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第13話:球状星団の戦雲
#24
しおりを挟むマーシャルの号令一下、円錐陣を構成する各戦艦は互いの間隔を広げる。そしてその戦艦部隊の間から重巡航艦、軽巡航艦、駆逐艦他の順でダンティス軍の艦が飛び出して来た。
それらは戦艦円錐陣があけた、アッシナ家第二陣の穴に火力を集中しながら突撃を仕掛ける。その様子はちょうど、紙に押し付けたタバコの火がメラメラと、リング状に紙を焼き焦がしながら穴を大きくしていくのと似ていた。
「タルツ、何をやっておる!」
アッシナ家第二陣司令官のクィンガは、穴が開いた箇所―――自軍の第7艦隊司令、タルツ=サーゼスを叱責する。自分が敵と内通しているのではないかと疑う当主ギコウから、お目付け役としてつけられているタルツだが、指揮下の戦力である以上、責を問われるのは当然であった。
無論の事、タルツも指揮下の第7艦隊の失態に、手をこまねいていたのではない。乱れた艦列をどうにか立て直し、中を喰い破りつつある敵を締め付けようと必死に命令を繰り返していた。
「どうした、火力を集中しろ! 敵の突っ込んで来た箇所に艦を集めないか!」
「ええい。逃げるな! 宙雷戦隊で前方を塞げ! T字戦法だ!」
しかし配下の艦隊は動きが鈍い。前述の通り、この第7艦隊は戦艦円錐陣の中央にマーシャルの総旗艦『リュウジョウ』がいるのを知り、独断で仕掛けた艦が一番多かった艦隊である。その理由の一つに、第7艦隊の性格と司令官のタルツ=サーゼスの指揮能力があった。
タルツのサーゼス家はドルミダス家、マッシュ家、ヒランディア家と並び、“アッシナ家四天王”と称される代々の重臣であったが、サーゼス家はどちらかと言えば前線で戦うより、内政で経済政策を管理しており、官僚的側面が強かったのだ。
またその支配下にある第7艦隊も、今回は決戦という事で参加しているものの、本来は本土防衛が主な任務で、実戦らしい実戦を経験していなかった。そのため、得られる事の少ない戦功のチャンスとばかりに、自らを餌に使ったマーシャルの計に引っ掛かったのである。
そのような部隊が、実戦経験の豊富なダンティス軍の前線部隊の圧力に、耐えられるはずもなかった。及び腰でバラバラに阻止行動に出ると、重巡部隊の砲火を浴びては戦闘能力を喪失し、必死に逃走する艦ばかりが続出する。元々、緒戦の勝利で勢いづいて進撃し、乱れていた陣形であったのが、さらに収拾がつかなくなった。
「前衛の重巡部隊、間もなく敵陣突破!」
オペレーターの報告に、総旗艦『リュウジョウ』のマーシャルは声を上げた。
「よし。戦艦部隊の傘を閉じろ。俺達も突入する!」
するとそれまで円錐陣を大きく広げ、援護射撃を行っていたマーシャル本隊の戦艦群は、その隊列を素早く尖らせ、内側に打撃母艦部隊を抱えた形で、重巡以下の部隊が広げた敵陣の穴に突入して行く。当初46隻あった戦艦は、アクティブシールドが使用出来ない状態で第二陣と正面から撃ち合った結果、38隻にまで減っており、しかもそのどれもが大なり小なり損傷を受けていた。だがその士気は高く、闘志を失ってはいない。
そのような戦艦達が大口径の主砲を、大槍のように振りかざしながら突撃を仕掛けて来たのであるから、もはやアッシナ軍第7宇宙艦隊は、阻止行動どころではなくなった。蜘蛛の子を散らしたように、ズリーザラ球状星団の乳白色をしたガス雲の向こうに逃げ去って行く。
焦ったのは敵の第7艦隊の司令官タルツ=サーゼスである。タルツも元は反ギコウ派であった事から、この失態でウル・ジーグ=ドルミダスのように、ダンティス家に協力しているのではないかという猜疑をかけられ、アッシナ家での立場がさらに悪くなるのを恐れたのだ。
