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第13話:球状星団の戦雲
#17
しおりを挟む“あのガキ。上手くやりやがった!”
マーシャル=ダンティスは挑戦的な笑みで、戦術状況ホログラムを見据えた。
ノヴァルナの撹乱行動で敵軍に起きた、動揺のさざ波を見逃すような辺境の独眼竜ではない。“兵は拙速を尊ぶ”の兵法通りに、本陣と第四陣を合わせた鶴翼陣形の形成完了を待たず、攻撃命令を発した。敵の四分割した第四陣が動きを止めている今が機会だ。
「全艦前進しつつ攻撃開始! 敵の先鋒と第二陣の陣形の乱れを衝け!!」
さらに戦術状況ホログラムには副将セシルの部隊が、迂回機動によって敵本陣に向かって行く様子が描き出されている。セシルの部隊との通信は途絶したままであり、おそらくこの状況下でセシルが独自に判断して行動したのだろう。的確な判断である。
「いけるぜ!」
隻眼のマーシャルの左目がギラリと輝く。敵との距離を保って後退していた、本陣と第四陣を合わせたマーシャル本隊およそ四百隻は、一斉に重力子の光のリングを放って前進を開始した。
それと同時にノヴァルナの別動隊でも、カールセンがアンドロイドの運用している第36宙雷戦隊に指示を出す。目標は近くにいるウル・ジーグ艦隊ではなく、右前方のセターク家応援部隊だ。
ところが―――
マーシャル本隊とノヴァルナ別動隊の各艦が、狙いを定めた敵艦に射撃照準センサーを照射した次の瞬間、それは起こった。艦内のあらゆるモニターとホログラムが、二回三回と激しく明滅したかと思えば、射撃をはじめとする大部分のシステムが、フリーズしてしまったのだ。同様の異変を経験したセシルの、懸念通りの事態が発生したのである。
「艦のシステム、約80パーセントダウン!」
「緊急事態だ!」
「照準不能! シールドも落ちてる!」
「対消滅反応炉を調べろ! 急げ!」
突然の事態に各艦の中で、それぞれに混乱が広がった。
「なんだこいつは!!?? 何が起きた!!??」
これにはさすがのマーシャルも驚きを隠せない。すでに本隊は前進を開始しており、敵との距離は詰まりつつある。すぐにでも攻撃を始めなければ、敵が態勢を立て直した場合、餌食になるのはこちらだ。そして無論、アッシナ軍が自軍の混乱の中で、我に返るには充分な時間を与えられる結果となる。
特にアッシナ軍第二陣の指揮を執る、ウォルバル=クィンガは筆頭家老だけあって冷静だ。
「気を逸らすな。敵を押し返せ!」
ウォルバル=クィンガの言葉で判断力を取り戻したアッシナ軍第二陣は、射撃に統制を取り戻して、それをマーシャルの本隊に浴びせた。数十、数百のビームと宇宙魚雷と対艦誘導弾が宇宙を切り裂き、無数の火球を生み出す。
システムダウンでエネルギーシールドを失っている、本隊前面の艦に被害が集中し、たちまち脱落艦が続出し始めた。炎の奔流が隔壁の降りなくなった戦艦の艦内を駆け巡り、逃げ惑う乗組員を呑み込んでいく。射撃センサーの作動しない迎撃砲火を、易々と掻いくぐった複数の宇宙魚雷が艦腹を喰い破り、重巡航艦を真っ二つにする。NNL接続が不可能なまま、無理に発進したBSIユニットが、飛んで来た対艦誘導弾と激突してバラバラに吹っ飛ぶ。
先鋒と第二陣の崩壊という、緒戦の劣勢を覆そうとした矢先のこの最悪の事態である。
「第4艦隊潰滅。我が軍、被害甚大!」
叫ぶオペレーター。マーシャルは苦衷の表情を噛み殺すように、無理に口元を歪めて呟いた。
「こいつはマズい…」
