銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
216 / 422
第13話:球状星団の戦雲

#11

しおりを挟む
 
 セシル=ダンティスの第二陣を襲ったNNLの異常。それ自体はアッシナ家の察知するところではなかった。しかし敵陣形の大きな乱れが、自分達にとって好機である事は確かである。
 アッシナ家総旗艦『ガンロウ』では、戦術状況ホログラムが表示する先鋒のタルガザール艦隊の敵第二陣への突入に、当主ギコウ=アッシナをはじめとする首脳陣から、「おお…」というどよめきが起きた。

「良いではないか、タルガザール=ドルミダスは。見事な突破である」

 ギコウは細い眉を跳ね上げて先鋒艦隊司令官を褒める。するとギコウの実家であるセターク家から転任して来た、側近のサラッキ=オゥナムが、大きな体を折り曲げてすかさず追従した。

「これもギコウ様の、徳によるものにございます。父親のウル・ジーグの不都合にも関わらず、タルガザールを先鋒に登用されたギコウ様のご慧眼、恐れ入りましてございます」

「うん、うん」

 上機嫌で頷くギコウに、オゥナムは言葉を続ける。

「ここは敵を突き崩す好機。第二陣を率いるクィンガ様に、前進をお命じなされますよう」

「そうか。好機か」

 実戦経験も少なく、将としては凡夫のギコウは、目を輝かせて命令を発する。

「だっ…第二陣、前へ!」



「本陣より指令。第二陣は前進し、先鋒に続いて敵陣を突破、戦果の拡大を図れ…です」

 通信士官からの伝達に、自らの旗艦に座乗したアッシナ家筆頭家老ウォルバル=クィンガは、「うむ」と鷹揚に頷いた。クィンガ艦隊は現在、主砲射撃で先鋒のタルガザール艦隊を援護している。こちらから見てもダンティス軍の第二陣までが大きく崩れ、右翼側が相当えぐれていた。確かにこの前進命令は正しい。

“だが脆すぎる…どうした事だ?”

 クィンガもセシルの艦隊に生じたNNLの異変にこそ気付きはしなかったが、その動きの鈍さをおかしいと感じた。こちらの艦籍解析データでは、第二陣の指揮を執っているのはダンティス軍副将のセシル=ダンティスのはずだ。まだ二十代の女性ながら、マーシャルが最も信頼を置く名将で、このように重大な局面で指揮を違えるとは考え難い。また何かの罠であれば、もっと早く仕掛けて来るはずだ。

“ともかく今は―――”

「両翼のサーゼス親子にも下令。第二陣は陣形そのままで前進。敵を押し込む」

 司令官席で居ずまいを正し、クィンガは指揮下の艦隊を前進させ始めた。

 ウォルバル=クィンガの第二陣が前進を開始した頃、ギコウの本陣左翼を守るスルーガ=バルシャーの戦艦『ヴァルヴァレナ』では、艦内における一定の行動の自由を得たアッシナ家の武官レブゼブ=ハディールが、医務室の一つを使用していた。惑星アデロンで人質としたサイドゥ家の『打波五光星』の家紋を付けたパイロットスーツの女―――つまりノア・ケイティ=サイドゥの遺伝子を解析するためである。

 本陣はまだダンティス軍との直接戦闘に加わっておらず、艦内は第一種戦闘態勢であっても、どこか空気が緩い。

 レブゼブがそれなりの額の金子(きんす)をカードから転送し、口止めをした医務技官が、椅子に座らせたノアから採取した血液のDNA解析結果を、ホログラムスクリーンに表示した。医務室の中には他に、扉の所に二名の保安科員が立っている。この二人もすでに買収済みだ。

「NNLを使用し、皇国中央医務管理省の遺伝子データアーカイブにアクセス致しました。あそこなら、過去七十年に亘る貴族や星大名一族の方々の、遺伝子情報が保存されておりますので」

