銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第13話:球状星団の戦雲

#15

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 戦場の転機、流れを変える兆しを見抜く器量。それは将器、将才と言っていい。星大名の一族に生まれただけで得られるものではなく、運命の星というものが存在するならば、その星の元に生まれた者だけが与えられる才能だ。


 工作艦『デラルガート』の艦橋に浮かぶ戦術状況ホログラムで、このズリーザラ球状星団会戦の状況を観察していたノヴァルナは、アッシナ軍第四陣の展開の鈍さを見逃さなかった。

「俺に考えがある」

 ダンティス軍総帥、マーシャル=ダンティスにそう告げて十数分後―――ノヴァルナは、マーシャルから預けられた第36宙雷戦隊を率い、一列縦隊で戦場を大きく迂回するコースをとっていた。

 第36宙雷戦隊は全てがアンドロイドだけで運用している戦隊で、軽巡航艦2、駆逐艦10で編成されている。これらの艦は元々、損害が出た艦隊の補充に使用するため、後詰めの第四陣の中に置かれていたものだ。
 ノヴァルナの作戦を聞いたマーシャルは、自らの作戦にこれを組み込む事を即決し、第四陣の予備戦力から第36宙雷戦隊を臨時編成すると、ノヴァルナに貸し与えた。
 いくら初対面から親しい友人となった間柄でも、最新鋭の工作艦に続いて宙雷戦隊まで指揮を任せるのは、些か度が過ぎるように思える。しかしマーシャル自身、今のノヴァルナの歳の頃にはすでにダンティス家の当主となっており、星大名家の存亡を自己の判断が左右する経験を繰り返していた。ノヴァルナに宙雷戦隊を貸し与えたのも、提案された作戦を客観的に評価した結果なのだ。

「全艦、統制DFドライヴ準備完了」と『デラルガート』のアンドロイド。

 ノヴァルナ達の『デラルガート』を含む13隻は、出しうる限りの準光速―――相対性理論による時間縮退の影響を受けない範囲いっぱいの速度で、青い星間ガスの雲間を駆け抜けていた。その左奥に小さく輝く恒星は、タルガモゥル星系の主恒星だ。

 カールセン=エンダーは、艦橋中央の戦術状況ホログラムを見詰める。そこにはタルガモゥル星系外縁部から、のろのろと動き始めているアッシナ家第四陣が表示されていた。艦長席の肘掛けにあるインターコムを操作し、格納庫のノヴァルナに回線を繋ぐ。

「ノバック。間もなく超空間転移だ。用意はいいか?」

 そのノヴァルナは格納庫の中で、すでに自分のBSHO『センクウNX』に乗り込んでいた。

「おう。いつでも来いだ!」

 快活に言い放つノヴァルナに、カールセンはやれやれといった目をする。あの年齢で場馴れしているというか、戦場を前にしてノヴァルナが見せる高揚感には、自身も最前線で陸戦を戦った経験があるカールセンでも理解出来ないものがあった。おそらくこの若者の、持って生まれた気質なのだろうと思う。

「転移を終えたらすぐ戦場だ。いいな」と念を押すカールセン。

「あんたこそ頼むぜ、カールセン。巻き込まれるなよ」

「分かってるつもりさ…よし、超空間転移に待機」

 カールセンの指示にコクピットに座るノヴァルナは、指先に熱を感じる手で『センクウNX』の操縦桿を握り締めた。アンドロイドが読み上げる超空間転移までのカウントダウンが、ヘルメットのスピーカーに流れ始める。



 ダンティス家第二陣旗艦『アング・ヴァレオン』の艦橋では、一時的に遮断したNNLの復旧に向け、オペレーター達に加えて何人もの工技科作業員が、必死に体を動かしていた。
 その中でセシル=ダンティスは、相当量の情報表示が欠落したままの戦術状況ホログラムを見詰め、出来得る限り戦場の状況把握に努めている。