一方のダンティス軍別動隊でも、本隊と同じくして起きたシステムのダウンに、必死に対応していた。しかしこちらはアンドロイドばかりであるため、どの艦でも感情的な反応はない。淡々と原因を調査し、応急措置を試行している状況だ。そして奇妙な事に、ノヴァルナの乗る『センクウNX』だけは、どこにもシステム異常が起きていないのである。別世界の古い機体のせいかもしれない。
ただ敵との距離は本隊よりも近い。特にウル・ジーグ艦隊はすぐ左後ろである。ウル・ジーグは身の潔白を証明する必要性から、射線上にいるセターク家艦隊を巻き添えにしてしまう艦砲射撃ではなく、BSI部隊による攻撃を選択して命令を発した。
「敵が動きを止めた今だ。出せるBSIユニットをすぐに発進させろ!」
ウル・ジーグ艦隊には宇宙空母がいないため、戦艦群から4機の量産型BSI『シノノメ』に加え、ASGUL『アールゼム』10機が緊急発進する。
それを察知したのはノヴァルナだった。艦のセンサー類が作動していないために実際に情報を得たわけではないが、敵の打つ手を読めばその結論を得るのは容易い。
ノヴァルナはインターコムでその旨をカールセンに告げた。
「カールセン。俺が出る」
「少し待て。格納庫の扉が開かない」とカールセン。
「時間がねえ。ポジトロンパイクでぶった切って出る!」
この時のノヴァルナの『センクウNX』は、通常より重武装していた。バックパックのウエポンラックに超電磁ライフルを2丁、ポジトロンパイクを2本、ポジトロンランスを2本を取り付けて、腰回りにもクァンタムブレード2本に加え、ライフルの弾倉をありったけ提げている。
さらにエネルギーシールド貫通機能を持つ、ロケット砲型の対艦誘導弾ランチャー2基をバックパックの背後に仮留めしており、“死のうは一定”が座右の銘同然のノヴァルナにしては、何かの冗談なのか、往生際が悪いようにすら見受けられた。
だが当のノヴァルナは真面目も真面目、大真面目である。それは今回の目的が一にも二にも、敵に捕らわれたノアの救出だからだ。その目的を果たすまではなりふり構う気は毛頭なかった。
ノヴァルナは『センクウNX』にポジトロンパイクを構えさせると、「いいな。発進するぜ」とカールセンに告げ、本当に『デラルガート』の格納庫扉の開閉機構部分へ、陽電子フィールドを帯びた刃先を突き刺す。
格納庫内に赤い非常灯が点り、警報が鳴りだすが、ノヴァルナはお構いなしに開閉機構部分を破壊して、扉を『センクウNX』の脚で蹴り飛ばした。真空の宇宙をグルリグルリと回転しながら遠ざかる格納庫扉。カールセンが呆れた声で「おまえさん、ムチャクチャだな」と言った時にはすでに、『センクウNX』は重力子の黄色い光のリングを輝かせ、格納庫から飛び出していた。
するとものの十秒ほどで、センサーがアッシナ軍のBSI部隊14機を捉える。それらが発進した敵艦隊との距離が近いため接敵までは3分もない。ノヴァルナは通信機で『デラルガート』に呼び掛けた。
「カールセン!」
しかし返事はなく、ノヴァルナは再び呼び掛ける。それから十秒ほどで、ようやくカールセンから応答が来た。
「…すまん。全システムを再起動させてた」
「直ったのか?」
「いや駄目だ。回復はしたが完全じゃない…というより、ほとんどの機能に何らかの障害が残っていて、一応は動いてるような状態だ。アンドロイド達に修復作業を再開させた」
それを聞いたノヴァルナは舌打ちして告げる。
「わかった。ともかくやっぱ、敵のBSIどもが来ようとしてやがる。奴等は俺に任せて、あんたらは急いで逃げてくれ。時間がねぇ!」
▶#18につづく
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