れず血の滲むような訓練を課している若者だ。

 ノヴァルナは接近して来る敵機に対し、NNLのサイバーリンクで、複数の目標に同時照準するイルミネーターを使用した。先に照準センサーにロックオンされた事を感知した敵機は、一斉に散開する。しかしそれは単なる威嚇だった。そもそもイルミネーターを使用する誘導弾は、BSHOの標準的なオプション装備の一つだが、この世界では三十年以上昔の機体である『センクウNX』に装備可能な誘導弾を、ダンティス家は所有していないのだ。
 
 ただノヴァルナの目的はその威嚇であった。一斉に散開した敵機のど真ん中を、ノヴァルナは速度も緩めず一直線に突き抜ける。何十秒かの無駄な動きでも『センクウNX』はもはや彼方だ。取り残された『ヤヨイ』のパイロットが呻くように言う。

「しまった!」

 これでは何のために先行して待ち構えていたのか分からない。案の定、ノヴァルナの後を追撃していた『ヤヨイSC』のハーマスが怒鳴り声を上げた。

「何をやっている! すぐに追え!!」



 するとこの時、上手い具合にアッシナ家の左翼部隊に、ダンティス家の本隊―――副将セシルが指揮を代行している部隊からの攻撃が集中し始めた。
 アッシナ家左翼部隊は本陣の総司令部からの命令で包囲戦術を諦め、本陣部隊に合流しつつ、マーシャル=ダンティスが直率するBSI部隊を狙撃しようと動いていたが、それをさらにセシルの部隊が叩こうとしていたのである。

 もっともセシルはノヴァルナ機の動きも掴んでおり、援護射撃の意味合いもなくはなかった。その証拠にセシルから直接通信が入って来て、ノヴァルナに告げる。

「あなたが本物の関白かどうかはともかくとして、おかげで助かったわ。これはほんのお礼よ。こちらで敵艦隊を引き付けるから、その間に目的を果たして」

 セシルの通信に対して、『ヴァルヴァレナ』とその護衛艦群が目の前に迫っているにも関わらず、ノヴァルナはどこか冗談めいた口調で応答した。

「すまねーな、姐さん。助かる!」

「あたしだって女の子だもの。お姫様を悪人から助け出しにいく王子様ってシチュエーション、燃えるじゃない」

「アッハッハッハ! 姐さん、あんたイイ女だぜ!」

「そのセリフ、マーシャルの唐変木にも聞かせてやりたいものね。じゃ、頑張って!」

 セシルも陽気に応じて通信を終えると、その艦隊からの砲撃が激しさを増したように見える。一挙に3隻の重巡航艦が爆発し、たまらず宙雷戦隊が二つ、左翼部隊から分離してセシルの本隊に突撃を開始した。攻撃を逸らそうとしているのだろう。その分ノヴァルナ機への、迎撃砲火の数が減る。

 そしてノヴァルナは迎撃砲火を掻いくぐり、遂に『ヴァルヴァレナ』と護衛の戦艦の間への突入に成功した。その間隔は三千メートルで広いように感じても、高速高機動のBSIやBSHOからすれば、僅かな操縦のミスが命取りになるため、常識的には侵入出来ない空間である。
 しかしそこは迎撃砲火が行えない空間でもあった。これほど艦と艦の間が狭いと、迎撃用の小口径ビーム砲でも、艦の表面を防御するエネルギーシールドにダメージを与え兼ねず、当たりどころが悪ければ、思わぬ大きな被害を受ける場合があるからだ。

「アクティブシールドで重力子ノズルをカバーしろ! 奴の狙いはそこだ!!」

 たとえどのような巨大戦艦であれ、航行用の重力子ノズルにはエネルギーシールドを張る事は出来ない。そのためにBSIユニットが対艦戦闘を行う場合、最初に狙うのが重力子ノズルなのが一般的な戦法である。事実、アッシナ家の宙雷戦隊と戦った時のノヴァルナも、撃破より敵艦の重力子ノズルを撃ち抜いて航行不能にする戦法を取っていた。

 戦艦だけあって大型のアクティブシールドが8枚、艦尾に4本突き出している『ヴァルヴァレナ』の、黄色い光を帯びた重力子ノズルの周りで防御態勢を取る。ところがノヴァルナは重力子ノズルではなく、『ヴァルヴァレナ』の艦腹やや下側を狙った。バックパックのさらに背後に背負っている2基の対艦誘導弾を至近距離から発射する。エネルギーシールド貫通機能がある誘導弾は、弾頭部分が艦腹に直接突き刺さって大きな爆発を起こした。

 さらにノヴァルナはエネルギーシールドを失い、装甲板のめくれ上がった箇所に両手の超電磁ライフルの徹甲弾を撃ち込んだ。開いた穴の中から何かの大きな装置が現れ、それにも銃弾が浴びせられる。『ヴァルヴァレナ』の艦橋が僅かに震動し、警報が鳴り響くとオペレーターが被害を報告した。

