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第14話:天下御免のアイラブユー
#03
しおりを挟む「BSHO『ゲッコウVF』、発進しました!」
オペレーターの報告の直後、セシル=ダンティスは右舷側の近くに浮かぶ総旗艦『リュウジョウ』の艦底部から、艶黒の人型機動兵器が、6機の親衛隊仕様『ショウキ』と共に発進するのを見詰めた。7機は重力子の黄色い光のリングを輝かせ、矢のように一直線に飛び去って行く。
「それにしても、まぁ―――」
とセシルは呆れたように言い掛け、それを同じ気持ちの、工作艦『デラルガート』に座乗するカールセンが、やはり呆れた表情で繋ぐ。
「―――降伏を迫る方も迫る方だが、それを簡単に受ける方も受ける方だわな」
いくら話が早いからと言っても、ノヴァルナとマーシャルのやり取りは常識外れもいいところである。普通なら一国の運命を左右するような決断を、二言三言で済ませたりはしない。これもまた、時代が生んだ風雲児同士にしか理解し合えない、波長の同期であろうか。
マーシャルの『ゲッコウVF』とその部下達が飛び去った先の宇宙で、彼等が起こしたと思われる爆発の閃光が連続するのを眺め、セシルは苦笑いを浮かべて呟いた。
「なーんか…妬けちゃうわね」
とは言え、セシルもマーシャルから全軍の指揮権を委託された以上は、やり遂げねばならない事は山ほどある。すぐに表情を引き締め、通信士官に命令を下す。
「司令部を移す。参謀達をホログラム招集せよ」
NNLが正常な状態に戻ったからには、一番効率のいい手段を取るのが当然だった。セシルの指示で座乗艦『アング・ヴァレオン』の司令官席―――つまりセシル自身と彼女の参謀達の周囲に、マーシャルの総司令部にいる参謀達が立体映像で加わる。その逆に総旗艦『リュウジョウ』の艦橋には、セシルと彼女の参謀達が立体映像で乗り込んでいるはずだ。
「各艦隊司令は状況報告」
それを聞いた参謀達が素早く動き出す。個々の艦艇や艦隊の戦闘は、それぞれの艦長や戦隊・艦隊司令官の職務であり、任せておけばよい。総司令官代理となったセシルは、それ以上のレベルで軍を掌握しなければならないのだ。
すぐに報告があり、壊滅寸前の先鋒部隊と第4艦隊をはじめとして、各艦隊とも相当な損害を受けてはいるが、艦隊司令官は座乗艦ごと全員が健在である。
“これなら、充分に戦える!”
セシルはマーシャルよりはやや控え目だが、それでも同じような挑戦的な笑みを浮かべた。
俄然反撃の機運が高まったダンティス軍に比して、アッシナ家はいまだに混乱を続けていた。戦術状況ホログラムを含む、敵味方の識別に関わるすべてのモニター類が表示していた、敵ダンティス家の『銀河に二羽飛雀』が、一瞬で銀河皇国関白家の『流星揚羽蝶』に切り替わり、さらに『ウォーダ家直参』の文字が加わったのであるから当然だ。
「なんだ!? いったい何が起こっている!? オゥナム!!」
何が何やらまるで訳が分からないアッシナ家の当主ギコウ=アッシナは、引き攣った表情で殊更大きく名前を呼び、側近に説明を求めた。だが軍師気取りのサラッキ=オゥナムにも、敵軍に“本物の”ノヴァルナ・ダン=ウォーダが加わっている事など、想像がつくはずもない。
「わっ…分かりません!」
場当たりの推論すら思いつく事が出来ず、オゥナムは口からつい本音を漏らした。艦橋から見える前方の宇宙空間では、反撃を一斉に開始したダンティス軍の砲火が、その背後に浮かぶ発光星雲より明るく輝く。
元々小心で神経質なギコウは、ヒステリー状態に陥ってオゥナムを詰問し始めた。