 医務技官の言葉にレブゼブは無言で頷く。皇国中央医務管理省に貴族や星大名の一族の遺伝子情報が保存してあるのは、クローン猶子が作られるようになり、その管理を行うために全貴族、全星大名一族は誕生と同時に、遺伝子情報の皇国への提出が義務付けられているからだ。これが届けられていないものは、嫡子もしくはクローン猶子とは認めらない事になっている。

「それで、この女は何者なのだ?」

 とレブゼブは目の前に座るノアを見据えたまま医務技官に尋ねた。ノアの顔には表情がなく、動きもしないその姿は瞬きをしなければ、美しい容姿がまさに人形そのものだ。

「俄かには信じられないのですが」

「もったいぶらずに言え」

「は…サイドゥ家のドゥ・ザンの長女、ノア・ケイティ=サイドゥと思われます」

 医務技官の言葉にレブゼブは眉をひそめた。

「ドゥ・ザン…確か三十年ほど前に滅んだ、サイドゥ家本流の当主ではなかったか?」

「はい。“マムシのドゥ・ザン”と恐れられた、ミノネリラ宙域の星大名です」

 再び耳にした“滅んだサイドゥ家”という言葉に、表情のなかったノアの双眸が知性の輝きを取り戻す。それに気付かずレブゼブは告げた。

「だがこの女はまだ、二十歳前後ではないか。クローン猶子で女子とは確かに珍しいな」

 レブゼブは医務技官が「信じられないのですが」と前置きしたのを、ノアがクローン猶子だからだと勘違いした。確かに星大名などのクローン猶子は男子がほとんどである。これはクローン猶子が製造される最大の要因である難病、SCVID(劇変病原体性免疫不全)の罹患率が、男子の方が圧倒的に高いからだ。
 そのため女子のクローン猶子が作られる事は非常にまれで、政略結婚の道具として作るような事も、星大名間の暗黙の了解として避けられている。

 しかし医務技官が告げたかったのは、レブゼブの想像とは別の問題だった。



「いいえ。わたくしが申し上げたいのは、恐れながらそのノア姫、三十年以上前にすでに、死亡しているという事です」



 医務技官のその言葉に、ノアは瞳孔を収縮させる。

“私、三十年以上前に死んでいる?…”



「なに、どういう事だ?」とレブゼブ。

 それに対し医務技官は、ホログラムスクリーンが映し出すデータを、ゆっくりと読み上げた。

「資料によりますと、ノア・ケイティ=サイドゥは皇国暦1555年8月15日、サイドゥ家の御用船『ルエンシアン号』で皇都キヨウからの帰還中、ミノネリラ宙域『ナグァルラワン暗黒星団域』にて、船の爆発事故に巻き込まれ死亡…となっております」

「馬鹿な。間違いないのか?」

「はい。死体もサイドゥ家によって、回収されたとの事です」

 それは表情にこそ大きくは出さなかったが、ノアにとって驚愕すべき事実であった。特に自分があの『ナグァルラワン暗黒星団域』で死亡し、死体も回収されていたとなると、今ここにいる自分はいったい…いやそれ以前に、船の爆発事故とは?―――キオ・スー=ウォーダ家による襲撃に言及されないのは、どういう事なのか?

 頭の中で思案を重ねて行ったノアは、やがてある事に思い当たった。背筋を冷たいものが流れるのを感じる。



まさか、もう歴史が変わってしまっている?―――



 それはカールセンの妻ルキナが夫に向けて口にした、“未来の結果が過去を変える”という事であった。本来なら『ナグァルラワン暗黒星団域』で死んでいなければならなかった自分が、この34年後の世界にナグヤ=ウォーダのノヴァルナと共に来た。それがどの程度この世界に影響を与えたかは分からないが、その結果に向けた、あるいはその近似値に向けた、新たな宇宙が誕生してしまったかもしれないのだ。



▶#12につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...