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第13話:球状星団の戦雲
#25
しおりを挟むさらに一隻の戦艦が航行不能に陥る中、マーシャルは無言で腕組みをしていた。やがてこちらの周囲の戦艦の射撃も命中弾数が増え始める。それを見て、マーシャルの左目が視線を艦長の背中に向くと、艦長はまさに次の瞬間、『リュウジョウ』の主砲射撃開始を命じた。
「主砲、撃ち方はじめ!」
「てぇーーーッ!!!!」
『リュウジョウ』の砲術士官が叫び、2連装18基36門の200ミリハイパーブラストキャノンが、黄色い光を纏ったビームを放つ。それはタルツ=サーゼスの旗艦が、艦の左側に並べて浮かべているアクティブシールドを、一撃で過負荷状態にした。その事実をオペレーターから知らされたタルツは、歯を喰いしばる。
「ぬうぅ、この威力…モルガミス家の艦隊と、単艦で互角に撃ち合った噂はまことか!」
そこにさらに第二撃。アクティブシールドは貫かれて崩壊し、旗艦に受けた命中弾が、大きな地震のような激しい衝撃を与えた。艦本体のエネルギーシールドも一瞬で過負荷状態に陥る。タルツのいる艦橋でも、警報が鳴り響き、非常事態を知らせる赤色灯が瞬いた。
「シールドの過負荷状態、解消急げ!」
「こちらダメージコントロール。艦の各所で電磁障害が発生しています!」
「シールドの回線からのオーバーフローだ。遮断するかバイパス回路を使え!」
「電磁障害で射撃センサーの数値が狂っている。至急再演算しろ!」
報告や指示が飛び交う艦橋で、タルツが声を荒げる。
「撃て、撃ち返せ! マーシャルの旗艦だけを狙えばいい!」
タルツの旗艦とそれに続く4隻の戦艦が主砲を撃ち返した。指示通り目標はマーシャルの座乗艦『リュウジョウ』だ。ところがその射線上に、周囲にいるダンティス軍の戦艦3隻が割り込んで来て、そのビームを盾になって受け止めた。左舷側エネルギーシールドが弱体していたのか、1隻が穴だらけになって漂流を始める。
「なに!?」
目を見開くタルツの前で、マーシャルの『リュウジョウ』の主砲が再び火を噴いた。だがその主砲射撃のビームが向かったのはタルツの旗艦ではない。その後方にいた別の戦艦のアクティブシールドを撃ち抜く。
「どういう事だ?」
客観的に見て、まだ戦闘力を充分有している自分の艦を放置し、後続艦を射撃するマーシャルの総旗艦に唖然とするタルツ。だがマーシャルからすれば、旗艦同士の撃ち合いはもう終わっていたのだ。
マーシャルの総旗艦が射撃をタルツの旗艦の後方にいる、別の戦艦に目標を変えた理由。それはすぐに判明した。タルツ自身の身をもってである。
「とにかくマーシャルの艦を叩け! ここで退いては―――」
そう言い掛けたタルツは直後に起きた衝撃に転びそうになった。しかも衝撃は一つではなく、続け様に艦を激しく揺さぶる。戦艦の砲撃を喰らった衝撃だ。そしてその砲撃は、マーシャルの総旗艦に随伴している周囲の戦艦群からのものである。マーシャルの目的…と言うより、『リュウジョウ』の艦長の目的は、タルツの旗艦を撃滅するまで撃ち合うことではなく、その防御力を奪う事であったのだ。
そしてアクティブシールドの破壊どころか、エネルギーシールドの防御力まで低下させられたタルツの旗艦に、『リュウジョウ』の周囲の戦艦から主砲射撃が集中する。まばゆい閃光、激しい火柱、乗員の呼吸器を焼き尽くして命を奪う高熱煙が、タルツの旗艦の内部で荒れ狂い、人も装置も呑み込んでいく。
強力なボディブローを打ち込まれたボクサーのように、二度、三度と艦体を跳ねさせたタルツの旗艦は、その直後に大爆発を起こした。