「敵のBSHOに取り付かれました! 外殻エネルギーシールド一部喪失。装甲板破壊!」

 それを聞き、副長より先に司令官のスルーガ=バルシャーが叫ぶ。

「ええい。たかが一機、何とかしろ! BSI部隊はどうした!!??」

 そこへ追いついたアッシナ軍のBSI部隊が、ノヴァルナと同じように艦と艦との間に飛び込んで来た。向こうも無茶は承知のようだ。ジンツァー=ハーマスは『ヴァルヴァレナ』が母艦であるから必死になるのも頷ける。だがやはり無謀な行動である事は確かで、急角度で飛び込んで来た攻撃艇形態のASGULが一機、操縦桿の戻しが間に合わなかったらしく、『ヴァルヴァレナ』の上部に激突して砕け散った。

「全機、艦との距離に注意!」

 ハーマスが当たり前の指示を出した直後、ノヴァルナはすかさずBSI部隊に超電磁ライフルを連射した。艦と艦との間隔が狭い空間で固まっていては回避も出来ず、BSIの『ヤヨイ』が1機、ASGULの『アールゼム』が2機、閃光に包まれて粉々になる。その上爆発した機体の腕と衝突した『アールゼム』がさらに1機、反動で『ヴァルヴァレナ』の対面にいる戦艦にぶつかって爆発を起こした。

「くそっ! だが動きが限定されるのは奴も同じだ! 怯むな!!」

 ハーマスは眉間に深い皺を刻んで叫ぶ。しかしその言葉を言い終わらないうちに、さらにBSIの『ヤヨイ』が1機、『センクウNX』の銃弾に仕留められた。いくら回避に制限が掛かるとはいえ、恐るべき射撃の腕だ。

「撃て。一斉射撃!!」

 ハーマスの命令で、各4機にまで減ったBSIとASGULが、超電磁ライフルとビーム砲を放った。ノヴァルナ機は真横に高速移動して回避しようとする。だがそこには護衛の戦艦の艦腹があった。ハーマスは内心でほくそ笑む。

“よし。奴も艦に激突だ!”

 ところが次の瞬間、『センクウNX』は思いも寄らぬ行動を取った。回避行動を取りながら機体の向きを変え、両脚をその戦艦の艦腹に置くと、足裏に反転重力子の黄色い光のリングを発して蹴り付けたのだ。

 ノヴァルナ機の動きは戦艦の艦腹を利用する跳躍だった。ビーム攻撃などから外殻を防御するためのエネルギーシールドの反発力と、足裏にピンポイントで発生させた反転重力子の相互作用で、激突を回避するどころか推進力を得ていたのである。

「なんだあの動きは!?」

 愕然とするハーマスに対し、『センクウNX』は二つの戦艦の間を飛び跳ねながら、銃撃を再開した。瞬時にBSIが3機、ASGULが3機も破壊される。一方のハーマス達も撃ち返すが、こちらは全く当たる気配がない。

 実はこの動き、ノヴァルナがマーシャルとダンティス艦隊の中で、実戦さながらの模擬戦闘を行ったあと、思いついていたものだったのだ。そしてその時ノアに指摘されていた、操縦に隙が出来る癖も直したため、機体の動きには全くの無駄がなかった。恐るべき適応力と言えよう。

「おっ…おのれ、こいつバケモノか!!」

 怒りというより恐怖に駆られ、ハーマスは当たらない超電磁ライフルを放り出し、ポジトロンパイクを起動して単機で突撃を仕掛けた。しかしその動きは直線的に過ぎ、ひらりとかわしたノヴァルナ機の脇をすり抜けて、自らの母艦である『ヴァルヴァレナ』の艦腹に、ポジトロンパイクを突き刺してしまう。そこをノヴァルナ機にライフルで撃たれ、ハーマスの『ヤヨイSC』はあえない最期を遂げた。

 指揮官機を失った生き残りのBSI部隊は、戦意を失って一斉に逃亡する。ノヴァルナは逃げる敵機には目もくれず、ライフルの銃口を『ヴァルヴァレナ』の艦腹―――先程の攻撃でエネルギーシールドを喪失させた箇所に向けた。再び始まる被弾の震動と、警報音にバルシャーは苛立ちの声を上げる。

「BSIは!…BSIはどうした!?」

「せ、戦意を失って撤退したもよう!」

「たわけめが。逃げた奴は後で銃殺にしてくれる。別のBSI部隊を呼び戻せ! それから迎撃砲火を再開しろ。こちらの戦艦に多少の損害が出ても構わん!」

「り、了解であります」

 副長が応答した直後、艦橋から望む前方で大きめの閃光が走った。セシル艦隊からの攻撃に、味方の艦が破壊された閃光だ。かなり近い。

「巡航戦艦『コーゴラス』爆発!」

 バルシャーの苛立ちがさらに募る。

「敵の中央艦隊との間にもっと厚みを持たせろ! これではマーシャルの直率部隊を叩く前に、こちらが叩かれるではないか!」



▶#10につづく
 
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