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第13話:球状星団の戦雲
#12
しおりを挟む並行宇宙、あるいは多元宇宙と呼ばれているもの―――
それは通常の時間の流れに沿って事象が起きる限り、発生する事はない。本当の意味でのタイムマシンで過去に行く事は不可能なのであるから、過去に遡って歴史を改編し、過去の世界において新たな時空特異点を作り出し、並行宇宙を発生させる事は出来ないのだ。
しかし今回のノヴァルナとノアのように、時空断裂界面―――熱力学的非エントロピーフィールドの通過によって移動距離=時間を跳躍して未来の、皇国暦1589年の世界に来たような事が起きた場合は違うと、次元物理学上では推論されている。
この方法、いわゆるトランスリープによって未来に達したものが、そこで本来は起こりえないはずであった何らかの事象を発生させた場合、“量子もつれ”によって、その事象に結果が伴うような歴史を辿る並行宇宙が誕生するというのである。
この推論が正しければ、少なくともノヴァルナが『ナグァルラワン暗黒星団域』に現れて、ノアを『ルエンシアン号』から助け出した時点で、“ノアの死体が見つからない世界”に分岐した可能性がある。いや、それ以前に…
“私の死が船の事故というのなら、キオ・スー=ウォーダの艦隊に襲撃を受けた時点で、すでに宇宙が分岐してしまっていた事になる…だったらいつから?”
そこまで考えて、ノアは小さく息をついた。
“ああ、そうか…もう、何を考えても一緒なんだった”
惑星アデロンでノヴァルナに、『恒星間ネゲントロピーコイル』の航過認証コードが入ったメモリースティックを渡したあと、自分は死んでいるはずだったのである。
“ノバくん、ちゃんと元の世界に帰ったかな………”
ノヴァルナの「ノバくん言うな!」という声と顔を思い出し、ノアは微かに目を細めた。存在の全てが煩わしく感じて、不時着した未開惑星で怒鳴り合っていた頃が、もはや遠い昔のように懐かしい。
そこにレブゼブの「おい、貴様。聞こえないのか!」と呼ぶ声がして、ノアは現実に引き戻された。さっきから呼ばれていたらしい。
「貴様、ノア・ケイティ=サイドゥのクローンだろう? どういう経緯で作られた? どうしてこのムツルー宙域にいる?」
ノアを本人でなくクローン猶子と判断した、レブゼブの考えは間違っていない。そう思うのが当然だ。そして真実を話しても信じられない事も間違いない。
「………」
レブゼブの問いにノアは沈黙をもって答えた。たとえトランスリープ航法でこの宙域に来た事を、真実だと証明出来たとしても、この連中が協力してくれるとは思えない。
無視されて表情を強張らせたレブゼブは、ノアのパイロットスーツの襟首を掴み上げながら睨み付けた。それに対しノアはただ、醒めた目でレブゼブを見返す。すると傍らに立つ医務技官が冷たい声で言った。
「自白剤をご用意致しますか? ここでなら記憶スキャンと組み合わせる事も出来ますが」
それを聞いたレブゼブは鼻から大きく息を噴き出し、気持ちを落ち着かせて応じる。
「いや…構わん。だがこの女は我がアデロンに連れて行く。バルシャー様には内密にな」
その言葉に医務技官が「はい」と頷くと、レブゼブはさらに二名の保安科員にも「おまえ達もよいな」と念を押した。買収済みの二人は無言で頷いて了解の意を示す。
レブゼブはノアの事をバルシャーに報告するつもりはなかった。どういう経緯でサイドゥ家の亡き姫のクローンがこの宙域に現れたのかは不明だが、何かに使い道があるのではないか、と考えたのである。
というのもノア・ケイティ=サイドゥの母方の血筋は、皇国貴族トキ家の支流アルケティ家であるからだ。
そのアルケティ家と同様にトキの一族の支流は、アッシナ家当主ギコウの生家のセターク家が支配する隣国、ヒタッツ宙域にも独立管領として存在していた。しかもその立ち位置はヒタッツ宙域にありながら、セターク家と対立するホウ・ジェン家に臣従しているという、際どいものである。
レブゼブはスルーガ=バルシャーの命で、惑星アデロンの麻薬密売組織の再編とその統括に任じられ、アッシナ家中央での出世の機会を事実上剥奪されたのだが、早くも主家の目の届き難いアデロンから、独自の勢力を広げようと思い描き始めていた。
そしてその際、ホウ・ジェン家と繋がりがあるトキ一族の血を持った、ノア・ケイティ=サイドゥのクローンは、取引材料としてアッシナ家、セターク家、ホウ・ジェン家のいずれに対しても利用できる可能性があるのだ。手元に置いておいて損はない。
“それに、我が意に従わぬ場合は洗脳するか、下賤な者共に売り払ってしまえばよかろう。この美しさで皇国貴族の血を引く女ならば、クローンであっても、みすみすアッシナ家に渡すより、よほど高値がつくだろうからな…”
オーク=オーガーなどの、裏社会を牛耳るような連中と接点を持ち始めて、人身売買といったものの闇市場が存在する事を知るようになったレブゼブが、ノアの運命を左右するような考えをもって、保安科員にそのノアを監禁するように命じた頃、ズリーザラ球状星団のダンティス軍とアッシナ軍が激突を始めた宙域を、大きく回り込む一隻の宇宙艦があった。
ノヴァルナの乗るダンティス軍工作艦『デラルガート』だ。
戦闘用宇宙艦に比べ、機能重視の『デラルガート』の姿は、艦自体が機械の塊のようである。艦長席をカールセンに任せたまま、ノヴァルナはパイロットスーツを着てその傍らに立ち、軽くストレッチをしていた。一見すると呑気そうだが、両軍の行動を映し出す戦術状況ホログラムを見据えるその眼光は鋭い。
「カールセン」とノヴァルナ。
「ん?」
「ノアが連れて行かれた艦。間違いないんだろな?」
「ああ。最後にシャトルから発信された、信号の位置から判断しても間違いない。レブゼブの上官にあたるスルーガ=バルシャーの艦だ」
ノヴァルナの問いにカールセンはホログラムを操作し、アッシナ家本陣左翼の中心にある戦艦をピックアップした。それと同時にダンティス軍が入手している、『ヴァルヴァレナ』型宇宙戦艦のデータが表示される。
「左翼中央か…面倒な位置だな」
ノヴァルナは「ふん」とせせら笑うように鼻を鳴らし、カールセンに告げた。
「ともかく、アッシナ家出身のあんたが頼りだカールセン。よろしく頼むぜ」
「ま、やってみるさ」
ストレッチを続けるノヴァルナ同様、どこかしら軽い口調で応じるカールセンだが、やはりこちらも表情に隙は無い。
一方でノヴァルナは、視線を一旦艦橋の外―――左側に移した。そこでは細い筋状の赤い星間ガスが、竪琴に張った弦のように幾つも縦に並んだ向こうで、ダンティス軍とアッシナ軍の交える砲火が、無数の輝きを放っている。
それを僅かな間に眺め、ノヴァルナは戦術状況ホログラムに視線を戻した。状況はダンティス軍が圧倒的に不利だ。アッシナ家の先鋒と第二陣が楔のように食い込んで、ダンティス軍第二陣までを、二つに引き裂いているのだ。
その映像表示を見たノヴァルナは、小さく舌打ちしてぼやいた。
「あのヤロウ。“辺境の独眼竜”とか御大層な二つ名のクセに、なにやってやがんだ…」
▶#13につづく
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