「分からないでは済まんわ! 我がアッシナ家は関白殿下より、ムツルー宙域支配を安堵されているのではないのか!!??」
「はっ!…ははっ!! それは間違いございません!」
「ではこれは何だ!! ダンティス家が関白家直参などと!…これでは我らは、銀河皇国に仇成す逆賊ではないか!! ダンティス家が密かに関白殿下と何等かの取引を行って、直参の座を得たのではないのか!!??」
「はっ、いえ、決してそのような事は…」
ギコウの疑いは尤もであったが同時に非論理的というものだ。戦略上関白家がアッシナ家や、その同盟であるセターク家などにNNLの封印解除キーを渡し、宙域を安堵しているのは、そうする事で現在の関白家最大の敵であるタ・クェルダ家、ウェルズーギ家、ホウ・ジェン家の新三国同盟を牽制、挟撃出来るからだ。
それを捨ててまで、ダンティス家と手を結ぶ理由は関白ウォーダ家にはない。アッシナ家らを敵に回せば、後背に不安がなくなる新三国同盟が有利になるだけであった。混乱したこの状況でもそれは必然と言える。
ともかく疑わしいのはダンティス軍別動隊にいたという、関白嫡流の金紋を表示するBSHOだった。その機体もしくは別動隊が、電子戦に類するものを仕掛けた可能性がある。
するとその狼狽したギコウの元に第二陣司令官のアッシナ家宰相、ウォルバル=クィンガから通信が入る。
「ギコウ様。まずはお鎮まりを」と切り出すクィンガ。
「おお、クィンガ。無事であったか!」
この局面でオゥナムはあまり当てにならないと感じたのか、ギコウはオゥナムらの讒言を鵜呑みにした自分が、クィンガを第二陣司令官にして遠ざけたのも忘れたかのように、強張っていた頬の筋肉を緩めた。
「これはダンティス家による、苦し紛れの策でございましょう。アッシナ家のムツルー宙域安堵は、私自らが皇都キヨウに赴いて、関白ノヴァルナ殿下より直接賜ったもの。揺るぎなき事実にございます」
「そうか。うむ、そうであったな」
何度も頷きながらギコウは応じる。
「かつての“大うつけ”と呼ばれた、オ・ワーリ宙域のみのご支配時代ならともかく、今や銀河皇国関白の座にあるノヴァルナ殿下が、我等をそのような姑息な手段で、裏切りあそばすはずはないと考えまする」
「そうだ。その通りだ」
クィンガの言葉に容易く納得するギコウに、オゥナムは顔を背けて小さく舌打ちした。この凡庸さゆえに、父親であるセターク家当主のギージュも、ギコウをアッシナ家当主として独り立ちさせるより、真意を伝えず自らの傀儡にしようとしているのだ。これでまたクィンガがギコウの信を得るようになると、後々やりにくくなる…
そのようなオゥナムの不満をよそに、ギコウは気を持ち直して言い放つ。
「よくぞ言ったクィンガ! 皆の者、これは敵の奸計だ。惑わされずに戦いに専念せよ!!」
とは言うものの、そういった言葉は高いカリスマ性を持つトップが、乾坤一擲の場面で放ってこそ、指揮下に置く全ての人心を同調させ得るものである。
当主マーシャルの言葉に勢いづいて前進を開始した、一枚岩のダンティス軍宇宙艦隊に対するには、凡将の言葉では盾にならない。マーシャル本隊の矢面に立たされた、アッシナ家本陣前衛が早くも崩壊し始める。
そしてそれに呼応したのが、アッシナ家本陣の左翼を狙っていたノヴァルナの『センクウNX』と、第36宙雷戦隊だった。星間ガスの中に稲妻が走るような機動で『センクウNX』は、左翼部隊を構成する宇宙艦の間に突っ込んで行く。機体を駆るノヴァルナは、口元に浮かぶ不敵な笑みと裏腹に相貌が鋭い。
“目指すはノアを捕えてる戦艦だ。一点突破で行くぜ!!”
▶#04につづく
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