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第13話:球状星団の戦雲
#04
しおりを挟むアッシナ家の側近スルーガ=バルシャーは、アッシナ家当主ギコウ=アッシナ直率の中央艦隊左翼を指揮する戦艦、『ヴァルヴァレナ』に座乗していた。バルシャーと共に隣国ヒタッツの星大名セターク家から派遣されたもう一人の側近、サラッキ=オゥナムは総旗艦『ガンロウ』で、ギコウを補佐している。
『ヴァルヴァレナ』は『ヴァルヴァレナ』型宇宙戦艦のネームシップ、つまり一番艦であり、新型の主力戦艦であった。そしてネームシップを与えられるというのは、バルシャーがアッシナ家でも重要な地位にあるという証だ。
その『ヴァルヴァレナ』の艦内に、オーク=オーガーの怒声が響いた。
「てめぇら、なにしやがる!!!! 放しやがれ!!!!」
艦橋の司令官席に座るスルーガ=バルシャーの前で、取り押さえられる巨漢のオーガーには、十二人の屈強な陸戦隊員が囲んでいる。だがそれでも、暴れるオーガーの怪力をどうにか封じている程度だった。
「てめぇ! ハディール!! 騙しやがったなぁ!!!!」
オーク=オーガーが暴れる理由は、スルーガ=バルシャーの前で事情を説明したレブゼブ=ハディールが、敗北の原因をオーク=オーガーの短絡的思考によるものとして、自らの命をもってその責を全て負うべきと告げたためである。
無論、それは事実だ。だがオーガーはレブゼブが、自分を弁護してくれるものだとばかり思っていたのだ。些か虫が良すぎるようだが、麻薬のボヌークを使ったダンティス軍への工作の功績に加え、先日のバルシャーからの通信でも、今度は彼等が属するアッシナ家への工作を期待する旨を伝えられたとこであった。つまりオーガーは自分がアッシナ家にとって必要な人間であり、多少のペナルティは科される事になっても、レブゼブの弁護により極刑にまでは至るまいと楽観していたのである。
「アデロンがレジスタンス共に奪われて、パグナック・ムシュの農園も焼かれて、俺の組織が壊滅して困るのは、てめぇらだろうが!!!!」
叫ぶオーガーに応じたのはレブゼブではなく、スルーガ=バルシャーであった。
「このダンティス家との戦いが終われば、惑星アデロン…クェブエル星系は再び我等が奪還するであろう。密売組織も再編する。だがその再編した組織の、首魁の座に就くのは貴様ではない。ここにいるレブゼブ=ハディールだ」
「ぬぁにぃいっ!!??」
新たな麻薬密売組織の頭領の座に、レブゼブを立てるというバルシャーの言葉は、オーガーの両眼を大きく見開らかせた。コウモリに似た顔を持つワドラン星人のバルシャーは、頭の両側から縦向きに突き出た尖った耳をひと振りし、言葉を続ける。
「そも、我等が必要であったのは貴様ではなく、貴様の組織である。だが我等には、麻薬密売組織といった下賤なものの、運営ノウハウを有してはおらなんだ。そこで我は貴様にクェブエル星系代官の地位を与え、参事官としてこのハディールを派遣し、同時にハディールを通じて、麻薬密売組織なるものの運営ノウハウを収集していたのだ」
「ぶ…がッ!」言葉を失い、表情を固まらせて鼻を鳴らすオーガー。
「そして、今回の敗北…少々時期は早まったが、よい機会だ。これからはハディール主導の元、我等が貴様の組織を再編する。貴様はもはや用済みという事だ、オーガー」
バルシャーがそう言い終えた途端、オーク=オーガーは獣のように咆哮した。
「ウゴォオオオオオオオ!!!!!!」
そしてオーガーは驚異的な怪力を見せ、怒りに任せて、その巨体を封じていた十二人もの陸戦隊員を、次々に投げ飛ばし始める。この光景にはさすがにバルシャーもレブゼブも驚いて、身をすくませた。『ヴァルヴァレナ』の艦長が顔を引き攣らせて命じる。
「パラライザーで麻痺させろ!」
オーガーが両腕を大きく振り回し、しがみついていた陸戦隊員の残り全員を吹っ飛ばす。そこに進み出た四人の保安科員が、ホルスターから銃を抜いて麻痺ビームを撃った。紫色の稲妻が巨体に絡み付く。ところがそれでもオーガーは止まらない。
「ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅ!!!!」
