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第13話:球状星団の戦雲
#10
しおりを挟むその異常な事態は、モルック艦隊を突破した敵のタルガザール艦隊に対し、迎撃行動に移ろうとした直後に起こった。
第二陣を指揮するセシルの『アング・ヴァレオン』が敵の旗艦に対し、砲戦開始前の電子妨害戦を行った途端、ダンティス側の統合指揮システムの機能が凍結されてしまったのである。さらにその指揮システムの凍結は『アング・ヴァレオン』だけにとどまらず、第二陣を構成する全艦にまで広がり始めた。
「どういう事か!?」
実戦経験を重ねて来たセシルであるが、このような事態は初めてだ。知る者が一見したところでは、それはまるで惑星アデロンで、ノヴァルナのウイルスプログラムを注入された機動城『センティピダス』が機能を麻痺させ、それが統合指揮プログラムを組み込んだ重多脚戦車にまで影響したのと似ていた。
だが星大名の戦闘用艦艇―――とりわけ基幹艦隊旗艦の統合指揮システムともなれば、セキュリティレベルは桁違いで、電子戦でも瞬時にここまで浸食される事はまず考えられない。
「分かりません! 敵との電子戦による損害とは思えません!」
状況確認中の士官の一人がセシルに応える。それに被さるように、電探科のオペレーターが緊迫した声で報告した。
「敵艦隊、砲撃を開始。着弾まで15秒。マーク!」
その報告に『アング・ヴァレオン』の艦長が命令する。
「回避運動急げ!」
するとその命令で艦が左に回頭を始めた直後、艦橋中央に展開していた戦術状況ホログラムが稼働停止に陥り、同時に一瞬、艦の制御自体が機能不全となった。艦尾のノズルから放出される重力子が、オレンジ色の光のリングを不安定に明滅させ、艦は慣性のみで漂った。それは艦橋の照明をも点滅させて動揺のざわめきが起こる。
そこへ敵艦隊からのビーム砲撃が襲い掛かった。『アング・ヴァレオン』は艦の前方に、遠隔操作式のアクティブシールドを複数枚並べているものの、作動せずに黄緑色の曳光ビームが何本も艦の至近を通過する。慣性で針路が左にそれたため直撃は免れたが、艦腹に絡み付いたプラズマが、艦本体を覆うエネルギーシールドと反発し合って稲妻を走らせた。
「敵初弾、回避に成功!」
オペレーターの報告を受けても、誰も強張らせた表情を緩めない。艦の制御がこれでは、次の砲撃で直撃を喰らうに違いないからだ。
しかし次の瞬間、『アング・ヴァレオン』の各システムは一斉に再起動を完了した。艦全体がズシリと一つ、揺れたようにセシルは感じる。再起動を確認した艦長は叫ぶように命じた。
「回避行動! 回避行動を継続しつつ、反撃しろ!」
そこに敵の撃ち掛けて来たビームが迫る。間一髪やり過ごした『アング・ヴァレオン』は、主砲塔群が回転して反撃の斉射を放った。
ただ再起動を果たしたものの、艦隊の状況は著しく悪化している。敵の第二撃を回避する事が出来た『アング・ヴァレオン』は幸運な方で、多数の艦が回避に間に合わず、敵のタルガザール艦隊の砲火を喰らっていた。しかも再起動後の艦の機能も、各システムの大部分がいまだ大幅に低下したままだ。
「エンジン出力低下! DFドライヴ使用不能!」
「通信機能低下! 本陣まで通信が届きません!」
「各センサー解析機能低下。ホログラムの情報量、下がります!」
このタイミングでなんて事…セシルは情報表示の量が大きく低下した、戦術状況ホログラムを一瞥し、窓の外に目を遣った。その視線の先では幾つもの閃光が束になって輝いている。第二陣右翼に配置した、ザルーム=シーラの第6艦隊が攻撃されているのだ。敵はこちらの右翼を圧倒し、押し切ろうとしている。セシルの評価としては敵の指揮官は荒削りだが、今はこの勢いこそが危険だった。
そこへ『アング・ヴァレオン』の艦長が駆け寄って来て報告する。
「異常事態の原因が判明致しました」
「何か!?」とセシル。
「はっ。そ、それが、NNL(ニューロネットライン)によって引き起こされたものと…」
「NNLだと!?」
艦長の思わぬ言葉に、セシルは目を見開いた。ヤヴァルト銀河皇国において、NNL(ニューロネットライン)は皇国民に須らく中立公正な情報ネットワークであるはずだからだ。星帥皇室直轄の管理下で、何重にも敷かれたセキュリティに守られ、これに不正な工作を企図するものは朝敵として徹底的に排除される。それは一国民も星大名も変わらず発覚次第、銀河皇国における全ての権利を失う結果を招くのだ。
やがて艦橋の戦術状況ホログラムが、ひとりでに画像を切り替えた。いや、戦術状況ホログラムだけでなく、NNLと接続している全てのホログラムやモニター画面も同様だ。そしてそこに新たに映し出され始めた映像に、セシルは言葉を失った………
▶#11につづく
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