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第13話:球状星団の戦雲
#18
しおりを挟むこの作戦において『デラルガート』の保持が最優先である事は、カールセンも充分に理解していた。ノヴァルナ自身、ノアさえ取り返す事が出来るなら、『センクウNX』は放棄してもいいと考えて動いている。
ノヴァルナの指示にカールセンは言葉を多く返さず、「了解」とだけ応えて第36宙雷戦隊の各艦を『デラルガート』の周囲に配置させた。言い方は悪いが敵の攻撃の盾にするためである。
「全艦、復旧作業を継続しつつ離脱する!」
初手の撹乱行動は思わぬ頓挫となったが、まだ勝負が決したわけではないのだ。とにかく今はやれる事をやらねばならない。そしてその意志を体現しているかのような存在が、ノヴァルナと『センクウNX』であった。ノヴァルナは接近して来る敵のBSI部隊に対し、第36宙雷戦隊をカバーする位置に『センクウNX』を前進させて、超電磁ライフルを連射する。
それらの銃弾は、ウル・ジーグ艦隊BSI部隊の先頭を行く3機のASGULを、ほぼ同時に葬った。変形機構を持つASGUL『アールゼム』は、攻撃艇モードで突撃していた事もあり、相対速度が速すぎて回避出来なかったのだ。
ただそうは言っても一瞬で3機は尋常ではない。驚いた残りの11機はその場で一時停止し、自分達を狙撃した相手を見定めようとする。ASGUL『アールゼム』も停止直後に、人型に変形して固定式ビーム砲を起動した。近くの星間ガスの塊が発する強い光で逆光になり、乳白色のガス雲に『センクウNX』のシルエットだけが黒く浮かび上がる。
「なんだ奴は?」
「ダンティス軍の『ショウキ』ではないぞ」
「おい、NNLの識別信号を見ろ。関白家の家紋『流星揚羽蝶』だ」
「なにを馬鹿な―――」
BSI部隊のパイロット達が困惑の言葉を交わした次の瞬間、その黒いシルエットの機体は、驚異的な速度で疾駆して来た。BSIユニットよりも高速で、明らかに機体もひと回り大きい。
「げぇッ! こいつはBSIじゃなく、BSH―――」
一気に間合いを詰めて来た『センクウNX』が振るうポジトロンパイクの斬撃に、敵のBSIユニット『シノノメ』のパイロットは自分の言葉を言い終える事無く、機体ごと腹部を真っ二つに斬り裂かれた。
「なんでここにBSHOが―――」
そう言い掛けたASGULのパイロットも機体ごとパイクに貫かれ、陽電子との対消滅で肉体を蒸発させる。
将官用完全カスタマイズ機として建造されたBSHO(Battle Structure for High Officer)と、上級兵士である『ム・シャー』用量産型BSI(Battle Structure of Integral)の性能差は歴然だ。単純に機体スペックとしては、BSHOはBSIの30パーセント増しであるが、機体とのサイバーリンクの深度をはじめとした、カスタマイズ部分を加味すると、単機としての性能差はさらに広がる。
ましてやそんなBSIユニットより、スペック的に25パーセントも劣る一般兵用簡易BSIのASGUL(Aerospace Strategy General Unit of Legionnaire)ともなると、BSHO相手に一対一では、すでに棺桶に入って宇宙に浮かんでいるのと同じであった。
無論、いくら高性能のカスタマイズ機とは言え、搭乗者のパイロットの素養が低ければ、その性能の全てを引き出せはしない。しかしその点においても、『センクウNX』と相対したアッシナ軍のパイロット達は、不運だったと言わざるを得なかった。
「散開(ブレイク)! 全機散開しろ!!」
臨時の指揮官となっている『シノノメ』のパイロットが叫んだ時には、ノヴァルナの前にさらに2機のASGULが餌食になっていた。恐怖に駆られ、高速機動形態に変形して離脱を図ろうとした別のASGULが、超電磁ライフル弾を喰らって戦死した仲間のあとを追う。
「駄目だ! 全員で取り囲んで討ち取れ!!」
前言を撤回してノヴァルナを押し包んで撃破する事を選択した敵だが、それをするには遅きに失した。ノヴァルナは『センクウ』が手にしていたポジトロンパイクを、突っ込んで来ようとしている敵のASGULに向けて回転させながら放り投げ、それを両断すると、新たなポジトロンパイクと超電磁ライフルを、バックパックから引っ掴んだ。
「とっとと逃げりゃ、いいもんをよぉ!」
仕掛けて来る以上は容赦しない―――それがノヴァルナの、武人としての矜持である。ノヴァルナは接近して来た敵のBSI『シノノメ』に向け超電磁ライフルを三連射。回避行動を取った相手だが、未来位置を予測して放たれた三弾目に直撃を喰らって、星間ガスの雲海に爆散する。しかもノヴァルナに油断はなく、その間に2機のASGULがいずれも初弾で仕留められた。
「ば、化け物だ!!」
ここまでの損害を出して、ようやく敵はノヴァルナと『センクウNX』を敵わぬ相手と認識したらしく、散り散りに逃げ出した。だがそれでも1機の『シノノメ』が踏みとどまり、ノヴァルナの『センクウNX』に立ち向かおうとする。
心意気は見上げたもんだが…とノヴァルナは思った。だが相手は実戦経験に乏しいのだろう。戦場でBSHOと一対一になった時は、BSIもASGULも全速で逃げ出すのが定石だ。ここで積極的であるのと、蛮勇であるのを取り違えてはいけない。
「お、おのれぇえええ!!!!」
叫びながら至近から超電磁ライフルを向けてくる敵の『シノノメ』。しかしこの間近な距離で超電磁ライフルを選択するのはおかしい。やはり動揺しているのだろう。
ノヴァルナは『センクウNX』が握るポジトロンパイクの石突で、相手が構えた超電磁ライフルの銃身の先を跳ね上げ、グルリと返した切っ先で敵の機体の胸を刺し貫いた。爆発四散する敵機の閃光を後にし、ノヴァルナは『デラルガート』と第36宙雷戦隊を追う。
それを見たウル・ジーグは、麾下の艦隊と第四陣を構成する他の三部隊へ攻撃を指示した。
「奴等と距離が開く。攻撃だ! この機を逃すな!」
ところがその命令に従ったのは直率する艦隊のみで、イヴァーキン家とニケード家、セターク家の三部隊は動かない。
カールセンが広域通信で放言した、ウル・ジーグ=ドルミダスの謀叛の話を信じ込んだわけではないが、百パーセント疑いが晴れたのでもない…という思いと、一個宙雷戦隊程度を追いかけ回して撃破しても、たいした手柄にはならないという算段があったのだ。
手柄とするなら、勝利が決定的となった場面で敵の本陣に突撃をかけて、敵将マーシャル=ダンティスを討ち取る方が遥かに価値が高いのは当然である。また万が一、ウル・ジーグ艦隊が本当に謀叛を起こした場合、即座にこれを叩く位置にいる方がよいとも考えていた。
「何をやっているのか!?」
日和見を決め込む三部隊に、怒声を発するウル・ジーグ。逃げ去るダンティス軍の別動隊は、今度はこちらの本陣へ向かおうとしている。
「ええい、仕方ない。我等だけで追撃するぞ!」
そう言って、ノヴァルナ達の追撃を命じるウル・ジーグだが、直後に本陣からの思いも寄らぬ命令が飛び込んで来た。
「貴艦隊による追撃は無用。本陣に近付くなかれ」
▶#19につづく
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