立っていたレブゼブは素早く逃げたが、座っていたバルシャーは背後に司令官席があり、逃げる事が出来なかった。迫るオーガーに恐怖の表情を向けたままで体を凍り付かせる。
「麻痺警棒だ! 麻痺警棒ッ!!」
陸戦隊員か保安科員か分からないが、誰かが叫び、そこにいる全員が腰のベルトから麻痺警棒を手に取り、一斉にオーガーに飛び掛かった。パラライザーの時以上の紫色の稲妻が、縛り付けるようにオーガーに巻き付く。複数の陸戦隊員と保安科員も稲妻に絡み付かれ、巻き添えになって気を失った。
だがオーガーはそれでもすぐには止まらない。陸戦隊員が、保安科員が、二人、三人と丸太のような腕に殴り飛ばされ、そのうちの一人は『ヴァルヴァレナ』の艦長に激突して、二人まとめて艦橋の奥まで転がって行った。
「とっ…取り押さえろぉぉ! 殺しても構わん!!」
司令官席の背もたれにしがみつき、バルシャーは狼狽して叫ぶ。六人の陸戦隊員が麻痺警棒をオーガーに押し当てる向こうで、保安科員が射殺するためにハンドブラスターを構える。その直後、オーガーは「ウゴォオっ!!!!」と咆哮してのけ反ると、ようやく気を失って床に倒れた。
まるで檻を逃げ出した猛獣の捕り物劇そのままの光景である。失神したオーガーを取り囲んだ誰もが呆然としていた。その中で上司のバルシャーを見捨てて、一人逃げ出していたレブゼブ=ハディールは、誰にも気づかれないうちに、元の立ち位置に戻っている。これはこれで恐るべき要領の良さだった。
「つっ…つつ!…連れて行け!」
我に返ったバルシャーは、まだこめかみに冷や汗を垂らせたまま、陸戦隊員達に命じた。ひどいものである。オーガーを取り押さえようとした陸戦隊員と保安科員の内、およそ半数がボディアーマーなどで防御しているにも関わらず、医務室送りだった。殴り飛ばされた陸戦隊員と激突した艦長までもだ。
気を失ったままのオーガーが艦橋から運び出され、少し落ち着きを取り戻したバルシャーは、レブゼブに呼び掛ける。
「レブゼブ=ハディール!」
「ははっ!」
レブゼブは今しがた逃げ出した事も素知らぬ顔で、素早くバルシャーの前に進み出て跪いた。
「貴様はこの戦いが終わり次第、各惑星で傭兵を集めろ。オーガーの組織の残党と糾合し、惑星アデロン制圧の指揮を執るのだ。それに成功すれば貴様を新組織の首魁と認めてやろう。ただしアッシナ家へは、クェブエル星系は麻薬密売組織も含め、放棄した事にしておく…その理由は、分かるであろうな?」
「はっ。アッシナ家の反ギコウ様派…つまり旧臣達の部下の間に麻薬を蔓延させ、その責を問うて失脚させるためにございますな」
「うむ。さらに貴様は表向きはアッシナ家を逐電した事となる。異存あるまいな?」
レブゼブにすれば辺鄙な星系の代官など、出世コースから外れてしまう事になるが、今は致し方ないところであった。むしろオーガーがいたからこそ、この程度の処分で済んだのだ。
バルシャーはバルシャーで抜け目がない。このワドラン星人の側近は、オーク=オーガーが惑星アデロンを失陥した事を利用し、麻薬密売組織を乗っ取ろうというのである。
それは以前に同僚のサラッキ=オゥナムに話した通り、アッシナ家を隣国ヒタッツの星大名、セターク家の傀儡とするため、アッシナ家に忠義を尽くす旧来の家臣達の間に麻薬のボヌークを蔓延させ、それを口実に粛清していく構想だ。
いわば自分達の星大名家内に麻薬の密売ルートを作るのであるから、バルシャー自身でそれを支配した方がよい。なまじ強欲なオーガーに任せておくと、いずれはその口止めを理由に、何らかの脅迫じみた要求をし始めるに違いないからだった。そう考えると、オーガーを処分しておく良い機会であり、同時にレブゼブを助命と引き換えに、麻薬密売組織の管理者として思いのまま利用する事が出来るだろう。
スルーガ=バルシャーは鷹揚に頷くと、「分かっておるなら、話は以上だ」と告げる。
「あと数時間でダンティス家との火蓋が切られる。次の打ち合わせはその後だ。貴様には部屋を用意させるゆえ、下がって待機しておれ」
バルシャーがそう言葉を続け、レブゼブは表情を隠して「御意」と頭を下げた。
▶#05につづく
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