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第14話:天下御免のアイラブユー
#08
しおりを挟む本陣援護の命令に反したウル・ジーグ艦隊の停止により、必然的にそれを監視する役目を与えられていたセターク家の応援部隊も停止する。それは可能性として考えられていた事であった。
ところがそれを見て、本陣合流を命じられていた同盟軍の、イヴァーキン家とニケード家の部隊までが動きを止めたのである。
「だっ! 第四陣が、全て動きません!!」
アッシナ家総旗艦『ガンロウ』の艦橋で、オペレーターが狼狽した声を上げて振り返る。
「何だと!! そんな馬鹿な事があるか!!」
叫んだのは当主のギコウと側近のオゥナムの二人同時であった。古くからの同盟軍として当てにしていた両家に、肩透かしを喰らう形となったのだから当然だ。だがこれは、ギコウやオゥナムが迂闊だった。アッシナ家譜代の重臣マッシュ家とヒランディア家が、世代交代をして考え方を変えたのであるから、家臣でもない独立管領のイヴァーキン家とニケード家も、その時々で考えを変えてもおかしくはない。
彼等も須らく自分の家の発展を第一に考えており、これまで両家が戦場においてアッシナ家に協力していたのは、アッシナ家の勝ち戦だったからである。もしここで本陣救援に向かい、大きな損害を出した上にアッシナ家が敗退するようなら、次に訪れるであろうダンティス家によるムツルー宙域の仕置きで、自分達の身を守る事もままならなくなるだろう。
そう言った点で、星大名や独立管領が群雄割拠する、ムツルー宙域に住む彼等の“嗅覚”には鋭いものがあった。ウル・ジーグら重臣達の離反があからさまとなったアッシナ家から、死臭を嗅ぎ取ったに違いない。
「即時前進して、本陣戦力と合流するよう、もう一度命令を出せ!」
オゥナムは額に脂汗を浮かべて、通信参謀に告げた。しかし程なく通信参謀は、茫然となって報告する。
「駄目です。イヴァーキン艦隊もニケード艦隊も、通信が繋がりません」
しかも凶報はそれだけにとどまらない。
「本陣右翼部隊が、こ、後退を始めました」
「ハリュスの部隊もか!?」
本陣右翼を指揮していたシルバ=ハリュスは、“アッシナ家四天王”と同格以上の地位にいる重臣だった。だがこの武将の場合は少々事情が違い、ギコウ=アッシナに対する不満ではなく、筆頭家老ウォルバル=クィンガとの権力争いに敗れ、以来、艦隊司令職のみに固定されて、政治的権限を奪われた事への遺恨である。
崩壊を始めていく戦線に、ギコウとオゥナムをはじめとするアッシナ家総司令部は、狼狽を隠せなくなった。
「イヴァーキン艦隊とニケード艦隊に、どうにか連絡できんのか!」
「無理です!」
「無理でもなんでも、連絡を繋げ!」
「旗艦後退! 『ガンロウ』後退しろ!! ダンティスのBSI部隊を近付けさせるな!」
「独断後退中の右翼部隊から艦艇を引き抜け! 敵前逃亡は銃殺だと脅してもいい!!」
「速射力の高い駆逐艦を集めて、敵のBSIを狙撃させろ!」
参謀達が必死に指示を出すが、この事態を収拾するには程遠い。右翼部隊が後退を始めた事による混乱で、さらに多数のアッシナ軍艦艇に被害が出る。次々ともたらされる味方の損耗に、サラッキ=オゥナムは表情を青ざめさせてギコウに進言した。
「こうなれば左翼部隊と、セターク家の応援部隊を本陣に合流させるしかございません」
「だ…だが、ウル・ジーグの奴はどうする? セターク家の艦隊を我々と合流させては、あ奴を監視する者がいなくなるのではないのか?」
オゥナムの進言を問い質すギコウの顔も青ざめている。