そのタルツの座乗する旗艦のセンサーが、マーシャルの座乗する総旗艦、『リュウジョウ』の接近を捉えた。起死回生を狙うにはこれしかない。タルツは自分の旗艦を含む戦艦戦隊5隻に、緊張した声で命令を発した。
「こ、これよりマーシャルの総旗艦に突撃を仕掛ける。戦隊各艦は我に続け!!」
直後にタルツ=サーゼスの戦艦戦隊は、『リュウジョウ』目指して単縦陣で突撃を開始する。それは程なく、『リュウジョウ』のセンサーでも捕捉された。システム障害で探知範囲と精度は落ちているが、自分達に向けて突っ込んで来る動きなら感知もし易い。
「探知方位307プラス26。敵戦艦5、本艦に向けて急速接近中」
「先頭艦に武将家紋あり。『月に一つ星』、アッシナ家第7艦隊旗艦『ルージャ・バラル』!」
オペレーターからの報告に、マーシャルは挑戦的な笑みを見せる。
「『月に一つ星』…サーゼス家のタルツか。旗艦同士で撃ち合うもまた良し!」
マーシャルの言葉を聞いて、『リュウジョウ』の艦長は即座に命令を下した。
「対艦戦闘、左砲戦!」
艦長の命令で『リュウジョウ』の主砲群が、一斉に左舷へ旋回してハイパーブラストキャノンの砲口を上方から接近する敵艦に指向させる。
「敵艦照準内。ただし照準補正率35パーセント。命中率50パーセントに届きません!」
砲術士官の報告に、艦長はマーシャルを振り向いた。命中率の低下はNNLのトラップデータの罠によって起きた、システム障害の影響である。それでも総旗艦自体の運用は艦長の職責であり、それに対して全幅の信頼を置いているマーシャルは、艦長の視線に無言で頷く。頷き返した艦長は砲術士官に向き直り、更なる照準修正の時間を与えた。
「敵を充分に引き付けてから撃て。確実に仕留めよ」
艦長の命令で射撃のタイミングを待つ『リュウジョウ』を援護するため、周囲の戦艦が先に射撃を開始する。これらの艦も同様にシステム障害を受けており、接近して来るタルツの戦艦戦隊にはあまり命中しない。そして命中しても、それは敵艦が自分の周囲に随伴させているアクティブシールドで、艦そのものには届かなかった。ただダンティス軍側にしても、これは撃破が目的ではなく、牽制の意味合いが強い射撃だ。
一方のタルツ=サーゼスは、射撃センサーが『リュウジョウ』を補足するや否や、主砲射撃を命じた。こちらはなんのシステム障害もないのだから当然である。
「全艦撃ち方はじめ! 反航戦にて一撃を加え、そののち反転して同航戦!」
タルツの命令で、戦艦5隻は一斉に主砲を撃ち放ち始めた。薄紫色の曳光ビームが幾本も光の雨となって、マーシャルの総旗艦とその周囲の艦に降り注ぐ。アクティブシールドの使用出来ないダンティス軍の戦艦は、それを艦本体のエネルギーシールドで受け止め、耐えるしかない。
しかしそれまでの戦闘で、戦艦群の全ての艦がどこかしらに損傷を受けていた。総旗艦『リュウジョウ』の右隣で四発、五発と命中弾を喰らった戦艦がエネルギーシールドを喪失し、艦舷に直撃された六発目のビームに穴を穿たれて、爆炎と大量の破片を吐き出す。さらに『リュウジョウ』の二つ前方を行く戦艦も、後部に連続して直撃弾を喰らって、あらぬ方向へ漂い始めた。
「戦艦『イザーグ・リム』中破。戦艦『リヴァルエル』航行不能!」
敵陣の只中で中破や航行不能は敵のいい的になるだけだ。すぐに敵のBSIなどが、傷ついた獲物を狙うハイエナのように群がって来るに違いない。
▶#25につづく
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