「ば、馬鹿なぁーーーッ!!!!」
艦橋の床が抜け、開いた穴から巻き上がる紅蓮の炎に包まれたタルツ=サーゼスは、断末魔の雄叫びと共に、意識と生命を霧散させる。
いくらNNLのシステム障害に苦しんでいるとは言え、ダンティス軍の残存戦艦と、タルツの戦艦戦隊では数自体が違うのである。ましてやタルツ艦隊が実戦経験に乏しいのはすでに述べた通りだ。冷徹な言い方をすればこの結果は最初から見えていた。
マーシャルの『リュウジョウ』が桁違いの主砲の破壊力で、最後の5隻目の戦艦のエネルギーシールドを奪い去ると、そこで折り返して今度は敵戦艦自体を叩き始める。
「逃げるヤツは放っておけ」
マーシャルはそれだけ指示すると前方を見据えた。結局、タルツの戦艦戦隊は1隻だけが生き残って、よろめくように逃亡して行く。するとマーシャルが見据える前方に、新たに閃光が無数に輝いては消える光景が見えて来た。目指していたセシルの艦隊が戦っている場所だ。アッシナ家の第二陣を突破に成功したのである。通常の電波通信が可能な距離となり、早速セシルから強気な連絡が飛び込んで来た。
「どうしたの? ダンティス家のご当主様が、何かご用かしら? いま忙しいんだけど」
セシルのからかうようでいてその中にも安堵感を帯びた言葉に、マーシャルは僅かに笑みを浮かべて、こちらも冗談で応じる。
「なに。ちょっとご機嫌伺いにな」
「あら。お優しいこと」
軽口と裏腹に、セシル艦隊の状況はひどいものであった。全部で44隻いた臨時編成の艦は、残り15隻と潰滅寸前だ。
「すまんな」
「いいえ」
今度は少し真面目な口調でやり取りする。軽口のやり取りより言葉は少ないが、セシルはここで踏みとどまって粘った事が、正しく報われた思いがした。
「任されてくれるか?」
それは残存艦隊の指揮を執ってくれという意味のマーシャルの言葉だった。もちろんセシルに異存はない。マーシャルが敵中を強引に突破して来たのも、それが目的だとはじめから理解している。ただその辺りはいつもの間柄に戻って素直には応じない。
「しょうがないわね。あとで一杯おごってもらうから」
「ああ。朝まで飲み明かそうぜ。じゃ、宜しく頼む」
挑戦的な笑みでセシルとの通信を終えると、マーシャルは席を立った。
「合流後、直ちに指揮権を委譲する」
参謀達に告げ、自らのBSHO『ゲッコウVF』へ向かおうとするマーシャル。するとそこに通信士官から声が掛かった。
「マーシャル様。超空間通信が入っています」
「超空間通信?…アッシナの連中が降伏勧告でも送って来たか」
現在、自分達の軍はシステム障害で、いまだに超空間通信が送れない状態である。そこに送信して来られるのは、障害を受けていないアッシナ家からのものに違いないと、マーシャルは思ったのだ。
「いえ。それが別動隊からです」
「なに? 別動隊はシステム障害が直ったのか?」
「わかりません。向こうは“俺だ”と少年の声で、マーシャル様を“出せ!”と居丈高に…」
通信士官が困惑した表情で伝えるのを見て、マーシャルは苦笑いとため息を同時に行った。そんな態度を取るのは、あのノヴァルナを名乗るガキしかいない。
「この忙しい時に、困ったガキだ…よし、繋げ」
すぐにメインスクリーンに、コクピットに座っているノヴァルナの顔が映し出される。相変わらず突拍子もないガキだ…と思うマーシャル。だがノヴァルナの突拍子の無さは、想像を超えていた。開口一番、思いも寄らない言葉を投げ掛けて来たのだ。
「おい。俺に降伏しろ!」
【第14話につづく】
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