銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
224 / 422
第13話:球状星団の戦雲

#19

しおりを挟む
 
 本陣からの“おまえは近付くな”という命令に、ウル・ジーグは、横っ面をはたかれたような気分になった。それはギコウ=アッシナら首脳部も、自分に疑惑の目を向けているのが分かったために他ならない。敵別動隊の追撃を装って背後から本陣に近付き、総旗艦『ガンロウ』に集中攻撃を仕掛ける可能性を恐れたのだろう。

“なんと愚かな!”

 一瞬、惚けたような表情になったウル・ジーグは、馬鹿馬鹿しさのあまり司令官席に深く身を沈めた。さらに本陣から他の三部隊に極秘で指令が出たのか、ゆっくりとこちらを包囲する動きを始める。参謀の一人が気遣う口調で「如何致しますか?」と尋ねた。

「もうよい…」とウル・ジーグ。

 確かに自分達が追撃しなくとも僅か13隻程度の宙雷戦隊が、総旗艦『ガンロウ』を擁する、中央艦隊約百隻に太刀打ち出来るはずもない。何もするなと言うのであれば従うだけだ。それほど自分の裏切りが気になるなら、武装も解いてやろう。

「全艦停止。第二種戦闘態勢で待機だ!」

「第二種でありますか?…それでは即応能力が―――」

 そう言いかける参謀の言葉を、ウル・ジーグは跳ねのけるように遮った。

「構わん! 知らん!」

 ウル・ジーグ艦隊の追撃がこのような顛末になったのは、実は裏にノヴァルナの小細工があったのだ。それは第36宙雷戦隊に続いてアッシナ家本陣方向へ移動を始めた際、マーシャル=ダンティスの総旗艦『リュウジョウ』へ、広域回線ではなく専用回線でしきりに通信を送った事による。
 その通信内容とは、“暗号通信を受領す。首都星系襲撃の予定を変更し、これより疑似戦闘を終了して、ウル・ジーグ艦隊と共にアッシナ家本陣に向かう”というものだ。

 これももちろん嘘である。暗号通信とやらも届いていない。

 以前、宇宙海賊『クーギス党』と協力して、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の秘密協定をぶち壊した時もそうだが、不利な状況に置かれたノヴァルナの発する偽情報は、敵にとって質が悪かった。自分達が優位に立っているが故に、一発逆転を狙うようなノヴァルナの嘘を、なるほど…と納得してしまう。
 そして今回、アッシナ家が自分達は優位だと感じる理由が、NNLの機能障害で一気に劣勢になったダンティス家本陣の状況であった。反撃に移りかけていたダンティス軍の動きが急に鈍くなり、損害が大きくなっている。

 ひどい話だが、ノヴァルナは『センクウNX』の戦術状況ホログラムで、マーシャルの本隊が突如として動きを鈍らせ、セシルの第二陣が陥ったのと同じ状況となったのを見ると、これを自分達が離脱するために利用しようと思いついたのだ。

 窮地を脱するためにマーシャルが、ノヴァルナの別動隊と“寝返った”ウル・ジーグ艦隊に、アッシナ家本陣を衝かせ、戦況を一気に挽回するきっかけを作るための、命令変更の暗号通信を送ったように見せかけたのである。

 無論、ノヴァルナからの一方的な“命令受信・了解”の返信もでたらめだ。広域通信ではなく専用回線を返信に使用したのは、アッシナ家にわざと傍受させるためだった。アッシナ家総旗艦の電子戦部隊が、マーシャルの総旗艦『リュウジョウ』の送受信に、“聞き耳を立てている”事を想定しての行動だ。人の虚を突くのが得意なノヴァルナの小細工に、アッシナ家はまんまと乗せられた。
 どの時代の戦闘においても、部隊の行動を決定づけるのは、突き詰めるところ人間の判断力である。確定的な情報でなくとも、“本当になにかあるのではないか?”と思ってしまうと、思い込みや決めつけで、重大な誤断を行ってしまう事は多々ある。そしてその誤断をアッシナ家首脳部は今まさに下そうとしていた。

