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第13話:球状星団の戦雲
#16
しおりを挟むセシルが感じた通り、ノヴァルナの別動隊の目立つ動きは、艦数は少ないながらもアッシナ家の各艦隊から丸わかりであった。当然ギコウ=アッシナの本陣でも、戦場の外側を疾走していくこの小部隊を補足している。
セシル艦隊の被っているようなNNL障害の影響も見られない、戦術状況ホログラムが表示するダンティス軍別動隊は、コース予想が示されており、四分割を始めている第四陣に向かう確率が高くなっていた。映像を眺めていた六人の参謀の中の一人が尋ねる。
「迎撃部隊を向かわせますか?」
それに対してギコウが身じろぎして何かを言おうとするが、先に軍師役のサラッキ=オゥナムが口を出した。
「奴等の目的は、我等の第四陣の動きを察知し、どれか一つを別動隊で撹乱して動きを鈍らせ、戦闘参加にタイムラグを発生させる事であろう。少しでも各個撃破の可能性を探ろうという苦肉の策に違いない」
そう言い捨てておいて、オゥナムはギコウに耳打ちするように告げる。
「あの程度の数。やり過ごしてしまえばよいでしょう。表示情報を見るに、会敵予想位置はこの本陣の近くのようですので、反転して付きまとおうとするなら、その時は本陣から遠距離射撃を喰らわせてやればよいかと…」
ギコウはオゥナムが暗に否定した、迎撃部隊の派遣を了承しようとしていたらしく、俄かに唇を震わせながら「う…む。私もそう考えていたところだ」と応じた。その言いようはあからさま過ぎて、オゥナムの目に侮蔑の色が浮かぶ。
ところがその直後、オペレーターがダンティス軍別動隊について、意外な事を報告した。
「敵軍別動隊に、超空間転移の兆候!」
「なんだと!?」
確かに戦場となっているこの空間は、タルガモゥル星系外縁部のさらに外側で、重力バランスを考慮する必要がなく、超空間転移も可能である。
“だが何の目的で―――”
オゥナムがそこまで考えた次の瞬間、艦橋を半円状に取り巻く、透明金属製の窓の左舷側で、白い光が輝いた。ダンティス軍別動隊が超空間転移を行ったのだ。
「どこへ行った? 逃げだしたのか!?」
司令官席に座るギコウは身を乗り出して、左舷側の窓を見遣る。そこに今しがた、敵別動隊の超空間転移の兆候を報告したオペレーターが、再び声を上げた。
「敵部隊出現! 位置、我が軍第四陣至近の空間! いま超空間転移を行った別動隊です!!」
その時、四つに分割したアッシナ家第四陣の一つを率いる、ウル・ジーグ=ドルミダスは憤懣やるかたないといった表情で、自分の旗艦の艦橋から前方に見える、ギコウの本陣を睨み付けていた。
ウル・ジーグの憤懣には幾つもの理由が重なっている。このズリーザラ球状星団を決戦の場とする事から始まり、統制の取れない自軍の動きと、その手綱を捌けない本陣首脳部。そして今、自分に向けられている謀叛を疑う目である。
四分割前進命令を受けて行動を開始したものの、同盟軍のイヴァーキン家、ニケード家、そして当主ギコウの実家のセターク家からの援軍といった、あとの三部隊ともが、敵のダンティス家よりも自分達を警戒しているのが、宇宙空間を挟んでいても感じられた。
不満はあっても任務に全力を傾注するのが武人の本分―――とはいえ、このようにあからさまな態度を主君や友軍から取られると、心穏やかになれるものではない。
特にウル・ジーグが現当主の座にあるドルミダス家は、同じ第四陣分艦隊を編成しているマッシュ家とヒランディア家に、第二陣にいるサーゼス家を加えて、アッシナ家では“四天王”と呼ばれて、代々重く用いられていたのである。それがサラッキ=オゥナムやスルーガ=バルシャーといったセターク家から来た連中がのさばるようになり、しかも自分の息子のタルガザールが、それらに尻尾を振っているのには我慢ならなかった。
そこにノヴァルナの、ダンティス軍第36宙雷戦隊が超空間転移して来たのだ。
ウル・ジーグ=ドルミダスの艦隊の前方、やや右上の星の海に突如として白い光が大きく輝くと、リング状に広がる。そしてその白い光のリングの中に発生したワームホールから、2隻の軽巡航艦、工作艦『デラルガート』、駆逐艦10隻の順で、次々に宇宙艦が飛び出して来た。
「て、敵出現! 右舷上方、近い!!」
叫ぶオペレーター。第36宙雷戦隊は位置的にはウル・ジーグ艦隊と、イヴァーキン家の艦隊の間に出現しており、ウル・ジーグ艦隊からはかなり近い。
「先行プローブも使わずに、超短距離空間転移だと!? 命知らず共が!」
DFドライヴを行う際、通常の手順であれば偵察プローブを先行させて、転移先の安全を確認するものである。だがノヴァルナは、いきなり宙雷戦隊そのものを転移させて来たのだった。
