銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第13話:球状星団の戦雲

#14

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 軍事作戦というものは…いや軍事作戦に限らず、物事を計画し、それを実行する際に、大なり小なり想定外の事が起きるのは多々ある。
 そしてその想定外の事が起きた場合にこそ、それぞれの当事者の器量が、事態への対処を左右するのは言うまでもない。

 例えば今回のズリーザラ球状星団会戦において、緒戦で圧倒的不利に陥ったダンティス軍第二陣の指揮官セシル=ダンティスは、混乱の元凶となったNNLの異常による統合指揮システムを一時遮断し、通常通信と発光信号のみを届く範囲から広げ、自分の旗艦『アング・ヴァレオン』の周囲から立て直しを図っていた。
 またダンティス軍全てを統轄しているマーシャルは、早くも全陣形を組み換え、本陣である第三陣と後詰めの第四陣を一つにして、前進を続けるアッシナ家先鋒と第二陣を、半包囲しようとしている。

 一方、アッシナ家はここまで勝っている。勝っているのだから、一気に全軍で押し込んでダンティス軍を覆滅するチャンスのはずだ。

 ところがである。出だしから思わぬ大戦果を得たため、アッシナ軍はアッシナ軍で混乱を起こしてしまった。先鋒と第二陣の前線で戦う兵士達に楽勝ムードが高まり、歯止めが利かなくなったのだ。


 先鋒の将タルガザール=ドルミダスの艦隊から発進したBSI部隊が、ダンティス軍軽巡航艦が艦体にあいた大穴から大量のスパークを発して漂流を始める脇を通過し、その先にいる戦艦に襲い掛かる。NNLの異常で著しく機能が低下したダンティス軍戦艦は、アクティブシールドも稼働しておらず、防御砲火も密度が薄かった。

 10機以上のアッシナ軍主力BSI『NK-44 シノノメ』が、ダンティス軍戦艦を取り囲むように航過しながら超電磁ライフルを発射し、ポジトロンパイクで外殻を切り裂く。
 さらにその後に続くASGULの『A-88C レゼラ』が20機、『シノノメ』があけた破孔に対艦弾を撃ち込むと、戦艦は幾つもの閃光と破片を噴き出して沈黙した。

「いいぞ。このままドンドン行くぜ!」

「おおよ!」

「見ろよ、敵の本陣だ! マーシャルの総旗艦がいるぞ!」

「よっしゃ、あれもいただきだ!!」

 アッシナ軍パイロット達が景気よく言葉を交わし、さらにその先に姿を現した、ダンティス軍本陣を目指して加速して行く。BSI部隊のあとに続く形となったタルガザール艦隊も同様だ。

 無論、戦場において兵士達の士気が高いに越したことはない。だがそれは、指揮統制が取れた状態にあってこそだ。そしてアッシナ軍の方はNNLに異常がないにもかかわらず、その統制を失いつつあった。理由は先に述べた、当事者―――指揮官の器量である。

 アッシナ軍の総司令官は当たり前の事であるが、アッシナ家当主ギコウ=アッシナだ。しかしギコウは実戦での指揮経験に乏しく、これまでの指揮は実際には、筆頭家老のウォルバル=クィンガが執っていた。

 しかし今回のズリーザラ球状星団会戦では、クィンガは第二陣司令官に回され、全軍の指揮は側近のサラッキ=オゥナム執っている。
 これは出撃前にオゥナムと同僚のスルーガ=バルシャーが企んだ、惑星アデロンでNNL封鎖解除キーが奪われた事に関わる、クィンガの寝返り疑惑の讒言が原因だった。それを聞いたギコウがクィンガを疑い、第二陣の指揮官に異動させたのである。そしてクィンガの第二陣の両翼を固めるサーゼス親子は、クィンガの監視役を兼ねていた。