「もはや集めるられるだけの戦力を集めて、マーシャル=ダンティスを討ち果たすのが、先決にございます。あ奴を始末さえすれば、この戦いの後でどうとでもなりましょう。ウル・ジーグが首都星系のワガン・マーズを占領するようならば、セターク家のギージュ様にお出まし頂いて、これを一掃するもよし」
「なに、父上にか…」
オゥナムに実家の父親であるギージュ=セタークの名を出され、ギコウは安堵と恥辱の入り混じった複雑な表情を浮かべた。人格よりもセタークの家勢によって、アッシナ家の当主に選ばれたのは自分でも理解しているが、戦場でもその威を借りねばならないのは不本意なのだろう。ただ、ダンティス家に追い詰められ始めた今の状況で、そこまで我を通すほど、ギコウも愚将ではなかった。
「うーむ…わかった。任せるぞ、オゥナム」
「御意」
「それで?…それで、どうする? マーシャルの本隊がそこまで迫っているぞ」
ギコウは僅かに震える指先を、艦橋中央の戦術状況ホログラムに向けて問う。
「この『ガンロウ』の周囲をセターク艦隊で固め、本陣の全艦でマーシャルのBSI部隊を食い止めます。そして左翼のバルシャーの艦隊とBSI部隊で横合いから仕掛け、マーシャルのBSHOに攻撃を集中するのです」
オゥナムの提案に、ギコウが飛び付くように認可を与えたその時、ノヴァルナのBSHO『センクウNX』は、アッシナ家左翼艦隊の間をすり抜け、左翼部隊旗艦『ヴァルヴァレナ』を目指していた。周囲の艦艇からは間断なく迎撃のビームが放たれ、誘導弾が飛来するが、一見するとまるででたらめな飛行軌道を描く『センクウNX』は捉えられない。
その後方からは、アッシナ家左翼のBSI部隊指揮官、ジンツァー=ハーマスの親衛隊仕様機『ヤヨイSC』が追撃して来ていた。
「はん! 分かり易い待ち伏せだぜ」
後方監視用のホログラムスクリーンに映るハーマスの機体を見据えて、ノヴァルナは軽く言い放つ。あれだけいた追撃機が一機しかいない上に、最初からこちらの進行方向に超電磁ライフルの射撃を加え、針路を変えさせる動きばかりでは、待ち伏せ部隊の配置が完了するまでの牽制だと教えてくれているようなものだ。
ノア・ケイティ=サイドゥが捕らえられているはずの『ヴァルヴァレナ』は、『センクウNX』から見て上方に浮かんでいる。アッシナ家の連中もノアの素性を調べるであろうから、まだ生かされてはいるに違いない。ただそうかと言って時間的余裕はあまりなかった。ダンティス家が逆転した戦況で、『ヴァルヴァレナ』がノアを捕えたまま撤退したり、破壊されたりしようものなら、ノアを取り戻す事は不可能となるからである。
ノヴァルナ機の接近は『ヴァルヴァレナ』でも察知していた。ノアと共に捕らえられたオーク=オーガーの大暴れで、医務室に運ばれた艦長の代わりに指揮を執っている副長が、報告を受けて、周囲の護衛艦に艦の間隔を詰めるように要請する。量産型BSIより遥かに戦闘力の高い、将官用BSHOは一機でも脅威だからだ。6隻の戦艦が『ヴァルヴァレナ』との間隔を三千メートル程度にまで縮め、さらにその周囲をハーマス配下のBSIとASGULが固める。
無論そのような防御陣形に躊躇うノヴァルナではない。左翼部隊の中心へ、下方から潜り込む形になっていた『センクウNX』の両手に再び超電磁ライフルを持たせると、クルリと後方に機体を翻して、まず追撃して来ていたハーマスの『ヤヨイSC』に三発の銃撃を行う。
無造作な機動であるのに正確な照準に驚いたハーマス機が、必死に回避行動を取る間にノヴァルナは『センクウNX』を、『ヴァルヴァレナ』に向けて一気に急上昇させた。
▶#09につづく
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