銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第13話:球状星団の戦雲

#20

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 セシル艦隊の猛撃に、アッシナ家の第二陣後衛と本陣前衛はたじろいだ。どちらもすぐには、戦闘に突入はしないだろうと油断していたためである。
 セシル艦隊は臨時に再編した艦が40隻余り。本陣が前進して、第二陣との間隔を詰めてさえいれば、数で圧倒的に勝るアッシナ家に弾き返されていたはずだった。それをオゥナムが、本陣前進を要請して来たクィンガに要らぬ対抗意識を抱いたため、このような事態を招いたのだ。

 今のアッシナ家の混乱した状況は、このズリーザラ球状星団決戦で劣勢となったマーシャルらダンティス家が、反撃に移れる二度目の機会である。そしてこれを逃がすと、もはや次はないであろう。総旗艦『リュウジョウ』のマーシャルは、司令官席から身を乗り出して命じた。

「セシルに遅れるな! 我々もいま出せる全力で反撃だ!!!!」

 そう叫んでおいて、傍らの女性副官のリアーラ=セーガル少尉に告げる。

「俺の『ゲッコウ』を用意しろ!」

 自分もBSHOで出撃するという意思表示に、副官のリアーラは表情を強張らせた。マーシャルがBSHOで戦場に出る事は珍しくはないが、それでもNNLが完全に使用出来ない今の状態では、いつも以上に危険だ。「それはお待ちください」と応じ、命知らずの主君に翻意を促す。

「いくらBSHOでも、内蔵センサーしか使えないローカルNNLだけで、あれだけの数の敵を相手になされるのは危険すぎます」

 確かに『リュウジョウ』のモニターを見ると、アッシナ軍のBSIとASGULに本隊前衛は防戦一方になっている。数はこちらが上でも、アッシナ軍が艦隊の精度の高いセンサーシステムとNNLをリンクさせているのに対し、ダンティス軍のBSIやASGULは、NNLが使用不能となって、さらに各部に機能低下を起こしているためだ。ただしそれはマーシャルも承知しており、リアーラの言葉に「ふん」と鼻を鳴らして応えた。

「わかってるさ。真打ちは美味しいところを頂こうと思ってるだけだ」

 ふてぶてしいマーシャルの物言いだが、実際のところはその不利な状態で、部下をBSIに乗せなければならない自らに腹を立てているのだった。そして全軍の通信能力が著しく低下している今、自分が出てもセシルが指揮を引き継げないのも理解している。だがそれ故に、この一撃という時のために、『ゲッコウVF』という大弓を引き絞っておきたいのだ。

 そのマーシャルの元に、全軍の各システム復旧を指揮している技術参謀が、緊張した面持ちで駆け寄って来た。右手にはデータパッドを抱えている。

「マーシャル様!」

 技術参謀の表情を見て、マーシャルは隻眼を鋭くして振り向く。この局面で技術参謀からの報告が、何に関してのものかは言わずもがなだ。

「システム復旧のめどがついたのか?」とマーシャル。

「いいえ…それが。こ、これをご覧ください」

 そう告げて、技術参謀は手にしていたデータパッドを掲げ、マーシャルの前でホログラムを展開させた。そこに映し出されたのは、現在のヤヴァルト銀河皇国の事実上の支配者、関白であるウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』だ。

 そしてちょうど同じタイミングで同じ映像を、『センクウNX』に乗るノヴァルナも見ていた。アッシナ軍本陣に向かう別動隊の『デラルガート』に座乗するカールセンから、「これを見てくれ」と送られて来たものである。NNLを解析中に現れたらしい。

 ノヴァルナは『センクウ』の操縦桿を握ったまま、コクピットのホログラムスクリーンに自分の家紋が浮かび上がるのを、訝しげな表情で眺めた。だがその表情は、映像が切り替わると唖然としたものに変わる。シートベルトに体を固定されていなければ、座席からずり落ちていたかも知れない。家紋に続いてスクリーンに映ったのが、自分の老けた顔だったからだ。

「なっ!…マジか!?」

 その老けた自分とはつまり、この皇国暦1589年のシグシーマ銀河系に存在する、51歳となった自分自身だ。一気に悪い冗談を見せられているような気分になる。

 しかもその老けた自分が映像の中で喋り始めると、それを見るノヴァルナの表情は、みるみる険しくなり始めた。映像の自分が年齢を重ねていても自身の事であるから、その口調が悪だくみを開陳する際の、勝ち誇ったものだと見抜ける。

「我はヤヴァルト銀河皇国関白、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ。ニューロネットライン封鎖解除キーを不正入手し、今このメッセージを見る者に告げる。直ちに戦闘を停止し、我と我に忠誠を誓った者に降伏せよ―――」

 NNL封鎖解除キーを不正入手した者と言えば、ここで言えばダンティス家。銀河皇国に忠誠を誓った者と言えば、宰相ウォルバル=クィンガが関白ノヴァルナに直接拝謁し、忠誠の誓いと共に解除キーを下賜されたアッシナ家である事は言うまでもない。

 映像の中のノヴァルナはさらに続ける。

「我は我と銀河皇国に反旗を翻す者共が、NNL封鎖解除キーの存在を知れば、必ずこれを奪い取り、使用するであろう事を見越していた。そしてトラップを仕掛けたのだ。これは皇都キヨウにて我に忠誠を誓い、NNL中央管理省に登録された星大名家以外の者が解除キーを手に入れ、封鎖を解き、それをもって我より該当宙域の支配者として安堵された者に、交戦を挑んだ場合、NNLの停止に加えて、それとアクセスする各システム内に、本来の機能を制限させる独立ネットワークを構築するというものである」

「はぁあ?」

 三十四年後の自分の言った言葉を聞き、ノヴァルナは完全に機嫌を損ねた顔で、不快げに声を漏らした。要は今のマーシャル達や自分の別動隊の苦戦は、関白ノヴァルナが仕掛けた罠のせいだと判明したからだ。確かに銀河皇国関白の地位であれば、絶対中立であるはずのニューロネットラインすら、独断で手を加える事も可能であった。

 セシルの第二陣が動きをおかしくしたのもそのためだと思われ、正当なNNL解除の資格を得たアッシナ家の戦力に対して、射撃センサーの照準や電子戦などを行った時に、初めて罠が発動するように作られていたのだ。今ここにいるノヴァルナ自身、自分が仕掛けるなら、そういう嫌味なやり口をするはずだと理解出来るだけに、なおさら腹立たしい。
 しかも戦闘を開始するまで何の異常も見られなかった事から、戦闘さえ仕掛けなければ、そのままNNLの不正解除と使用を許していたと思われる。

「―――繰り返す。直ちに戦闘を停止し、我と我に忠誠を誓った者に降伏せよ。我と銀河皇国が望むは戦乱の無い銀河。これは銀河皇国から全星大名に発する『総無事令』である」



「てめ、ふざけんな!!」

 我慢出来なくなったノヴァルナは、ホログラム画面の中の三十四年後の自分に怒鳴った。

「なにが『総無事令』だ! やな大人になりやがって!!」

 皇都キヨウまで押しかけて、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたノヴァルナは、代わりに自分のヘルメットの横っ面を拳で一つ、ゴン!と殴り付けた。そしてすぐに冷静さを取り戻すと、今の状況を打開する何らかの力が、降伏以外にあるのではないかと思考を巡らせ始める。そして程なく自分の『センクウNX』には、何の異常も起きていない事に着目した。それにはそれで理由があるはずだからだ。



▶#21につづく
 
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