 崩壊状態に陥った第二陣は、各艦が敵に対して個々に反撃を行っている状態だ。現在セシルが直接命令を下せる艦数は44隻。ほぼ一個艦隊程度しかない。各システムの機能低下で超空間量子通信が使用出来ず、通常の電波式通信ですぐに指示を出せる範囲にいた艦のみで、球形陣を形成している。ただそれでも、当主マーシャルの本陣とは連絡が取れない。本陣とは0.01光年近い距離があるからだ。

 約0.01光年―――百分の一光年とは言え通常の電波式通信では、相手へ通信が届くまでに三日もかかる距離であって、到底戦闘に使用出来るものではない。したがって現状においては、セシル自身が独断で行動するしかなかった。それゆえセシルは僅かな状況の変化をも見逃さないように、戦術状況ホログラムを集中して見ていたのだ。

 そしてその変化が起きた。

 ダンティス軍本陣は後退して敵との距離を取り、後詰めの第四陣と合流して、鶴翼陣形を取りつつある。するとその中から小部隊が分離し、戦場を大きく迂回するコースを取り始めた。部隊旗艦の表示を見ると『デラルガート』となっている。それはノヴァルナに貸し与えられた例の第36宙雷戦隊であった。

 小部隊の指揮を執るのが『デラルガート』という事は、あの関白ノヴァルナと同じ名を名乗る少年の献策だろうか。見ている間にもその別動隊は、最大戦速で戦場の向こう側をすっ飛ばして行く。『デラルガート』は戦闘用艦艇ではないため、ステルス機能がないからかもしれないが、あれでは悪目立ちするばかりだ…いや、もしや目立つ事自体が作戦か…

“ふぅん。確かにあのひねくれ者のマーシャルが、認めただけの事はあるみたいね”

 会敵前の通信でマーシャルが、「ノヴァルナがいたら威力偵察部隊の指揮をさせたい」という旨の発言をしていたのを思い出し、セシルは僅かに口元を緩める。しかしすぐに双眸を鋭くし、艦橋の複数のモニターに同時に浮かんでいる、ある要求を表示した画面に視線を移した。異常をきたしたNNLの修復に取り掛かった直後、思いも寄らないメッセージと共に表示されたままとなった画面だ。

“…だけど。あれがマーシャルやあの別動隊にも起きるなら、この作戦は失敗する”

 本陣とそこから分離した別動隊の動きに対し、独自に連携行動をとる判断を下したセシルは、傍らに立つ艦隊参謀に振り向いて、戦術状況ホログラムを指差しながら命じた。

「艦隊針路をあの別動隊の反対側から、敵第二陣と本陣の間へ向けよ。いま出せる最大速度だ。敵軍の陣形に楔を打つ! それと修復は、超空間通信システムを最優先に行え!」

 もし自分達と同じ事がマーシャルの本陣と別動隊に起こったなら、味方は総崩れになるに違いない。その時に自分達が敵の第二陣と本陣の間に割って入っていれば、態勢を立て直すまでの時間稼ぎになるはずだ…

「まったくもう…毎回、毎回、損な役回りばかりさせてくれるわね!」

 二年前のマーシャルが大敗したヒルドルテ会戦では、撤退中に敵に挟撃されたのを逆に利用して時間稼ぎを行い、マーシャルの本陣撤退を助けた。
 その後のウォルモーラ星系防御戦では、マーシャルが別方面の戦場を片付けて、応援に駆け付けて来るまでのおよそ二ヵ月近く、僅かな戦力で敵の攻勢を支え続けた。
 そしてアッシナ家との決戦だというのに、またこのような状況である。愚痴を言いたくなるのも当然だった。

 ただセシルの表情には苦笑いこそあれ怒りはない。それどころか、むしろ武人の本懐といった晴れやかな目をしている。美しい女性である前に、彼女もまた武篇者であったのだ。



▶#16につづく
 
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