 だがそれより問題は、サラッキ=オゥナムである。隣国ヒタッツ宙域の星大名セターク家に仕え、アッシナ家の家督を継ぐ事になったギコウと共にやって来たこの側近は、一個艦隊程度の戦力の指揮を執った経験があるだけで、今回のような大部隊の指揮は未経験だったのだ。
 それが緒戦の勝利で浮ついたタルガザール艦隊と、第二陣サーゼス親子の両翼が強引に前進を開始して、マーシャルの本陣にまで襲い掛かろうとするのを漫然と眺めているうちに、次第に制御できなくなり始めた。

 アッシナ家総旗艦『ガンロウ』のギコウとオゥナムの元に、通信士官が駆け寄って来る。

「第二陣司令クィンガ様より意見具申。“直ちに増援の要ありと認む”との事です」

 それに対し、当主のギコウは少し焦りを見せてオゥナムに尋ねる。

「ど、どうするのだ、オゥナム。通信担当の者がこのように申しておるが」

 戦術状況ホログラムの表示でも、先鋒と第二陣は先を争うばかりに、両方が合わさって縦に長く伸び始めていた。一方、突破を許したダンティス軍第二陣だが、引き裂かれた左側が形を整え直そうとしている。さらにマーシャルの本陣は後退を開始しつつあった。おそらく後詰めの第四陣と合流して反撃を窺うつもりだ。

「我等も前進すべきではないか?」

 単純に結果を求めるギコウが催促するように続ける。

 だがギコウの言葉に対し、オゥナムは逡巡した。第三陣―――本陣を陣形の崩れた先鋒と第二陣に合流させてしまうと、状況の把握がますます困難になるからだ。もっともこれは、オゥナムが無意識下で自らの指揮能力に自信を持てていない証明でもあるのだが。

「い、いえ。それよりもまずは―――」

 オゥナムは取り繕いながら戦術状況ホログラムを操作して、本陣後方にいる後詰めの第四陣を動かした。
 アッシナ軍第四陣はタルガザール=ドルミダスの父親、ウル・ジーグ=ドルミダスに同盟軍のイヴァーキン家、ニケード家、それにセターク家からの援軍などを合わせて194隻といった、数は多いが各勢力の寄せ集め集団である。オゥナムはこれを四つに分け、自軍の先鋒・第二陣とダンティス軍が交戦している空間を、外側から取り囲むコースに設定してギコウに示した。

「第四陣を四分割して、敵本陣を包囲、遠距離からの砲雷撃で敵本陣の戦闘力を弱らせ、先鋒と第二陣を援護。敵が崩壊を始めたのち、この本陣を前進させて一気に敵を叩くべきかと」

「おお。なるほど―――」

 ギコウはオゥナムの策をさしたる吟味もせずに、納得顔で頷いて続ける。

「よ、よし。やってみせよ、オゥナム」

「御意」

 すぐさまアッシナ軍総旗艦『ガンロウ』から、第四陣に分割と前進・遠距離砲雷撃戦の命令が発せられた。だが事はそう簡単ではない。第四陣は前述の通りに複数の勢力の寄せ集めであり、個々の勢力が個々のタイミングで動き始めたため、隊列をまともに組めない状態で移動を始めたのである。

 しかもこの中にウル・ジーグ=ドルミダスの艦隊がいた事が、また別の問題を起こしていた。ウル・ジーグはダンティス家側に寝返ったモルック=ナヴァロンと同様、現アッシナ家当主ギコウの家督相続に反対した派閥の中心的存在だった人物で、今回の戦いでも作戦計画に終始反発しており、戦闘中に裏切るのではないかとさえ噂されていたからだ。

 そのような噂まで立つウル・ジーグがこの戦場に連れて来られているのは、アッシナ家本拠地のワガン・マーズ星系に残しておいて、主力の不在中に反乱を起こされる可能性を恐れたためである。そいうった事情から他の勢力は、ウル・ジーグ艦隊の動向を警戒しながら部隊展開をせざるを得ず、これが第四陣の迅速な展開と連携の妨げとなっていた。

 そしてノヴァルナが目を付けたのはここであった。



▶#15につづく
 
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