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第13話:球状星団の戦雲
#07
しおりを挟むだが異変はそれだけに留まらなかった。
ウォーダ家のもう一つの総宗家、イル・ワークラン家が支配するオ・ワーリ=カーミラ星系の首都惑星第三惑星ラガルでも、当主ヤズル・イセス=ウォーダとそのクローン猶子、ブンカーがミノネリラ軍迎撃に出向いている間に、クーデターが起こったのである。
その首謀者はあのカダール=ウォーダ。イル・ワークラン家当主ヤズル・イセスの嫡男にして約三ヵ月前、オウ・ルミル宙域星大名ロッガ家との密約をノヴァルナに知られ、希少鉱物『アクアダイト』の不正産出に関わる、中立宙域での水棲ラペジラル星人の、人身売買取引ルートを潰された責任を問われ、事実上の蟄居を命じられていた男だ。
前回の失策でイル・ワークランの家督継承権が、父のクローン猶子のブンカ―に渡るのは確実と思われ、失意の底にあったカダールだが、蟄居を命じられた直後から、意外にも一部の家臣達に支持され始めたのである。
ただそれはカダールの人格を評価しての事ではない。現当主ヤズル・イセスが宗家をまとめる武人としては、陰謀好き過ぎる事に批判的な者、またカダールの失策によって家督を継承する事になるであろうブンカ―の、クローン猶子という存在に否定的な者、これらがヤズル・イセスとブンカ―を排斥するため、カダールを次期当主に祭り上げよう考えたのだ。
しかもこれは、ノヴァルナにも責任の一端があると言ってよかった。ノヴァルナがNNLの生放送番組を利用して、カダールを宇宙海賊討伐の名目で、実際には手を組んでいたロッガ家の宇宙艦隊と戦わせ、視聴者の見守る前でこれを撃破させた事で、イル・ワークラン家領地の民衆の間に、予想外のカダール人気が起きたのである。民衆の間で支持が高まった事が、反ヤズル派にカダールの“利用価値”を見出させたのだ。
留守居のカダール支持派の家老や、その派閥に取り込まれた上級兵士『ム・シャー』達が出迎える中、事実上無血で制圧されたイル・ワークラン城正門に到着したリムジン。その扉が開いて降り立ったカダール=ウォーダは、曇り空の下にそびえる城を満足そうな笑みで見上げた。
「お待ちしておりました。カダール様」
深々と頭を下げて、カダールを手引きした家老が告げる。
「うむ。ご苦労」
鷹揚に頷くカダールに、その家老は続けた。
「ミノネリラのギルターツ殿の方も、そろそろかと…」
カダールを手引きした家老が口にした、「ギルターツ」の名前。それは無論、ミノネリラ宙域星大名ドウ・ザン=サイドゥの嫡男、ギルターツの事である。
ギルターツ=サイドゥは現在、リーンテーツ=イナルヴァ、モルナール=アンドア、ナモド・ボクゼ=ウージェルの“ミノネリラ三連星”を率い、オ・ワーリ宙域侵攻中のドウ・ザン艦隊の後方、シナノーラン宙域からオウ・ルミル宙域にかけての国境線警備に就いているはずだった。
ところがこのギルターツ。シナノーラン宙域との国境近くにあって、“カイの虎”シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダの艦隊が遊弋しているのに備えていたのが、二日前より守備位置をモルナール=アンドアに任せ、自身は艦隊を移動させていた。
その理由は例のミ・ガーワ宙域に進駐して来た、イマーガラ軍に備えるためのものという事になっている。だが奇妙なのはその移動針路だった。ギルターツ艦隊はミ・ガーワ宙域との国境線に向かっておらず、本拠地のミノネリラ星系へコースを取っているのだ。
艦隊旗艦の司令官室でソファーに巨漢を預けたギルターツは、イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンから届けられた、暗号文を解読した紙片を軍服のポケットから取り出して広げた。
“所定の行動を開始されたし”
重大な意味を持つその短文に、ギルターツは不吉な薄笑いを浮かべて、紙片をゆっくり小さく引き裂き始める。だがそれを見るギルターツの脳裏には別の光景が映し出されていた。それは過日、とある辺鄙な小惑星をくり抜いた安酒場で、セッサーラ=タンゲンと密かに会見を果たした時の光景である。
「イースキー氏をお名乗りなされ。ギルターツ殿」
地元の言語のメニューが読めず、ホログラムだけを見て、やたらと甘いカクテルを注文してしまった事を後悔するギルターツに、タンゲンはさらりと告げたのがその言葉だった。
「確かに我が母は、イースキーの一族ではあるが…」とギルターツ。
イースキー氏とは銀河皇国のかつての名門貴族で、今では没落したものの、その支流は各地に散らばっている。ギルターツの母親であるミオーラもその支流に連なる女性である。
話を前後させると、タンゲンが斬り込んだのは、サイドゥ家が領域支配で頭を悩ませている問題―――星大名の座に上り詰めて以来、国民からの支持を未だに得られていない問題だった。
領民達からの支持を得られない星大名。それは現在のヤヴァルト銀河皇国の政治形態である、『新封建主義』からすれば、一見大した問題ではないように思える。領民に対する行政と司法については、NNL(ニューロネットライン)を介した、総合管理システムが全てを処理しており、自分達の居住惑星が戦場になりでもしない限り、星大名という存在が必ずしも領民の日常生活に影響は及ぼさないのだ。
だが実はそれゆえに、領民からの支持というものは重要であった。
銀河皇国の調査でも、星大名に対する領民の支持の高低による国力の差は、税金収入を含めて20パーセント程もあり、それは即ち戦国の世において、星大名自身の浮沈に関わる問題となるのである。
そしてもう一つ重要なのは、“戦争に負けた場合”だ。
隣国などとの戦争に敗北し、降伏を余儀なくされた場合、領民からの支持が高ければ高い程、勝者の支配下となるものの、高い地位を与えられた上に領地を安堵される可能性も高くなる。ところがその逆に圧制を敷くなどして、領民からひどく反感を買っていた場合、征服者は解放者として歓迎される一方、元の星大名は最悪、断絶の憂き目に遭う事になるのだ。
それでは武人らしくない、と指摘されそうであるが、星大名という存在の目的が“家を大きくする事”。そしてその次が“一族が生き延びる事”であるのだから、間違ってはいない。
これがイル・ワークラン=ウォーダ家において、カダールを新たな当主に据えようという動きが起きた事の一端となっており、またミノネリラ宙域のサイドゥ家が懸念している事だった。
ドウ・ザンが追放したかつての主君トキ家は、銀河皇国の名門貴族であり、それが領民の誇りでもあった。当時内紛を起こしてはいたが、特に領民に悪政を行っていたわけでもない。それを民間から登用されたドウ・ザンが、重臣の地位まで与えられた恩を忘れ、どさくさ紛れに主家を追い出したのであるから、領民達の厳しい批判の目に晒されるようになるのも当然だ。
タンゲンはその解決策として、サイドゥ家の次期当主ギルターツに、皇国貴族になるよう勧めたのだった。無論これは単に名乗るだけでなく、現皇国貴族でもあるイマーガラ家が後押しする事で、本当にギルターツに、皇国貴族イースキー家の座を与えようというのである。
▶#08につづく
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