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第13話:球状星団の戦雲
#11
しおりを挟むセシル=ダンティスの第二陣を襲ったNNLの異常。それ自体はアッシナ家の察知するところではなかった。しかし敵陣形の大きな乱れが、自分達にとって好機である事は確かである。
アッシナ家総旗艦『ガンロウ』では、戦術状況ホログラムが表示する先鋒のタルガザール艦隊の敵第二陣への突入に、当主ギコウ=アッシナをはじめとする首脳陣から、「おお…」というどよめきが起きた。
「良いではないか、タルガザール=ドルミダスは。見事な突破である」
ギコウは細い眉を跳ね上げて先鋒艦隊司令官を褒める。するとギコウの実家であるセターク家から転任して来た、側近のサラッキ=オゥナムが、大きな体を折り曲げてすかさず追従した。
「これもギコウ様の、徳によるものにございます。父親のウル・ジーグの不都合にも関わらず、タルガザールを先鋒に登用されたギコウ様のご慧眼、恐れ入りましてございます」
「うん、うん」
上機嫌で頷くギコウに、オゥナムは言葉を続ける。
「ここは敵を突き崩す好機。第二陣を率いるクィンガ様に、前進をお命じなされますよう」
「そうか。好機か」
実戦経験も少なく、将としては凡夫のギコウは、目を輝かせて命令を発する。
「だっ…第二陣、前へ!」
「本陣より指令。第二陣は前進し、先鋒に続いて敵陣を突破、戦果の拡大を図れ…です」
通信士官からの伝達に、自らの旗艦に座乗したアッシナ家筆頭家老ウォルバル=クィンガは、「うむ」と鷹揚に頷いた。クィンガ艦隊は現在、主砲射撃で先鋒のタルガザール艦隊を援護している。こちらから見てもダンティス軍の第二陣までが大きく崩れ、右翼側が相当えぐれていた。確かにこの前進命令は正しい。
“だが脆すぎる…どうした事だ?”
クィンガもセシルの艦隊に生じたNNLの異変にこそ気付きはしなかったが、その動きの鈍さをおかしいと感じた。こちらの艦籍解析データでは、第二陣の指揮を執っているのはダンティス軍副将のセシル=ダンティスのはずだ。まだ二十代の女性ながら、マーシャルが最も信頼を置く名将で、このように重大な局面で指揮を違えるとは考え難い。また何かの罠であれば、もっと早く仕掛けて来るはずだ。
“ともかく今は―――”
「両翼のサーゼス親子にも下令。第二陣は陣形そのままで前進。敵を押し込む」
司令官席で居ずまいを正し、クィンガは指揮下の艦隊を前進させ始めた。
ウォルバル=クィンガの第二陣が前進を開始した頃、ギコウの本陣左翼を守るスルーガ=バルシャーの戦艦『ヴァルヴァレナ』では、艦内における一定の行動の自由を得たアッシナ家の武官レブゼブ=ハディールが、医務室の一つを使用していた。惑星アデロンで人質としたサイドゥ家の『打波五光星』の家紋を付けたパイロットスーツの女―――つまりノア・ケイティ=サイドゥの遺伝子を解析するためである。
本陣はまだダンティス軍との直接戦闘に加わっておらず、艦内は第一種戦闘態勢であっても、どこか空気が緩い。
レブゼブがそれなりの額の金子(きんす)をカードから転送し、口止めをした医務技官が、椅子に座らせたノアから採取した血液のDNA解析結果を、ホログラムスクリーンに表示した。医務室の中には他に、扉の所に二名の保安科員が立っている。この二人もすでに買収済みだ。
「NNLを使用し、皇国中央医務管理省の遺伝子データアーカイブにアクセス致しました。あそこなら、過去七十年に亘る貴族や星大名一族の方々の、遺伝子情報が保存されておりますので」
医務技官の言葉にレブゼブは無言で頷く。皇国中央医務管理省に貴族や星大名の一族の遺伝子情報が保存してあるのは、クローン猶子が作られるようになり、その管理を行うために全貴族、全星大名一族は誕生と同時に、遺伝子情報の皇国への提出が義務付けられているからだ。これが届けられていないものは、嫡子もしくはクローン猶子とは認めらない事になっている。
「それで、この女は何者なのだ?」
とレブゼブは目の前に座るノアを見据えたまま医務技官に尋ねた。ノアの顔には表情がなく、動きもしないその姿は瞬きをしなければ、美しい容姿がまさに人形そのものだ。
「俄かには信じられないのですが」
「もったいぶらずに言え」
「は…サイドゥ家のドゥ・ザンの長女、ノア・ケイティ=サイドゥと思われます」
医務技官の言葉にレブゼブは眉をひそめた。
「ドゥ・ザン…確か三十年ほど前に滅んだ、サイドゥ家本流の当主ではなかったか?」
「はい。“マムシのドゥ・ザン”と恐れられた、ミノネリラ宙域の星大名です」
再び耳にした“滅んだサイドゥ家”という言葉に、表情のなかったノアの双眸が知性の輝きを取り戻す。それに気付かずレブゼブは告げた。
「だがこの女はまだ、二十歳前後ではないか。クローン猶子で女子とは確かに珍しいな」
レブゼブは医務技官が「信じられないのですが」と前置きしたのを、ノアがクローン猶子だからだと勘違いした。確かに星大名などのクローン猶子は男子がほとんどである。これはクローン猶子が製造される最大の要因である難病、SCVID(劇変病原体性免疫不全)の罹患率が、男子の方が圧倒的に高いからだ。
そのため女子のクローン猶子が作られる事は非常にまれで、政略結婚の道具として作るような事も、星大名間の暗黙の了解として避けられている。
しかし医務技官が告げたかったのは、レブゼブの想像とは別の問題だった。
「いいえ。わたくしが申し上げたいのは、恐れながらそのノア姫、三十年以上前にすでに、死亡しているという事です」
医務技官のその言葉に、ノアは瞳孔を収縮させる。
“私、三十年以上前に死んでいる?…”
「なに、どういう事だ?」とレブゼブ。
それに対し医務技官は、ホログラムスクリーンが映し出すデータを、ゆっくりと読み上げた。
「資料によりますと、ノア・ケイティ=サイドゥは皇国暦1555年8月15日、サイドゥ家の御用船『ルエンシアン号』で皇都キヨウからの帰還中、ミノネリラ宙域『ナグァルラワン暗黒星団域』にて、船の爆発事故に巻き込まれ死亡…となっております」
「馬鹿な。間違いないのか?」
「はい。死体もサイドゥ家によって、回収されたとの事です」
それは表情にこそ大きくは出さなかったが、ノアにとって驚愕すべき事実であった。特に自分があの『ナグァルラワン暗黒星団域』で死亡し、死体も回収されていたとなると、今ここにいる自分はいったい…いやそれ以前に、船の爆発事故とは?―――キオ・スー=ウォーダ家による襲撃に言及されないのは、どういう事なのか?
頭の中で思案を重ねて行ったノアは、やがてある事に思い当たった。背筋を冷たいものが流れるのを感じる。
まさか、もう歴史が変わってしまっている?―――
それはカールセンの妻ルキナが夫に向けて口にした、“未来の結果が過去を変える”という事であった。本来なら『ナグァルラワン暗黒星団域』で死んでいなければならなかった自分が、この34年後の世界にナグヤ=ウォーダのノヴァルナと共に来た。それがどの程度この世界に影響を与えたかは分からないが、その結果に向けた、あるいはその近似値に向けた、新たな宇宙が誕生してしまったかもしれないのだ。
▶#12につづく
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