「サラッキ=オゥナム! どうすればよい?」

 アッシナ家総旗艦『ガンロウ』の司令官席で、ギコウ=アッシナは不安げに側近のサラッキ=オゥナムを見上げて尋ねた。艦橋中央の戦術状況ホログラムには、ダンティス軍の別動隊が背後から接近しようとしているのが見て取れる。

「なぁに、ご心配には及びませぬ。艦数だけでもこの本陣のおよそ十分の一。こちらから宙雷戦隊を差し向ければ、問題なしにございます」

 そう応えて主君を安堵の表情にさせたオゥナムだが、他方、次の手に迷いが生じていた。別動隊から本隊に向けた通信を傍受した結果、敵は連携で何かを企んでいるように思えだしたのだ。ノヴァルナの狙い通りである。

“ウル・ジーグ=ドルミダスが味方であると信じたいが、日頃の態度を思い返せば、敵の言っている事を、百パーセント嘘だと否定も出来ない。それに敵の動きが鈍すぎる。仮にも“辺境の独眼竜”の異名を持つマーシャル=ダンティスの軍がこの程度とは…伏兵…いや、あるいはどこかしらから援軍を得て、その到着を待っているのでは…うぅむ、どうするか………”

 実戦経験の少なさがサラッキ=オゥナムに、困惑に拍車をかけた。さらにそこへ追い討ちをかけるように、前線の第二陣を指揮する筆頭家老、ウォルバル=クィンガから、本陣の前進を促す通信が入る。

「ええい。うるさいヤツめ!!」

「し、しかし…いかが致しますか?」と通信参謀。

「しばらく放っておけ!」

 ウォルバル=クィンガはギコウがアッシナ家次期当主に推された時、その地位に就けるため、大いに骨を折った人物であった。だがアッシナ家を傀儡とする事を目的に、セターク家から派遣されて来たオゥナムにとって、もはや目障りなだけとなっている。
 ただ“放っておけ”という言い草はマズいと感じたらしく、オゥナムは口調を整えて命令を出し直した。

「敵別動隊には迎撃の宙雷戦隊を向かわせ、本陣はこのまま待機。敵の出方を見てから判断しても遅くはない」

 いずれにせよこの戦いに勝利し、アッシナ家がムツルー宙域全域を完全に支配する事となった暁には、何らかの理由をつけ、クィンガをはじめとする旧臣達を排除していく腹積もりである。それならばこちらが圧倒的優勢となっているここで、失態の一つでも起こしてくれれば儲けものだという、狭量な算段もオゥナムにはあった。

 だがそのような私情が、物事の流れを変える事は多々ある。

 それは先にNNLの異常を被り、同様の事態にマーシャルの本隊が陥る事を懸念して、自己判断で艦隊を動かしていたセシル=ダンティスの存在であった。セシルはマーシャル本隊が突然に動きを鈍らせたところから、自分の懸念が当たったのを確信し、自分の考えに沿って、指揮可能な配下の艦隊を、アッシナ軍の第二陣と本陣の間に割り込ませる。

「艦隊左側の艦は敵第二陣を! 艦隊右側の艦は敵本陣を攻撃せよ! 全艦全力射撃!!」

 強い口調で命令を下すセシルの艦隊もNNLは使用できず、再起動後の各システムは、機能を60パーセント程度まで低下させたままだ。しかしそのような状況に怯む事無く、セシル艦隊は命令通り、いま出せる火力の全てを敵に叩きつけはじめた。

「戦力の投入を惜しむな! 全BSI部隊と攻撃艇部隊も発進させよ!」

 敵の陣形の間に割って入るという事は、敵に挟撃される事も承知の上という意味である。なまじ戦力の温存を目論んでも、挟撃ですり潰されてしまっては意味がない。その点でセシルの判断はオゥナムと比して明快であった。



▶#20につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...