「直ちに迎撃!」
ウル・ジーグが即座に命令を下すが、参謀がそれを止める。
「この位置からでは向こうのイヴァーキン艦隊まで、砲撃に巻き込んでしまいます」
「ぬぅ!」
小癪な!…と憤るウル・ジーグ。するとその直後、ダンティス軍の別動隊は一気に加速を駆けて、ウル・ジーグ艦隊の真横をすり抜けだした。針路は渦を巻くように、グルリと下に潜り込む軌道を描く。
「なに!? 何のつもりだ!」
ダンティス軍別動隊からすれば奇襲攻撃に成功したのだから、主砲を放って来るなり、魚雷を発射して来るなりするのが当然のはずだった。
それを何もせずに離脱コースを取るなど―――と、ダンティス軍別動隊の動きを後方モニターで確認したウル・ジーグが眉をひそめ、さらにその向こうの宇宙空間に目を遣って、ようやく重大な事に気付く。そこから数百光年は離れているが、アッシナ家の本拠地ワガン・マーズ星系があったのだ。
「まさか、奴等…!」
ダンティス軍別動隊の本土攻撃の可能性に思い至ったウル・ジーグは、表情を強張らせた。決戦という事で、領内にはまともな打撃艦隊は残っていない。無論ワガン・マーズ星系には、恒星間航行能力を持たない砲艦による星系防衛艦隊がいるが、それでもたとえ一個宙雷戦隊であっても、首都星系にまで敵の侵入を許したとなると、アッシナ家の名に泥を塗る事となってしまう。
「全艦反転! 奴等を追え! 攻撃だ!」
ウル・ジーグが叩きつけるように命令し、配下の艦隊はその場で一斉回頭を行う。すると再びダンティス軍別動隊は奇妙な行動を取った。まるでウル・ジーグ艦隊が回頭を終えるのを待っているかのように、不意に速度を落としたのである。その様子を見て、ウル・ジーグの参謀達が困惑した声を漏らす。
「何だ? 何をやっている!?」
「何かの罠じゃないか!?」
「周囲を警戒しろ。まだ何か来るかもしれん!」
それらの言葉を打ち消す勢いでウル・ジーグが命じた。
「とにかく攻撃だ!」
ところがその命令はまたも遮られる。
「だ、駄目です。射線上にセターク家の応援部隊がいます。この位置から攻撃しては、そちらにも当たる可能性が―――」
「まただと!!!!」
叫ぶウル・ジーグは拳で肘掛けを叩いた。このような人を苛立たせる悪だくみは、ノヴァルナの仕業以外の何ものでもない。
そしてノヴァルナの悪だくみはそれだけに留まらなかった。ダンティス軍別動隊はウル・ジーグ艦隊に対し、攻撃ではなく、元アッシナ家武官カールセン=エンダーの名で、一方的に通信を送り始めたのだ。さらにその通信内容がまたとんでもない。
「こちらは、第36宙雷戦隊司令を拝命しております、元アッシナ家武官カールセン=エンダーであります。ウル・ジーグ=ドルミダス閣下、モルック=ナヴァロン閣下からの命により、手筈通り閣下のワガン・マーズ星系占領部隊に同行致します。繰り返します―――」
日頃のどこか飄々としたカールセンの口調とは打って変わった、真面目な物言いは、この男が確かにかつては武官であった事を物語っていた。通信を受け、参謀達が唖然としてウル・ジーグを振り返る。もちろん、ウル・ジーグには身の覚えのない話だ。
「何を言っておるのだ、この男は!?」
傍らの参謀の一人が、慌ててオペレーターに確認させる。
「カールセン=エンダーとは何者か、至急調べろ!」
だがそうする間もカールセンの一方的な通信は繰り返されていた。しかもこの通信は暗号ではなく、平文で広域に向けたものとなっている。これがアッシナ軍第四陣、さらには全軍へと伝わるのに、時間はたいしてかからない。
前述の通りウル・ジーグ=ドルミダスは、この戦いで謀叛を起こすのではないか…という噂が立っていた人物である。そこにこの敵艦隊との接触と、謀叛を示唆する通信だ。さらにあまりにもあからさまな平文通信が、アッシナ家の将兵達に裏の裏を勘ぐらせる効果を見せた。
それに加え、カールセン=エンダーについての調査を行ってみると、確かに以前、モルック=ナヴァロンの配下にいた事があり、そのモルック=ナヴァロンはダンティス家に寝返っている。二人とも当主選定の際、強硬な反ギコウ派であった。
「むぅ。わしを陥れる気か!」
敵の意図に気付いたウル・ジーグが唸るように言い、配下の艦隊からアッシナ家全軍に通信が発せられた。
「カールセン=エンダーの通信はダンティス軍による奸計。誓って我が艦隊に二心なし!」
しかし一度渦を巻き始めた疑惑は、そう簡単に晴れるものではない。それどころかウル・ジーグ艦隊からの否定の通信が、さらなる不信感を抱かせる。それがアッシナ家全軍の動きに隙を生み出し、そうでなくとも連携を欠き始めていた陣形が混乱を大きくした。
▶#17につづく
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